第8章 第10話 皇帝
「この奥が、謁見の間だ」
アーサーに言われ、ジークが振り返り、一度うなずくと、目の前の大扉へとその手を伸ばす。
しかしジークは、直後、大扉の取手に届こうとした右手を止め、顔を右へと向けると彼方を見つめる。
「ジーク、どうした」
アーサーが問いかけ、ジークは答える。
「――今、ロシェが死んだ」
「なに!?」
「それじゃ、シアルヴィさんが?」
白と黒の違いはあれど、同じ『世界樹』の力を持つもの同士。
ジークが確信を得たように口にし、アーサー、フィアナが声を上げる。
アーサーが顔を背けるようにして奥歯を噛み、フィアナは安堵の表情を浮かべる。
ジークは視線を下へと戻し、すこし目を伏せてから、
「行こう、俺たちも。俺たちのなすべき事をするために」
ジークは再度、扉の取手へ手を伸ばし、ゆっくりとそれを奥へと押し開いた。
扉の奥には広々とした空間が広がっていた。
白いタイルが敷き詰められ、古くなっているとはいえ、部屋の中心部から奥にかけては金糸の縁取りが施された赤絨毯も敷かれてれている。
一見どこにでもあるような謁見の間だが、部屋の奥の漆黒の鏡が、この空間の中で、あまりにも異質な存在感を放っている。
鏡は黒く、あまりに巨大で、それは闇夜を映す、大きな窓のようにも見えた。
「ここが、謁見の間……」
フィアナが呟くように口にし、ジークはその目で真っ直ぐ正面を見る。
視線の先には『鏡』へと向かい合い、こちらへと背中を向けた一人の男性。
「皇帝だ」
アーサーが小声で、ジークに伝える。
ジークはしばし、皇帝から目を離さず、しかし意を決したように振り返ると、その剣帯から剣を外し、アーサーに向かって押し付けていた。
「おい、ジーク!」
「俺達は喧嘩に来たのではない。こんなものを突きつけ合っていては、話し合いにもならない。そうだろう?」
観念したようにアーサーが一度唾液を飲み込み、渡された剣を、胸の中へと受け止める。
ジークは僅かに表情を緩め、その背に翼を展開させる。
背中側で気配が動き、後ろ向きだった皇帝がこちらを向いたことがわかる。
ジークはアーサー、フィアナにその場に残るよう伝え、ゆっくりと皇帝の方へと歩みを進める。
そして数歩分の距離を残し、皇帝と正面から向き合あうと、胸へと手を当て、上体が床と水平になるまで体を曲げた。
「このような機会を設けていただき、感謝します。皇帝陛下」
「貴公は――」
「『断頭台の天使』、ジークフリート。あなた方の言う、魔族です」
「断頭台の……天使」
皇帝は呟くように復唱する。
なるほど、たしかに眼前の青年は神の使いを思わせる、銀色の髪に白い翼。
さらには先程輩に預けた剣も、この青年のものと見て間違いない。
すでに耳に入っている兵たちの話から総括すれば、断頭台に現れた怪物を撃破したのもこの青年であり、それは彼が『天使』と呼ばれるのも、皇帝からすれば極めて妥当な印象だった。
ジークは凛として言葉を紡ぐ。
「まず、お断りしておきます。私は、天使などではありません。――ただの、一魔族です」
「魔族、か……」
「皇帝陛下、魔族の一人としておたずねします。
あなたはなぜ我々を、人間の戦いに利用したのですか。
本来魔界で生を終えるべき魔族が、異邦である人間界で命を落とし、それが今、世界の理さえも破壊している。このままでは魔界だけではない。人間界さえも――」
「――貴公は――」
何かに気づいたように皇帝が言う。
「貴公は、本当にただの一魔族なのか?なぜ、そこまで――」
「皇帝陛下」
言葉を遮るようにジークが口にし、そしてゆっくりと紡いでいく。
「皇帝陛下、私は、あなたとこの国をどうこうするつもりはありません。魔族と魔界への干渉を止め、この戦いに終止符を打ってください。私が望むのは、それだけです」
「――私を、許すというのか」
ジークは言葉に詰まる。『許す』ことなどできるはずがない。
この男の野心によって、どれほど多くの同胞がこの異郷の地でその生を無残に終えただろう。どれほどの仲間が人間のために利用され、その命を散らせていったのだろう。
だが、この男もまた為政者なのだ。農耕資源に乏しい山岳の国で、多くの民を養うため、どれほど心を削ってきたのか、今のジークにはそれは痛いほど理解できていた。
ジークは皇帝へと右手を伸ばす。
『許す』ことはできない。だが、『理解する』ことはできる。
人も魔も、互いを理解しあうことはできる。それは自分自身が何よりの証明ではないか。
だがこの時、ジークは気づいていなかった。
背後に迫る一つの影――闇より出し、漆黒の鎌――
――ジーク!
仲間の声が危機を教える。
振り向くより早く、横からの力が、彼を大きく弾き飛ばす。
半回転した視界が映す黒い三日月。
――斬られる!
閉じた両目に影を感じる。
銀の光が視界を切り裂く。
赤い軌跡がすべてを飲み込む。
――時は、止まった――




