1章 7話 見学会 辺境伯side
その日を辺境伯はその夫人とともに楽しみにしていた。
前日から、落ち着かずに書類に目を通しては閉じる、そんなことを繰り返していたほどだ。
自領の目の鼻の先に作られた魔族屋敷、それが勇者により破壊され、リノベーションされて別荘として売り出されたのだ。
売り出し価格は113万ゼニー。
自領から忌まわしき魔族が消えただけでも、その分の価値がある。それに、あのドラゴン族のニーナ・ロベリスタがデザインを担当した屋敷だ。
見学会には大手の商家や公爵家の者や王家も来ることになっている。それだけこの屋敷は目玉物件である。
見学会の予約時間は近いこともあり最初の時間になっていた。
屋敷に近づくと、屋敷の場所は半球体のドームに囲われていた。
皆のものがどうしたものと思いながら近づくと、ドームは急にパラパラと砂となり崩れて飛んで行き、二階建ての白い壁で作られた屋敷が現れた。
こんな出し物をサプライズでやるなんて流石一流のデザイナーは考えることが違うな、と感極まった。
建物の形自体は魔族屋敷の形とほぼ同じであるが、壁の色が真っ黒から白く変わるだけで全然違う。
庭もどでかい樹木があり雑草まみれだったが、それらは綺麗に無くなり、芝生となっていた。それどころか庭自体に暖かい光を感じる。
かつての陰鬱な気配は跡形もなく、風が抜けるたびに、どこか安らぎすら感じさせる。
あの、魔族の土地、魔族の屋敷を征服したのだ、と強く胸を打った。
赤いスリットの入った東洋のドレスを着る、頭にツノの生えたドラゴン族の長身の女性、切長の目になのに優しい暖かみを感じる。女性が美しいと感じる女性の代名詞であり、稀代のデザイナー。
ニーナ・ロベリスタだ。
その隣には透き通るような薄緑色のシルクを用いた、袖の長いローブ風ドレス。髪には森の宝石をあしらうエルフの少女がいた。ハイエルフやそれに類する権威のある者しか着ることが許されない衣装。エメラルドをはめ込んだような、美しく大きな瞳に吸い込まれそうになる。可愛らしいのに、何故か妙に冷たい。寒気を感じるような美しさだ。見た目はまだ若いエルフ。人ならば12歳から14歳くらいに見える。確か、その年くらいならば人間と同様の年齢だったはずだ。
「閣下、この度は足を運んでいただきありがとうございます。隣の者は私の助手ですが、あまり外では活動したことがありませんので、無口な上、さらに無礼な言動をするかもしれませんが、どうぞ、ご容赦ください」
あの稀代のデザイナーに助手?
助手なんていなかったはずだ。
ということは……弟子か?
辺境伯は頷き、建物に目を向けた。
「あの忌まわしき魔族屋敷がこんなにも見た目が変わるとは……庭に不思議な温かみを感じるがこれは?」
「勇者が聖光魔法を使用した際に魔族屋敷の壁材が魔力焼けしたのですが、同時に強い神聖属性を得ていました。これを粉砕して庭にすき込んでいます。そうすることで、強い魔物避けとなりますし、もし土いじりにご興味があれば、貴重な神聖属性の薬草の成長が早くなります」
辺境はいつも魔物の襲撃に備えなければならない。その頻度を減らせるならばすごくいい物件である。
さらに庭師を雇って、霊薬の材料となる薬草を育てる金策をしようか、と一瞬思った。
「では、早速、屋敷をご覧になってください」
屋敷の扉が開くと一面のフローリングが見える。色合いと艶からチークだろう。
壁は白く、気持ちが澄むようだ。そして、視線を下に向けると、魔法陣がある。
目を見開いて魔法陣の術式を解析すると回復の魔法陣だ。ペイントしたものか? いや、彫られている。タイル、石材を直接彫っている? 魔法陣自体は大したものではない。石を彫る、そして魔法陣を正確に刻むのは容易ではない。この大きさなら手作業なら一ヶ月以上必要だろう。手が込んでいる。
足で魔法陣を踏むと、淡く緑色の少量の魔力を吸い取られ、馬車で疲労した腰の痛みが引いていく。
わずかに体が軽くなり、思わず息が漏れた。
「皆様の日頃の疲れなどを癒やされるための別荘目的で建てました」
「入った瞬間の見栄えが素晴らしい。まるで王都の商家の斡旋するリゾート施設の入口かと思った。この入口の魔法陣も粋だな」
その言葉を言うと、エルフの少女が一瞬顔が綻んだ気がした。ほんの一瞬、氷が緩むように。
でも、表情は……変わってない。
気のせいだろう。
辺境伯はさらに踏み入る。フローリングを歩き、リビングを見つめる。
日当たりのいい庭からの日光が程よく差し込み、セットされたソファに横になりたくなる。
リビングのフローリングを歩くと、先ほどのフローリングと若干違う。しかし、先ほどのフローリングよりも上等な艶がある。
「まさか、エルダートレントか?」
「閣下、お目が高い。エルダートレント材が少量ながらツテから入手できましたので、贅沢にリビングに使いました」
「これは、自分自身が使っても気分がいいが、客にも自慢できるな」
エルダートレントはなかなか市場には出回らない。ほとんどが市場に流す前にツテに行ってしまうから。その方が高く買ってくれることも多い。
案内されるまま、バスルームや主寝室、ゲストルームを見ていく。どれも洗練されているし、建て付けの家具も細工が丁寧で、職人の腕の高さを感じる。
そして、壁もまた頑丈だ。
拳を当てると金属のような硬さを感じた。
大理石か?
いや、まさか御影石……?
「こちらの建物の壁は昔、勇者パーティに所属していた土魔法使いが修繕しています。独自の石材です。私のドラゴンブレスにも耐えられます。試しましょうか?」
魔王討伐に向かっている勇者たちか。
確か、言葉遣いの汚い土魔法使いのエルフの少年か。
あの子と勇者はそりが合わなくてパーティから追放されたという噂を聞いたことがある。
しかし、彼が抜けて侵攻が遅くなったと聞く。
ふと、エルフの少女の方を見る。
まさか、な。
書斎に入ると内装もまたセンスがある。ここならば仕事が進みそうだ。いや、休むための屋敷だ。それではこの棚に何を置くかな。
そこで、ハッとした。
自分自身はもうこの屋敷を買うつもりでいる、と。
無性に、この屋敷に住みたい、そう思わせるのだ。
「閣下、もうお気づきですか?
こちらは仕掛け扉になっております」
ニーナ・ロベリスタは棚の奥にある凹みを指差す。
押すように勧められた辺境伯はそのスイッチを押す。
カラカラカラと音がどこからか鳴り、隣の棚が横に移動していく。
「この階段の奥に隠し部屋があります」
からくり仕掛け扉の次は隠し部屋。
一体何の悪さをさせようとしているのか、と一瞬、辺境伯は思った。
階段を降りていって、扉が開け放たれた。
一歩、足を踏み入れた瞬間、少し涼しく、湿度もやや高い感じであるが……。
空気が澄むはずがないのに、空気が澄んでいた。
なんというか、神聖な、まるで聖歌隊の歌を教会で聞いているような気分になる。
そして、何より……。
「地下ですので、通年を通じてこの温度を維持できる構造になっています」
「いや、そんなことではないだろう! ここの板、全てエルダートレント材ではないか!」
「そうです。この秘密のエレガントな空間を知っている者にしか味わえません」
悪ふざけにも程がある。
貴重なエルダートレント材だぞ。
いくらなんでも……この空間、何に使うんだ?
辺境伯が困ったような顔をした時、エルフの少女が口を開く。
「ここは……拷問部屋でした。さらに、悪魔降臨の儀式の跡もありました」
まさか、と目を見開く。
そして、ニーナ・ロベリスタはぴくりと顔が固まるが神妙な顔つきになる。
エルフの少女は説明を続けた。
「それで、ここは、福音のカーテンのシスターを呼んで、解除や除霊、祝福をしてもらいました。その後で壁は一度破壊し、再度壁を作り直し、エルダートレント材で囲みました」
あの秘め事の隠蔽で定評があるシスターの集団か。確か、勇者パーティの聖女な姿もあると噂の……。それで、この妙な神聖な雰囲気か。
「黙っていればわからなかっただろう?」
あえて、それを伝えた理由、それはなんだろうか。
「あの、おれ……いえ、私どもは、そういった商売はバレた時に信用をなくし、多大な損害が発生すると考えます。純粋に、福音のカーテンは、高度な技術を完璧にこなす特殊な施工業者として見ています」
馬鹿正直なエルフの少女かと思えば、なかなかいい考えを持っている。金も大事だが、信用こそが世の中を回す。
信用のない奴なんて雇わないからな。
「だから、これだけのエルダートレント材に、元勇者パーティの土魔法使いを使って、この売り出し価格か。
で、なんで、この部屋を残した?」
「あの、単純に、ワクワクしませんか?」
「……どういう意味か説明したまえ」
鈴のなるような声の持ち主が、変なこと言ってしまったと後悔するような顔をした。
「仕掛け扉の豪華な隠し部屋……。男……男性なら、男の子ならワクワクするな、と思います。セーフルームとしても使えます。板材の外側は全て頑丈な壁で囲んでいます。
でも、どうせなら……例えば、どうでしょう、専用のワインセラーとして使いませんか?」
その提案。面白いと思った。
理解より先に、妙な高揚が胸に灯る。
はっきりと言って、無駄な部屋だ。豪華さも、あえての隠し部屋だっておかしい。
そこに、金でも秘密でもなく、ワインを置いて、ただ自分のために楽しむ部屋にする。それも元拷問部屋だったものを。
馬鹿らしいけれど……。
神聖な雰囲気を纏ったこの部屋は、むしろ、聖堂としても完成しているようにさえ感じ、大いなる何かがここにいる者たちを守ってくれているような感じすらある。
「ロマンの詰まった部屋か……面白いものだな。気に入ったぞ。美しいエルフの少女」
着飾れたエルフの少女は恥ずかしそうに顔を下に向けた。そういうお年頃なのだろう。
「買おう。契約書を持って来てくれ」
言葉にした瞬間、自分でも少しだけ可笑しくなる。威厳を保つため、表情は変えていないが……本当にここでの生活が楽しみな物件だ。
「閣下、まだ他の見学者もいますので即時契約はできません。購入希望ということで受け取ることはできます」
ニーナ・ロベリスタはあくまで事務的に告げる。その声音は柔らかいが、線引きは明確だった。ドラゴン属ならではの貴族になびかない姿勢もまた潔く、そして角の立たない上品な言い回しであった。
「わかった。その書類を持って来てくれ」
辺境伯の視線はすでに部屋の奥へと向けられていた。
壁をなぞるように指を滑らせ、木の質感を確かめる。その仕草には、品定めというよりも所有する未来を確かめるような静かな熱があった。
「リビングでお待ちしてください。そこで……」
ニーナが案内を促そうとすると、
「いや、ここで書きたい。このロマンの集う部屋でな」
言葉は穏やかだが、揺るがない。
辺境伯はわずかに口元を緩め、この空間をもう一度見渡した。
隠された扉、選ばれた者だけが踏み入れる地下、そして過去を清められた静謐な空気。
そのすべてが、彼の心をくすぐっている。
ここはただの別荘ではない。
己の趣味と誇りを満たす、密やかな王国だ。
そう確信したからこそ、彼は一歩も引かなかった。
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