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第1章 第4話   闇の中へ

 闇が一瞬、炎の色に染まる。少し遅れて爆音が届く。

 アーサーの放った炎の魔法が追跡者の数体を炎の中へと消し去ってゆく。

 何度同じことを繰り返したかわからない。

 だが、爆炎に映る追跡者は、全くその数を減じていないように見えた。


 再び炎が追跡者たちを照らし出す。その中心に、王の傍にいた黒いローブの姿が見えた。

「化け物め……!」

おそらくその者によって、実体無き追跡者は次々と生み出されているのだろう。

 統率者を倒さなくては。

 わかってはいてもなかなかそうさせてはもらえない。

 なぜならアーサーの炎は統率者に届くよりも先に、その実体無き従者によって遮られていたのだから。


「だが、このままじゃ……」

アーサーはその右手の先へ、ゆっくり視線を移していく。

 見慣れた友の姿がそこにあった。そしてその背には今、白い翼が展開していた。


 白き鳥類のそれであるような一対の翼。

 それは彼ら自身の意思によって具現化し、彼らに空を駆ける力を与えるもの。彼らに屈指の敏捷性を与えるもの。

 そして彼らの種族が「翼を隠す者(ウィングド・ハイド)」と呼ばれ、その地位が低く抑えられている原因。


 それは、闇こそが正義であるこの世界において、白き翼を持つ容姿があまりに異端であったためである。

 だが現在、その翼がジークと、その友に残された唯一の希望であることはもはや否定のしようもなかった。

 この上も下も、当然大地など無いような空間の中で彼らの存在を維持するために、そして王宮という閉ざされた世界から抜け出すために、ジークは飛びつづけるしかなかったのだ。


 だが表情には既に疲れの色がにじみ出ている。

 必死に隠そうとしてなお隠し切れない疲労の色は、彼に手をひかれるアーサーにも伝わってきた。


 何もせずとも宙に浮いていられる追跡者たちと違い、常に翼を動かしつづけねばならない彼の運動量は大きすぎる。

 加えて支えているのが自分一人の体重ではないのだから、その疲労は相当なものである。


 実際、追跡者たちとの距離は徐々に縮まりつつあった。傍目にはわからぬくらい、しかし確実に。

 思い出したように撃ってくる追跡者たちの光弾が、彼らのすぐ傍らを通り、過ぎていった。


 アーサーには友の思いが痛いほどわかっていた。

 ジークはいつも自分のために戦っていた。

 彼が戦いを望まなくても、戦いはいつも向こうからやってきた。王の息子、すなわち自分自身を求めて。

 その度に友は自分の前に立ちはだかってくれた。その身が血に濡れても、その全身を疲労が包んでいようとも。

 いつも、自分一人のために。



「ジーク、ごめんな。」

どれほど飛び続けてからだろうか、アーサーがそう切り出したのは。

「なに、言ってんだよ。」

ジークが答える。彼には、友の言葉の意味がわからなかった。

「すまないな……。 俺、お前に守ってもらってばかりだ。」

「俺が望んでやってることだ。気にすることじゃない。」


 一瞬の沈黙。その間、アーサーの中では様々な葛藤があったのだろう。そして、

「ごめんな、ジーク。 でも、これで最後だ。どうか、お前だけでも生き延びてくれ。」



――突如、下から突き上げるような衝撃。

 まともにバランスを失い、大きく体勢を崩す。

 翼を使い、わずかな距離を移動し、どうにか体勢を戻す。


 振り向いたジークの後ろに――友の姿は無かった。


「アーサー……?」


「アーサー!」


 友の応えはない。何が起こったのかわからない。半乱狂になりながらジークは叫ぶ。

「アーサー!アーサー!」

応えのない静寂。絶望感が彼を襲う。


 彼は気付いた。友は自ら手を振りほどいた。自分を突き飛ばし、その手を振りほどかせることで。

 翼を持たぬアーサーがこの闇の中、自らを維持するすべはない。

 ならば……



 絶望のジークの頬を追跡者の光弾がかすめて過ぎる。

 我に返った彼の目に追跡者の姿が確認できた。

 その距離は今、意外なまでに近付いていた。


「――!」

彼はその場に背を向け、再び空を駆けはじめる。闇の中へ。

 ここで死ぬわけにはいかない。自分だけは生きろ、それが友の最後の願いであったのなら。


「俺は、生きねばならない。」

左腕の先があまりにも軽い。

 友を失った心の痛みは、いやおうなく彼を締めつける。


 どれほど飛びつづけたかわからない。どこまでも続く闇。

 この先に光はあるのか。どこへ通じているのか。

 だがそれはジークにとって、自分がこれから生きていく世界が闇であるかのような暗示として受け取られた。



 追跡者たちの攻撃はその激しさを増していた。

 先刻までとはうって変わり、その攻撃は今、容赦なく彼に襲い掛かっていた。


 次々に襲い掛かる光弾をかわしながら、だがその速度は徐々に落ちていく。 既に体力は限界である。

 もはや彼を動かすものは友との誓い。生きねばならないという意思。ただそれだけだった。



 一発の光弾が翼をかすめる。

「くっ!」

一瞬、動きがとまり、彼の視界に光弾が映る。


――――よけきれない!


 白い羽毛が宙に舞う。


 激しい痛みが全身を貫く。


 指先から感覚が失われていく。


 細胞の一つ一つから悲鳴が聞こえる。


――――アーサー……すまない――――


 それが、最後だった。


――――そして――彼の意識は闇へと沈んだ。

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