第二話 灰色の眠り姫
僕が目を覚ました施設はバーナード院と呼ばれる少々事情がある子供が集められている場所だった。その事情とやらがどういうことなのかは人それぞれらしく一概にはいえないらしい。
僕の場合は赤子の頃に捨てられていたところを拾われてから今までの約五年の間、一度も起きることなく眠り続けていたというのがここに入れられた理由らしい。
どうやって食事など栄養を補給していたのか気になって聞いてみたら、何もしていないとのこと。冬眠なんてことばでは生ぬるいくらいの不可思議でけれど完全な眠りだ。周囲から眠り姫と呼ばれているのも頷ける話だろう。
もちろん姫のところには色々と文句はあるが。
眠り続けていたこともあってか体力は全くと言っていいほどなく、少し歩いただけで力尽きてしまったというのだから情けない。
「それで、僕は誰なんですか?」
「あのね、なんで起きたばっかりで話せるのかとか聞きたいことがこっちにも山ほどあるんだけど」
呆れたようにこちらを見ているのが力尽きていた僕を発見した人物でもあるエメリアだ。
彼女はこの施設で子供たちの世話をしながら様々な研究をしているらしい。
「さあ? 目覚めたばかりの僕に言われても」
「だったらなんで人格まで形成されているのよ? この場合、普通は赤子のような状態で目が覚めると思うんだけれど」
「色々とわからないことを教えてくれて感謝はしていますが、教えられることとそうでないことがあるんですよ」
「てことはその原因には心当たりがあるの?」
「いえ、まったく」
適当に知っているふりしただけだ。何も覚えてないのに原因なんて聞かれても困る。
それにしても、さっきからこんな感じで人を食ったような答えばかりが口から勝手に出てくるのだが困ったものだ。
エメリアも頭を抱えて大きく溜息をついているし。
「まったく、あなたは一体何者なのよ? これまでいろんな種類の魔法を見てきたけどこんなものは見たことがないわ」
「魔法?」
気になる単語だった。これまでの会話の中で地名や人名などはわからなくとも物や現象についての知識的な面でわからないことはほとんどなかった。事実、鏡やベッド、椅子など身近にあるものの名称や使い方などはすべて理解できていたのだから。
だが、今エメリアが言った魔法というものについては頭の中から湧いてくるものがまるでない。つまり、何も知らないということだ。
試しにいくつか魔法関連の言葉を聞いてみたがまるでわからなかった。
「大抵の学問も常識もいっぱしの大人並かそれ以上に出来るのに、魔法関係のところだけすっぽり抜けたように何も知らないのね」
「そうみたいですね」
どうやらすべてのことを知っているという便利な力が宿っているというわけではないようだ。まあ、人生そう甘くはないしそんなうまくいくとは思ってなかったので別に構わないが。
ただ、エメリアの方はそういう訳にはいかないらしい。
「情報系の魔法、知識の獲得とかかと思ったけど魔法関連だけ知らない時点でその案はあり得ない。そもそも、この五年間何も口にせずに眠り続けてここまでの健康体を保っていてなおかつ成長までしたということ自体が魔法であったとしか考えられない。けど、だとしたらこの二つを両立させる魔法なんて一体どんなものがあるっていうの? それともそれぞれ別の効果の魔法を無意識の内に二つ使っていた?」
ブツブツ呟きながら自分の世界に籠ってしまっている。放っておくといつまでも考え続けそうなのでその思考に割り込むように声を掛けてみた。
「それで、最初の質問に戻りますけど僕は一体誰なんですか?」
「ああ、まだ答えてなかったわね。でも私達にわかるのはあなたの名前だけよ。しかもその名前も私達が名付けたものだから本名と言えるかどうか」
「それで構わないので教えてください」
いつまでも眠り姫なんて呼ばれるよりは百倍ましだ。
「アッシュ、その髪と目の色から付けた名前よ」
「アッシュですか……」
その名を聞いても自分のものと思えなかったがこれは時間を掛けて慣れていくしかないだろう。この奇妙な自分が自分でないという感覚がそうそう消えてくれるとは思えないし。
とにかくこれで名前はわかった。まずはそれで十分だ。
「それじゃあ次は僕にこの世界のことについて教えてください。出来るだけ詳細に」
「あなた、本当に五歳児?」
「見た目通りならそうでしょうね」
まあ、五歳でこんな生意気な口を利くような子供がいるとは思えないが。