第八話 二人の夜
暗い部屋に二人、通話越しに二つの意味で重なる呼吸音が混ざり合い妙に胸が高揚する。寝落ち通話と言う寝る事が目的の通話で何故緊張しているのかは分からない。だがそれでも興奮しているのは分かっている。
彼女は今どんな表情なのか、自分はどのように見えているのか等と思考が回る事を止めようとしない。
華凛『聖裕君ってさ、一人で寂しくない?』
聖裕「慣れちゃったんで平気ですよ。」
華凛『そうなの?私さ、時々寂しくなるんだけど。』
聖裕「そうなんですか?」
華凛『んー、何かね。私結構色々考えちゃってさ、聖裕君に色仕掛けした後もやりすぎったかなって後悔してて。』
聖裕「全然大丈夫です!」
華凛『ふふっ、ありがと。』
何故だろうか、華凛さんの本音が聞けた様な気がした。自分達は恋人と言う関係では無い。一方的な此方の片想いで華凛さんが提示した条件の上に成り立つ友人関係だ。
もしかすると彼女は自分に嫌われない様にする為に他愛の無い会話をわざと長引かせているのかもしれない。
聖裕「華凛さん...その、寂しくなったら通話とか全然僕で良ければしますから。」
華凛『えっ、?」
彼女にしては珍しく、素っ頓狂な声を零す。
聖裕「華凛さんが嫌じゃ無ければ、その、彼氏でも無いのに言うのもアレですけど、頼って欲しくて。華凛さんが寂しく感じてるのは何となく悲しいので...」
華凛『...ふふっ、もう...」
聖裕「ん...?」
聖裕「好きになっちゃうじゃん。」
そう、ボソリと呟く声が聞こえた。勇気を振り絞った発言に心臓が高鳴り、声を出そうとしても喉の奥へ引っ込んでしまう。彼女は通話だけでは無く、現実でもこの様な事を行ってくれるだろうかと言う下卑た期待が心を満たしている。
しかし鼓動は異常な程高鳴り、蕩けそうになる思考が身体の動きを鈍くした。そんな最中でも華凛さんは全て分かっているかの様な余裕そうな笑みを浮かべる様に話し始める。
華凛『んふっ、ねー、深夜テンションってあるじゃん?今私それ。何でも正直に話しちゃいそ。』
聖裕「え、えっ?」
華凛『本当に好きな人にしかこんな事言わないよ、友人としてだと思う?それとも恋愛的な意味?』
聖裕「えっ...!!」
華凛『んふっ、なーいしょ。』
突然、鼓膜を揺さぶる妖艶な声。スマートフォン越しだがやはり彼女は悪魔か小悪魔と言う種族がとても似合っている気がする。まだ深夜では無いにしろ普段の華凛さんなら絶対にこんな事は言わないだろう。
ここまでデレて貰えるのも通話の魅力だと考えてしまう。ならば自分も本心で話せば華凛さんも心を開いて全てを話してくれるのではないだろうか。
聖裕「華凛さん...好きです、もう本当に華凛さんの事しか考えれなくて。」
華凛『もー、何回目?でも嬉しい。んふっ、好きって言って欲しいんでしょ。』
聖裕「はい...好きです。」
華凛『良い子。私も好きだよ、ずっと傍に置いておきたいし手放したくないなー。』
聖裕「んっ...!?すっ___!!」
『好き』。これは本心として捉えて良いのだろうか。もし仮に本心なら、もう此方の心臓は正常で無くなってしまう。
華凛「ねーぇ、私来年で大学生だけどさ、目移りしちゃダメだからね?」
聖裕「しま、せん!絶対しませんから!」
華凛『んっ...ふっ、良い子だね。』
どうやら深夜テンションというのは本当らしい。声の調子が何処かおっとりとした感じとろんとした口調が入り交じり色っぽい声を作り出す。
今華凛さんがどんな表情をしているのか、無性に気になると同時に想像の華凛さんの顔に対して心拍数が加速するのが嫌でも分かった。更に先程からの華凛さんの発言があまりにも恋心を擽り誘惑している。
この妖艶な雰囲気に呑まれてしまったら自分はきっと華凛さんに貪られるのだろう。そんな事を考えてしまえばこそ、今の自分に出来る事は彼女の発言に心躍らせる事だけ。
華凛『華道部でもさ?いつも隣座って欲しいなって思うし、テスト期間中なんて一緒に通話で勉強したいとか思っちゃう。』
聖裕「そう、ですね...華凛さんと勉強中でも話してたいです。」
華凛『本当?んふっ、私も聖裕君の声沢山聞きたいからさ、定期的に通話しようよ。良いよね?』
聖裕「ぜっ、ぜひ!」
華凛『全部OKなの?ふふっ、彼氏になったらさ、今よりもっと幸せな事してあげる。』
聖裕「彼氏に...華凛さんと...ま、待って今なんてっ!?」
段々と視界が狭まっていく感覚に陥る。頬が紅潮するのがはっきりと分かる。自分は一体何を望んでいるのか、思考は物凄い速さで回転するが意味を成さない音を鳴らすだけ。
華凛「んー?恥ずかしいから言いたくない。」
聖裕「ちょっとで良いですから!」
華凛『もー、聞こえてたくせに。』
聖裕「もっ、もっと聞きたい...!」
華凛『んふっ...彼氏になってくれたら沢山シてあげるから、ね?私が卒業した二年後まで我慢出来る?』
聖裕「します!何をしてくれるのか分かりませんけど...!」
華凛『嘘つきー。絶対分かってるでしょ?』
つい脊髄反射で会話してしまうこの空間が堪らなく幸せで、脳が蕩けそうになる。まるで彼氏彼女の関係になれた様なそんな錯覚をしてしまうのだ。錯覚ではあるものの、華凛さんが彼氏にしてくれるなら良いかと無意識に考えてしまう自分がいるのも確かだ。
聖裕「ほ、本当に分からないです...マジで、」
華凛『ふふっ、そっかぁ。んふっ。』
自分でも驚く程に食い気味に返答をする自分に呆れを感じつつも言わなきゃ良かったとは到底思えない程満たされた気持ちになっているのは間違いなかった。しかし華凛さんはそんな自分を見てか、突然笑い声を零す。
華凛『あはっ、もー、おかしくなっちゃうな...全部本音で話しちゃう。ねーえ、さっきの全部本音で話してたって言ったらどうする?』
聖裕「...えっ?」
もう此方の脳は正常な判断を下す事をほぼ放棄したかもしれない。どれが本当で嘘なのか検討もつかないまま現在進行形で沼にズブズブと沈み続けているからだ。もしかしたら自分はこのまま目を覚まさないのではないかと思ってしまう程に満たされている心。
更にその心には先程の華凛さんの発言が走馬灯の様に駆け巡っては脳にリフレインする。そして追い打ちをかける様に言葉を発する。甘美で、夢と現実の区別が出来なくなる柔らかい声で。
華凛『んふっ、全部本音だよ。』
聖裕「...っ!」
華凛『ね、今どんな顔してる?』
聖裕「えっ...と、多分、」
もう自分がどんな表情をしているのかなんて想像も付かない。ただ言える事はきっと、どうしようも無くニヤけている事だけだろう。そんな自分に対して彼女はこう告げる。
華凛『可愛いよ。大好き。愛してる。もう私の物になって欲しいな。』
聖裕「...あぅ...」
華凛『もっと言う?んふっ、好き。大好き。もうずっと独り占めしたい。私の物になって。』
聖裕「は、はい...もう、僕の全部華凛さんのです...。」
華凛『んふふっ、可愛いね?本当にさ。」
聖裕「んっ...!」
華凛『あ、また照れてるでしょ?』
聖裕「て、照れるの仕方ないじゃないですか...」
華凛『もー...本当に好きになっちゃうじゃんか...』
彼女の言葉に脳と胸を焦がされそうになりながらも会話が進んでいく。先程までの会話内容が未だに鮮明に記憶に焼き付いては心が落ち着かないが、それすらも今は愛しい。
華凛さんとこんな通話が出来る日が来るなんて考えもしなかったのだ。そして想いが通じ合うとはもっと。そして同時に浮かぶ憶測。華凛さんが自分の事を本当に好きになってくれたのでは無いかと言う推測。
もし本当に好きになってくれたのならば、どれ程嬉しい事か。
華凛『...あはっ、聖裕君。』
聖裕「...はい。」
華凛『まだ早いけどさ。もし明日の私が恥ずかしがって無かったら、タイミング見て告白してね?』
聖裕「えっ、」
華凛『...楽しみにしてるから。』
互いに胸の高鳴りが止まらない中、通話越しで口付けをした様な錯覚に陥ってはいつまでも余韻に浸って会話をしていた。更に寝落ち通話と言うのに二人共目が冴えてしまっている。
華凛さんは深夜テンションで脳と口が直結している様で彼女の事を更に知る事が出来たが、思いの外お喋りが好きな様だ。自分は会話が上手くない方だが華凛さんとなら通話を長く続けられそうな気がして来る。
華凛『あーぁ、やっぱまだ告白しないで。もっとドキドキしてたい。聖裕君が私のからかいで一喜一憂してるのが超可愛いの。』
聖裕「さっきの言葉は全部本心...?」
華凛『んー、どこまでが本当だろうね?んふっ。』
聖裕「もうどこまでが本当か...」
華凛『あはっ、からかいって便利ー。言い過ぎちゃったのもからかいで誤魔化せるし。』
聖裕「って事は...?」
華凛「あはっ、想像にお任せします。」
やはり華凛さんは自分に恋心なんて抱いていないだろうか。又は抱いてくれているのだろうか。もし明日自分が華凜さんの告白にしたら彼女はどんな反応を示すのか。
その答えを知る為には明日まで待たなければ行けないのだが、それすら待ち遠しいと思えてしまう程に自分の心は彼女に掌握されてしまっているのだろう。
そして気付けば深夜三時前である事に気が付いたが、明日彼女は今日と同じ様に自分と通話をしてくれるのだろうか。
華凛『...もうこんな時間かぁ。』
聖裕「寝ます?」
華凛『寝たかったら寝て良いよ。明日も高校あるからさ、しかも聖裕君はまだ入学して二日目だしさ、ちゃんと寝なきゃ。』
聖裕「そうですよね...一緒に寝ません?」
華凛『...やだ、』
聖裕「えっ!?」
華凛『嘘だよ。からかいって言っても程々にしないとねー?おやすみ、』
聖裕「あ、はい...。おやすみなさい。」
通話を切らずに目を瞑る。呼吸を一定に保つ様に意識すればすぐに眠気は襲いかかり、夢の世界へと誘われてしまう。目を瞑ったのは良い物の、このまま朝が来て目覚める事が名残惜しい。
二人の夜はまだ続くのではないかと期待を抱いてしまうのは我儘なのだろうかと寝惚けた頭でそんな事を考えるが、既に半分夢の世界にて泳いでいる自分に止めは効かなかった。




