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第3章 第6話   『紅い死神』

――『(あか)い死神』――

 その言葉に、目を伏せるようにうつむいていたシアルヴィがかすかに顔を上げる。

 だがそれでも顔を背けるようにし、長い前髪に隠されたその表情は、彼の右側に座るジークからはほとんど読み取ることができない。


「あの町の人たちだけじゃない。孤児院に来た兵士たちもあなたをそう呼んでいた。

 あなたと帝国の間に、いったい何があったんですか?」

シアルヴィは答えなかった。 再びあたりを支配する沈黙。

 その間にもシアルヴィの中にはさまざまな葛藤が繰り返されていた。


 やがてシアルヴィはジークのほうへと向き直った。ジークと彼の視線が交わる。

 今まで自身に投げかけられてきたどんな視線とも違う。

 恐れや憎しみはかけらも感じられない。

 不安に押しつぶされそうになりながら、その中でも懸命に真実を求めようとする気丈な瞳がそこにはあった。


――語らねばならない。

 語ることは今以上にこの無垢なる青年を苦しめることになるのかもしれない。

 だがそれ以上に、正体のわからない不安ほど人を怯えさせるものはないというのもまた事実なのだ。

 何よりも、隠し続けることは逃げることでしかない。

 もはや、隠し続けることはできない。


「後悔は――しないな――」

 シアルヴィの言葉に、ジークはしっかりとうなずく。

 再び目を伏せ、シアルヴィは大きく息を吐いた。


「今から、十年近く前の話だ――」


「――私は――帝国に仕える剣士だった――」



――――話は十年前へとさかのぼる。

 当時もまた、帝国はこの大陸を侵攻していた。

 山岳地帯に位置し、豊富な農耕資源を求める帝国の歴史は絶えず侵攻の歴史であり、それは現代でも、また十年前でも例外ではなかった。


 帝国と、国境を接するアールヴヘイム国の間で絶えず繰り返される衝突。

 その前線付近にはいくつもの砦が築かれており、あたりには物々しさが漂っていた。

 そんな中、そのひとつの扉をたたく青年がいた。


 砦の通用門が小さく開き、中から兵士と思しき男性が顔を見せる。

 青年は彼の目の前にいた。

 肩のあたりまで伸ばされた赤毛、伏目がちな金色の目。

 年齢的にはまだ成人すらしていないような青年だが、その目は冷たく、同年代の若者たちにあるような活発さはかけらもない。

 右の肩口は血に染まり、さげられた剣にも血の跡が残されている。


「……帝国から逃れてきたのか。」

中の兵士が言うが、青年は答えない。ただ、冷めた目線が虚ろに大地へと落とされていた。

 その理由も肩の傷のせいだと判断したのだろう。

 兵士は手招きし、誘われるまま青年も砦の中へと歩みを進めた。


「もう心配しなくていいからな。」

砦内を奥へと進みながら、兵士は青年の肩を抱くようにして語りかける。

「ここは帝国と戦うために作られた砦だ。 まだ人数こそ少ないが、ここにいる限り、帝国の手が及ぶことはない。 君もここでゆっくり傷を癒していくといい。」

「顔は?どうしたんだ。それも、帝国にやられたのか――」

 無口なままの青年の、前髪で隠されるようにした表情が気になったのだろう。

 兵士は足を止め、青年の顔を確認するように身をかがめようとした。


――直後、くぐもった悲鳴が響く。 あたりの視線が一斉にそちらへと向けられる。

 青年の傍らにいた兵士はその胸元を真紅に染め、青年の衣服にも飛沫が散る。

 兵士はそのまま倒れ、青年の剣は今しがたつけられた鮮血により染められていた。


「お前! 何を!」

離れてあがった兵士の声に、青年がそちらへと向きを変える。相変わらずの冷たい表情のままで。

「貴様、帝国兵か!」

「――だとしたら――?」

怒りに声を荒げる兵士にも、青年はまったく表情を変えない。

 兵士の間に動揺と恐れにも似た感情が広がっていく。

「ここに――俺を殺せる人間はいますか――?」

「かっ、かかれ!」

響く号令。

 青年の周りは瞬く間に無数の兵士たちに取り囲まれていた。



 どれほどの時が流れたのだろう。

 西へと傾きかけた日に照らされ、砦の中には炎と血の臭いが充満していた。

 すでに動かなくなった兵士たちの(むくろ)の中、青年は一人うずくまっていた。

「――いつまで、こんなことを――」

風が抜けていく砦の中、青年のつぶやきだけが取り残されていた。




「どうだ?うまくいったか?」

帝都へと帰りついた青年を、呼び止めるように声がかかる。

 足元には赤の絨毯が敷かれ、四方には広々とした通路が延びる。

 奥には大階段も見え、そこには上流階級者の屋敷、もしくは宮殿といった雰囲気がただよっていた。


 部屋の中央付近で彼を呼び止めたのは一人の中年男性だった。

 金の縁取りのある黒紫の軍服をまとい、その胸元には彼の階級を示す、ひとつの紋章がきらめいている。


「上々ですよ、ウトガルド将軍―― あなたの『輝かしい戦歴』がまたひとつ増えましたね。」

顔をあわそうともせずに答えを告げるとその脇を抜け、青年はそのまま階段へと足を向ける。


「――おい!シアルヴィ!」

青年が振り返る。

「貴様がどれだけの戦歴を挙げようが、それはすべて我が軍のものだ。 だがそれは決して、口外していいものではないのだからな!」

「わかっていますよ――将軍閣下――」

やはり表情は変えることなくそれだけを告げると、青年は再び階段へと向かい、そのまま階段下の扉の奥へと消えていった。


「ウトガルド。騒々しいぞ。」

「……ヘイムダルか。聞いていたのならそうだと言え。」

 青年が消えるのを待っていたかのように、ウトガルドの後ろから現れたのは、白髪交じりの老年の男性だった。

 まとっている衣服はウトガルドと同じものだが、ウトガルドのそれが黒紫であるのに対し、こちらの色は白い。 胸元にも彼と同じ、金の階級章がつけられている。

 不満が収まらない様子のウトガルドの態度は、この老将軍に対しても同じだった。


「ヘイムダル、お前にもわかっているのだろうな。 口外するようなことがあればお前であろうと容赦はしない。」

「……あの青年のことか。実にうまくやっている。 あの剣の腕は天性のものだ。ほかの誰にもあの真似はできぬだろうよ。」

「自分はどうもあいつは好きになれん。

 確かに剣の腕は高いだろう。だが、非戦闘員は決して斬らないだと?

 戦争というものがあいつにはわかってないとしか思えん!」

「よいではないか。戦争の終結は殺めた人間の数ではない。その後の我々による交渉により決められるのだ。

 むしろ、現在敵国であるからといって民間人まで(あや)めすぎては、我々の統治する段になって余計な反感を招くことにもつながりかねん。

 お前には、そう考えることはできぬものか?」


 ウトガルドにはこれ以上、この老将軍に太刀打ちする技量はなかった。

 彼は舌打ちするとそのまま目をあわすこともなく、西の通路へと消えていった。

 残されたヘイムダルは息をつくと、シアルヴィの消えていった扉の先へと視線を向ける。

「自らの死を求めて、更なる屍の上を歩むのか?  ――迷える死神よ――」



 それ以降もシアルヴィは、幾度となく戦場に立つようになっていった。

 生まれ持った赤毛、返り血に染まる容姿。 それは、戦場に舞う真紅の孤影。

 いつのころからか、敵からは畏怖をもって、味方からは畏敬をもって、彼はあるひとつの名で呼ばれるようになっていた。


――そう――『(あか)い死神』――――

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