第8章 第9話 決着
「ジーク」
城内の正面ロビー、その奥へと続く扉を前にして、アーサーは隣の青年を呼ぶ。
右手を訝しげに見つめていたジークが、我に返ったように、顔を上げる。
「お前、どういうつもりだ」
「……どういうことだ?」
わからない、というふうにジークは首を傾げる。
「お前、知っているのか。あいつは――」
「『紅い死神』のことなら、知っている」
アーサーの言葉を見透かしたようにジークは答える。
「ずっと前に、教えてもらった」
「だったら、なんで――」
「アーサー」
ジークは声でアーサーを遮る。
「短い間とはいえ帝国にいたお前が、あの人に対するどんな話を聞かされていたか、俺だって想像できないわけじゃない。
だから、すぐに信じろとは言わない。
でも、少しずつでいい。信じようとはしてほしい。
今の俺にはあの人もまた、お前と同じぐらい大切な人なんだ」
アーサーは答えない。
だが、やがてひとつの問いを、ジークに対して投げかける。
「だったら、ひとつ答えろ。
もし、あいつと出会っていなければ、お前は自分が今、このような選択をしていたと思うか?」
「それは――」
ジークが答えを探す、ほんの一瞬。
城全体を轟かせる激しい音が、彼らのもとへと届いてくる。
「今のは――!?」
アーサーが周囲を見渡し、直後、フィアナが彼らのもとへと駆け寄ってくる。
「フィアナ!」
「ジークさん、アーサーさん!」
「あいつは、どうした」
アーサーの問いに、フィアナが一瞬言葉に詰まり、それでも、凛とした声で彼女は答える。
「大丈夫です。必ず、来られます。だから、今は進んでください。お願いします」
アーサーが確認するように、ジークのことを振り返り見る。
「――行こう」
ジークは感情を見せない表情で答える。
「おい、ジーク!」
背中を向けたジークの腕をアーサーが掴む。
「大丈夫だ。あの人は、必ず戻る。今までも、ずっとそうしてくれた。
俺達は、俺達の責務を果たす」
そう言うとジークは正面の、奥へと続く扉へと、表情を見せないまま両手をかけた。
天井から、焼け焦げた破片が次々と、音を立てて床へと落ちる。
『ロシェ』は大きく息を弾ませているが、床へと伏せたシアルヴィは、もはやなんの反応も見せない。
だが、かすかに指先に動きを見せると彼は、消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。
「馬鹿な――印もなしで魔法など――」
『ロシェ』は勝ち誇ったように、剣士へと言う。
「印だと。そんなものが神に必要だと思うのか。」
「――神、だと?」
「気づきもしなかったのか。貴様ら人間が神にかなわないのなど当然だ。
人の力など神の前では埃も同じ。
武器だけではない。魔法でさえ結局は神の力を人間でも扱えるように作り出されたものに過ぎないのだからな」
見下すように言う『ロシェ』に、しかしシアルヴィはふっ、と僅かに声を漏らす。
「――人間界での争いにまでお出ましとは、暇な神様もいたものだな」
当然、この挑発は『神』を激昂させることになる。
『神』は息も荒くシアルヴィの下へと近づくと、その背を思い切り踏みつけていた。
「貴様に、何がわかる!」
「世界を生んだことを咎だとされ、天上を追われ、自身が作った世界に長きにわたって閉じ込められた。その苦痛が貴様にわかるか!」
「我らが生んだ世界に居座るだけの貴様らに、その苦痛がわかるか!」
「貴様に!貴様らなどに!」
容赦なく背中を踏みながら放たれるその雑言に、シアルヴィは体を丸め、嵐のように過ぎるのを待つ。
やがて、
「貴様らなどに!」
最後に『神』は彼を蹴り上げ、その身が数度転がり、そして全く動かなくなる。
それでも、なおも『神』は肩を弾ませ、その視線を左右へと振る。
視線の先には、シアルヴィの剣。
ほくそ笑むように『神』は顔を歪め、おもむろに床からそれを拾い上げる。
『神』の意図を理解し、シアルヴィが身を強張らせる。
神はシアルヴィの剣を手に、床へと伏せた彼のそばまで近づいてくる。
漆黒の剣が、最上段へと振り上げられる。
死を決意し、シアルヴィは固く両目を閉じる。
しかし、訪れない死の一撃に、視線を上げた彼が見たのは、剣を手に握ったまま、頭を抱え、無秩序に武器を振るう神の姿だった。
「ぐっ、うっ、ああっ……!」
苦痛のような声を漏らし、頭を振り、それはまるで、2つの意識が彼の中で争っているようで――
――これは――
うつ伏せの状態から膝を引き寄せ、シアルヴィは上体を起こしそれを見上げる。
ついには手から剣は取り落とされ、空中で、シアルヴィの右手がそれを捉える。
全身の悲鳴も全てが遠く、彼は剣を下から上へと一気に振り抜く。
左腰から入った刃が、右肩へと『ロシェ』を斬り上げていく。
――勝敗は、決した。
『ロシェ』は後退するように数歩よろめき、そのまま後方へどうと倒れる。
シアルヴィが倒れそうになる上体を右手の剣でどうにか支え、一度大きく咳き込むとともに、錆色の液体を一度に吐き出す。
視線の先の『ロシェ』は、もはやなんの動きも見せない。
咳込みとも、嗚咽ともつかない音が、シアルヴィの肩を一度揺らす。
その時だった。
「――にいさん」
シアルヴィが目を大きくし、顔を上げる。
「にいさん……、シャル……にいさん」
「ロシェ!」
立ち上がろとして、どれほども浮かずに床へと倒れる。
這うようにして、シアルヴィは、ロシェのもとへと近づいていく。
「ロシェ!」
もはや抱き上げるだけの力もない。
だが彼は、右腕を弟の首の下へとまわし、肩から上を、その胸の上へと預けるように、その全てで、弟の体を抱きしめていた。
「にいさん……やっと、会えた……」
「しゃべるな!命を縮める!」
「にいさん、僕を、ゆるしてください。
僕は、あなたになりたかった……あなたのような、強く、凛々しい人に……」
「ロシェ……」
ロシェの胸へと顔を埋めるシアルヴィが、何かに気づいたように顔を上げる。
その傷ついた全身が、柔らかな光に包まれている。
――回復魔法――
「やめろ!魔法を使うな!」
「いいんです……この体は、もう、もたないから」
見れば、ロシェの四肢はその先端から光となって溶け始めている。
「ロシェ!」
シアルヴィの、ロシェを抱く手に力が入る。
「にいさん、守ってください……どうか、『世界樹』を……」
その言葉を最期に、シアルヴィの上体が、支えを失い床へと落ちる。
「ロシェ――」
シアルヴィはゆっくりと立ち上がる。
わずかな回復魔法が、彼のすべての傷を癒やしたわけではない。
だが、つまりながらでも歩行は可能で、わずかならば駆けることさえできる気がした。
床へと散ったその双剣を拾い上げると、残された『ロシェ』の剣へと別れを告げ、彼は静かに、奥へと向かって歩き始めた。




