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第8章 第8話   死闘

 そこは、白い部屋だった。

 中央に大きな机を置けば、客人を二十人はもてなせそうなその部屋は、今、ただの空白だった。


 その中央に一人たち、待ち構えていたように笑みを浮かべる一人の青年。

「ロシェ――」

 シアルヴィがこぼすようにその名を口にし、ロシェは嬉しそうに両手を広げる。

「どうしました、言葉もありませんか?」

 そしてそのまま、雄弁に彼は語り始める。


「あなたにとっては悪夢でしょうね。死んだはずの僕が目の前にいて、しかもあなたが捨て去ったはずの赤い目が、今、僕に宿っている。」


「この部屋を、覚えているでしょう。

 あなたが、弟を看取った部屋。そしてあなたがその目を捨て去った部屋――」


「赤い目――『黒の世界樹』の主の証――その目が、人の死を見ることができるのは当然です。『黒の世界樹』は冥府の世界樹なのですから」


 眉をしかめるシアルヴィに対し、長い前髪をかすめるように、一瞬、指弾のような魔法が撃たれる。

「ねえ、そろそろ教えてもらえませんか。あなたに宿る『黒の世界樹』。それが、どうすれば僕のものになるのか。

 このままでは僕は、あなたを殺すしかなくなってしまう。

 ――僕の目が、何を映しているのか教えて差し上げましょうか?」


「――ロシェ」

雄弁に語るロシェに対し、シアルヴィの声は静かに響く。

「お前なのか?ウトガルドに私の存命を教えたのは――、孤児院を、襲わせたのは――」


 ロシェは一瞬目を大きくし、そしてあざけるように声を上げる。

「そうですよ!僕ですよ!

 でも何を悲しむ必要があるのです!あなたの居場所は孤児院じゃない!戦場だったはずだ!そうでしょう?『紅い――」


 激しい剣戟(けんさい)の音が響き、ロシェの両手が激しくしびれる。

 シアルヴィの二刀をその一刀で瞬時に受け、ロシェは口角を上げ、顔をゆがめる。

 視界に映るのは、温度を失った金の瞳。


「その目ですよ!」

ロシェは歓喜の声を上げる。

「その目だ、その目が欲しかった!」


 言って、ロシェは前方を蹴る。

 後方へ飛んだシアルヴィに、ロシェの蹴りは浅く入る。

 そのまま右手を輝かせ、放たれる魔法をシアルヴィは柄で叩き潰す。

 生じた余波に体がはじかれ、二人の間に距離が生まれる。


 歓喜の声とともに、ロシェの右手が再度光る。

 シアルヴィの足元に氷が生まれる。

 足を固めようとするそれを剣で払い、跳躍するシアルヴィを、頭上から多数の光球が襲う。

 しかし一方の剣をその全身ごと半回転させ、(くう)を薙いだ剣の軌跡に、光球は互いに誘爆を引き起こし、彼の頭上で花を開く。


「最高だ!」

 距離を詰め、次々と剣を繰り出すシアルヴィを剣や魔法でいなしながら、ロシェは喜悦の声を上げる。

「全く、あなたは最高だ!その力に『黒の世界樹』があれば我々と同じ場所まで上がることもできるでしょうに!」


「それだけに残念だ!あなたのような人に、『世界樹』が今も宿っていることが!

 どうしても返すつもりがないのなら、私はあなたを殺すしかない!

 そうでしょう、――兄上!」


 その言葉に、シアルヴィの足がひたと止まる。

 跳ねるように彼をいなしていたロシェがそのまま数歩先へ進み、振り向いたロシェと、シアルヴィの間に十数歩分の距離ができる。


「貴様は――何者だ」

凍りつくような、シアルヴィの声が冷たく響く。

「何を言うのです。お忘れですか、僕は――」

「――違う!」

わざとらしく手を広げて言うロシェに、シアルヴィは声を大きくする。


「貴様はロシェではない!ロシェは私を兄上とは呼ばない!なによりも、貴様のその戦い方は、ロシェのものとは似てもいない。

 貴様は何者だ。なぜわが弟の姿で、私の前に現れた!」


「全く――」

さきほどの浮かれたような口調とは一変し、落ち着いた口調でロシェが語る。

「やはり、あなたまでは欺けませんか。」

「――何者だ!」

「さあ?あなた方が想像もつかない、そんな世界にいるものですよ」

「なに?」

「でもね、何者だ、はあんまりでしょう。この体は間違いなく、あなたの弟君のものだというのに」

「――!」


「あの日、あなたは弟の死を目の当たりにし、自らの手で右目をえぐった。

 あなたからすればそれは、死を予見しながら防ぐことができなかった、自分自身への償いですか?

 でも皮肉なものです。そのあなたの行為が、私がこの世界に出てくる、たった一つのほころびになった。

 この体の居心地も、悪いものではありませんでしたよ」

「ロシェ――」

「あとはあなたに残る、その残りカスみたいな『世界樹』をいただく。それで私の全ては成就される。さあ、弟の手で逝ってください!」


 『ロシェ』の両手が上がり、部屋全体を覆う炎が一斉にシアルヴィへ襲いかかる。

 彼は二刀を体の前で構え、振り抜くとともに前へ駆ける。

 炎をまとい、魔法を抜け、ロシェへと剣を届かせるその瞬間、口角を上げるとともに天を指したロシェの片手が振り下ろされる。

 幾条もの炎の矢が、再び、シアルヴィに向かい放たれていた。



「――っ!」

 倒れていた自分に気づき、立ち上がろうとしたシアルヴィが、その左肩から走る痛みに、再度膝をつき肩を押さえる。

「へえ……」

ロシェの声が背後から聞こえる。

「心臓まで焼き尽くすつもりでしたのに、その程度とは――

 まったく、人間にしておくには惜しい逸材ですね」


 シアルヴィは、肩越しに『ロシェ』を睨む。

 先程取り落とされた自身の剣の一振は、自分とロシェの間に転がっている。

 かといってこの状態で取りに行っても、魔法で返り討ちにあうだけだろう。

 すでに感覚を失った左肩を、掴む右手に力が入る。


「とはいえ、その状態ではもう戦うこともできないでしょう。さあ、その『世界樹』、返してもらいますよ」

剣をさげ、『ロシェ』が自身の方へと近づいてくる。


「お別れだ!『兄上』!」



――直後、顔面を走る痛みに、『ロシェ』の体が大きくのけぞる。

 悲鳴とともに追った視線の先を、短剣が床を転がっていく。


――投げた!?短剣を?――


だが視線を戻すより早く、視界の端に捉えた剣士は、まさに今、彼の体を斬り上げんとする瞬間だった。


「ふざけるなあ!」


 部屋全体がまばゆく輝く。

 激しい光がシアルヴィの体を瞬時に飲み込む。

 思慮も醜聞もなく放たれたその力は部屋を大きく揺るがせ、城全体を轟かせていた。

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