プロローグ 大往生
のんびりとした更新ですがよろしくお願いします
自分で自分を見下ろす、そんな日が来るとは思っていなかった。八十年近く続いた人生の中で幽霊なんて信じたことは一度もなかったが、どうやらそれは間違いだったらしい。
見慣れた病院の一室に息子や娘、それに孫たちが集まってこの老いぼれである僕の死に顔を見ていた。自分で言うのもなんだが、安らかに良い顔で死んでいると思える。
「こらこら、そう泣くもんじゃないぞ」
心電図が動かなくなっている隣で娘が今まで見たことないくらいに号泣していた。娘も若い頃は人の事をクソジジイとか死ねとか暴言ばかり吐いていたのに、こういう時に泣くならもっと早くから優しくしとけばいいものを。
まあ、実際そんなことされたら気味が悪くてしょうがいないか。
死んだ原因はよくある話だが癌だ。気付いた時には手遅れで、手の施しようがなかった。それまでピンピンしていたのに、入院してわずか一か月でこの世を去ることになろうとは。
幸いだったのはあっという間だったから迷惑をそこまでかけなかったことや葬式代とかは残しておけたし、既に妻は死んでいるから老いぼれを世話させることはもうないことか。少ないが残した金だって息子達の手に渡るはず。
そう、思い残すことなど何もなかった。
「ああ……いい人生だった」
死んでなお、いや死んだからこそかも知れないが、心の底からそう思える。
青春の駆け抜け、妻に会い、息子と娘に恵まれ、孫の成長も見守れた。辛く苦しいこともあったが、これ以上ない生涯だったと言い切れる。
若い頃は散々人生なんてろくなもんじゃないと酒を飲んで愚痴って来たこともあったが、今は叶うならもう一度生まれ変わって新たな人生を送りたいと思えるほどに。生きていた頃は一度で十分だって思っていたのに、人間ない物ねだりは得意のようだ。
ただ、あの世には妻もいるはずだし、先に逝った悪友達が自分を持っていることだろう。土産話はたくさんあるし、あの世でゆっくり語るとしようか。
そう思って目を瞑ると、意識がだんだん薄れてくる。
「じゃあな、息子達。元気でやるんだよ」
その言葉と同時に意識は完全に途切れた。