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第2章 第1話   失われた翼

 漆黒の闇の中。

 何も、見えない。


 波の音が聞こえる。

 かなり遠くで鳴っているようで、近くで鳴っているようでもある。


 指先に伝わる水の感覚。

 自らに生命の存続を伝える。


 全身は痛みに包まれ、特に頭部は脈打つがごとく痛みを伝えてくる。

 わずかに指先を動かすだけで、激しい痛みが全身を貫いていく。


……動けない……


 意識を取り戻してから既にどれくらいになるだろう。

 その間、視界に光が戻ることはなく、痛みが収まることもない。



――ここは、どこだ?

闇の中、彼は自分自身に問い掛ける。


――自分は今、どこにいる?

返らない答え。波の音だけが響く。


――自分は、誰だ――

その瞬間、今までにない頭痛が彼を襲う。


――――!

抗うこともできぬまま、彼の意識は再び、闇の中へと沈められていた。


 そしてさらに、どれほどの時が流れたのだろう。彼は、静かに目を開いた。

 闇は彼を包むことをやめ、水の感覚もすでにその指先には感じられなくなっていた。


 白い天井が見える。

 少し離れて波の音が聞こえる。

 すぐ近くには、子供の声。


「ここは……?」

ゆっくりと身体を起こす。すでに痛みは退()いていた。

 白で統一されたベッド、薄紅色の毛布。彼はそこに寝かされていた。

 おそらくは寝室なのだろう。

 すぐそばには同じデザインのベッドと毛布。少し離れて、きれいに並んだベッドがいくつか。

 部屋全体は木目と白が基調の温かみのある部屋で、窓の外からは潮風が流れ込んでいた。


「……」

どこか懐かしいような、落ち着いた空間。

 彼――銀髪の青年は上体を起こすと、顔にかかる髪をゆっくりとかき上げ、今一度、確認するように周辺の景色へと視線を送る。


 不意に、奥の扉が開かれる。

「……気が付いたのか!」

そこにいたのは一人の男性だった。


 年齢的には20代後半といったところだろう。

 扉が小さく思えるほどの長身、炎のような赤毛。

 膝の後ろまで伸ばされた髪は腰のあたりでゆったりと結ばれ、伸ばされた前髪により顔の右半分は隠されている。

 金色の左目は切れ長だが、決して冷たくはない。

 現れた男性は静かに青年の元へ近づき、そして彼の傍らの椅子へと自らの腰を落ち着けた。


「気分は、どうだ?」

「……」

青年は答えない。どう答えていいのかわからなかった。

 目の前にいるこの男性が、誰であるのか。  

 また、自らにとって敵なのか、味方なのか。

 今の彼はそれすらも、確かめるすべを持たなかったのだから。


「名前だけでも、教えてもらえないだろうか。」

「……」

「まいったな……まさか、言葉が通じないのか……?」

赤毛の男性は困ったというように、頭へと手をやる。


 しばらくの後。

「あなたは……誰ですか?」

問い掛けたのは青年のほうだった。


「……!」

赤毛の男性の顔に一瞬、驚きの色が映る。

 しかし彼は、すぐにもとの穏やかな表情に戻るとこう答えた。

「私の名はシアルヴィだ。 この岬の孤児院で保父をしている。

 ……君は、この近くの海岸で倒れていたんだよ。」


「……あなたが、私を助けてくださったんですね。」

「私はただ、君の手当てをしただけだ。

礼なら、ここにいる子供たちに向けてあげてほしい。 子供たちが君を見つけて、私に伝えてくれた。

 それと、そんなにかしこまらないでくれ。 話しにくくなってしまうよ。」

「……」

「……君のことも、教えてもらえないだろうか。」

「……」

青年は頭を振った。

 突如、脳裏に闇が広がり、その中での不安と痛みが思い出されたのだ。

 頭痛が次第に彼を締め付け始める。


「……わかりません。……何も、思い出せない……」

うつむき目を伏せたまま、そう答えるのがやっとだった。


「なっ……!」

今度こそシアルヴィは、自分の中の驚愕を抑えきることができなかった。

 今、彼の目の前にいる青年の容姿は、青みを帯びた銀髪に青い瞳。 そして、長く尖った耳。

 人間のものとは明らかに異なる容姿を持ったこの青年は、あろうことか、自身の記憶を完全に失っていたのだ。


 しかしシアルヴィはその驚愕を自らの中へと押し込め、青年の手をやさしく取ると告げるのだった。

「焦る必要はない。 ひとつずつ、取り戻していけばいい。

……君の……大切なものを。」


 そして、彼は誓うのだった。

 自身の全てをかけて、この青年を守り抜こうと。

 それが彼自身の、そしてこの青年の運命を翻弄することになろうとは知る由もなく。


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