第六話 追放、そして同行
婚約破棄の一件は、公爵家の面目を潰したとして、セレスティーヌは領地への謹慎――世間の言い方を借りれば、追放を言い渡された。
荷物をまとめる彼女の後ろに、吾輩はそっと寄り添った。
「あなたも、来る?」
セレスティーヌが、荷物の隙間から吾輩を覗き込んだ。
吾輩は当然だと言わんばかりに、荷物の上へ飛び乗ってやった。
この娘を一人にしておくと、何をしでかすか分からない。
それに王都の屋敷より領地の方が、魚が旨いという噂も聞いている。
あくまで後者が主目的である。
馬車の中、セレスティーヌはずっと窓の外を眺めていた。
王都が少しずつ遠ざかっていく。
「せいせいするわ」
「王都なんて、二度と戻らなくても困りません」
そう続けた直後、遠ざかる尖塔が見えなくなるまで窓から目を離さなかった。
人間の「どうでもいい」は、たいていどうでもよくない。
強がりであることは、猫の目にも明らかだった。
吾輩は何も言わず、彼女の隣で丸くなった。
領地に着いてからのセレスティーヌは、意外にも、王都にいたときより幾分、表情が緩んでいるように見えた。
誰も彼女を「悪役令嬢」と呼ばない土地では、身構える必要がないのかもしれない。
もっとも、最初から歓迎されたわけではない。
領民たちは、王都から流れてきた噂を知っていた。
「王太子殿下に捨てられた御令嬢だそうだ」
「平民の娘を階段から落としたとか」
「近づくと猫まで呪われるって話だぞ」
最後のは聞き捨てならぬ。
吾輩は荷馬車の陰からその男を睨んでやった。男はなぜか青ざめて逃げた。少なくとも猫に関する噂だけは、少し真実へ近づいたらしい。
人間の噂というものは、馬車より速く走るらしい。
だがセレスティーヌは、それを弁明しようとはしなかった。
もっとも、父である公爵自身、娘が本当にリーゼを害したとまでは信じていなかったらしい。王都の騒ぎを収めるため表向きは謹慎という形を取ったものの、何もせず座っていろという意味ではなかった。「暇なら領地経営の補佐でもしていろ」と、現地代官の監督下で予算配分や徴税の一部を見直す権限まで与えていた。
代わりに、荒れた用水路を調べ、収穫の悪い村へ赴き、領民に重くのしかかっていた税の一部を見直した。
華美な晩餐会に使う予定だった予算を、壊れかけた橋の修繕へ回した。
初めて現場を見に行った日、橋のたもとで一人の老人が頭を下げた。
「これで孫が雨の日にも学校へ行けます」
セレスティーヌは一瞬だけ言葉に詰まった。
「......橋は領地の物流に必要ですもの。勘違いなさらないで」
老人は笑って、もう一度頭を下げた。
どうやら領民の方が、この娘の扱いを覚えるのが早い。
「別に、領民のためではありません。税収が減れば、わたくしが困りますもの」
などと言っていた。
そう言った直後、彼女は手にしていた帳簿を、必要以上に真剣な顔でめくり直していた。すでに一度確かめた数字を、もう一度。
誤魔化すときほど、この娘は仕事熱心になる。
吾輩は知っている。
その夜、帳簿を見ながら、橋の修繕費が足りると分かった瞬間、ほんの少し笑っていたことを。
なお、用水路の改修によって魚の住みやすい場所まで増えた。
この政策についてだけは、吾輩も全面的に支持するものである。
やがて領民たちの態度も変わっていった。
「あの方、噂とは随分違うようだ」
「悪い人には、見えないがなあ」
吾輩は領地の畑を見回りながら、密かに満足していた。
――ようやく、この娘の中身が、少しずつ表に出てきたようである。




