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1章 2話 お掃除とリフォーム開始

 牛乳を飲み切って良かった。

 風向きが変わると鼻の奥をひっくり返して嗅がされたような、嗚咽が込み上げる異臭が立ち込めた。


「……それにしても解体費用5万ゼニー? 冗談だろ? 腐った死体だらけで特殊清掃が必要だ。普通の現地の人間なら更地にするだけで倍はかかるぞ」


 俺は職業病で、脳内の算盤そろばんを弾く。

 でも、俺はにやりと笑っていたと思う。

 これは、儲かる案件だ、と。


「……リファ、黙ってたらエルフの中の貴族の令嬢にも見えるのに、その口癖……」


 ニーナのため息が聞こえた。


「そんなことどうでもいいだろ。ゴンザレス、そこの外壁、どうだ?」


 自分でも、あからさまに容姿が整っている、人間年齢で14歳くらいの女の子なのはわかっている。それを指摘されると、元々いい年した男だったので少し気恥ずかしい。

 話題を遮るためにゴンザレスへ声をかける。

 

「ああ、これを見ろ。勇者の聖光魔法のせいで、建材の石が『魔力焼け』を起こしてやがる。脆くなって()()なら再利用できねぇ。転売できないから解体業者泣かせだ」


 髭モジャのドワーフ族のゴンザレスが、石壁を斧の柄で叩くと、乾いた音を立てて崩れ落ちた。

 ゴンザレスもまた、否定しながらも、俺となら儲かる案件であることを示唆していた。


「でも、立地は最高よね?」


 ニーナが地図を広げる。


「西には王都まで続く大河の支流。直近には『静寂の湖』。勇者がレベル上げしながら歩いたおかげで、付近の魔物は全滅。今は小鳥のさえずりしか聞こえないわ。……ま、家の中や付近の森の中には『置き土産』があるみたいだけど」


 ギィ……と、半壊した玄関の扉が勝手に開く。

 中から漂ってくるのは、カビと腐敗臭。


「中にも腐った死体に……トラップがまだ生きてやがるな。魔族の幹部ってのは、死んでからも嫌がらせが好きらしい」


 俺は足元の大きめの石ころを一つ拾い、廊下へ転がした。

 カチッ、という軽い音。


 次の瞬間、天井から鉄塊が落ちてきて床を粉砕し、その自重に耐えきれなかった屋根の一部が崩れた。


「ちょっと、勝手に壊すのはやめて! まだ購入してないんだから」


「ニーナは買わないつもりなのか?」


 俺の言葉にニーナら肩をすくめた。


「壊すなら、ちゃんと契約は通してから」


「わかったよ。ニーナ、リフォーム後の販売価格はいくらにするつもりだい?」


「相場を鑑みて、113万ゼニーよ」


 日本円にして約1億1300万円。俺の土魔法を全面にして使えば、ほとんどが利益になる。


「よし、それならリフォームにかかる費用が少しばかり高くても十分過ぎる利益が出るぞ」


 ゴンザレスが拳を鳴らしてニヤリと笑う。


「ニーナ、解体費用の分安くするように交渉して。それと、解体費用が現場とミスマッチしているからその分安く。購入価格を20万ゼニーから12万ゼニーまで値引きできたら買おう」


 格安で直せる算段があっても、安くさせることに正当な理由があるなら、そこはしっかり突っつく。それをしないと顧客や業者に舐められる。

 交渉役のニーナはその辺は抜かりない。安心して任せられる。さらに、建物のデザインには毎度助けられている。

 

ーーー


 12万2000ゼニーで元豪邸とその土地を手に入れた。

 腐敗臭漂うそこに、王国で入札する者はいなく、値切るニーナに敗因は無かった。


「まずはトラップ解除だ」


 外壁、内壁、庭園に土魔法でアクセスする。手を当てて罠の位置をサーチし、あれば投石してそれらを直接解除した。


「次は、掃除だ」


 俺たちはマスクをつけて、腐った魔物達を集めて敷地の一角に集めた。


「ちぃーす! ニーナさん! よろしくお願いします!」


 俺の声にニーナは苦笑いをする。


「こういう時はさん付けにするんだよね」


 不満げに言いながら、ニーナはドラゴンの姿になる。漆黒の鱗に包まれたドラゴン。

 息を吸い込み、喉を鳴らす。

 ドラゴンブレスの前兆だ。

 そして、ニーナは開けた口を、死体の塊に向ける。

 白い光が口から放出され、俺たちにも熱風がやってくる。

 放出が終わると、死体の塊は完全になくなっていた。


 清掃があらかた終わると、俺は外壁に手を当てる。

 外壁を土魔法で成分のサーチすると、幸運なことに外壁の材料は全て土だった。土魔法によるリビルドが可能だ。

 次に防壁をつくる要領で、リビルドをしていく。


 俺は日本にいた時、建築業裏やリフォーム業を営んでいた……なんてことはない。八王子の工務店が出るdiy番組を見ていただけだ。

 しかし、土魔法のエキスパートとして強力な壁を作ることができる。耐衝撃、耐熱、耐震、湿度対策もバッチリ。ドラゴンブレスにも余裕で耐えられることは実戦でも実証付きだ。

 魔法としての効力が切れることを前提にして長期間持ち堪える壁を作れば、数百年だって持ち堪えられる。

 しかし、間取りだとか、人間工学的に住みやすいとか、感性工学的に人が住み心地のいい家とかはわからない。だから、元の屋敷の形をそのまま防壁魔法で作り上げる。

 上下水道もこれで再現できる。

 もちろん、それだけでリフォームが終わりということはない。


「もっとリビングを広くして」

「主寝室の流行りはもう少し狭いのよ」


 デザイン担当のニーナの意見の通りに部屋を調整していく。こいつは、本当に美しいデザインと、今売れるデザインや構成がわかっている。


ーーー


 リビングの中で、俺とゴンザレスはお互いの意見でバトルしていた。まーた、始まったよ、というような顔を遠くでニーナがしていた。


「ここの床はフローリングであるべきだ」


「タイルの方が高級感があっていいし、俺の魔法だけで済むから安く済む」


「石ばっかりの家じゃあ、足腰が痛くなるし、温かみがないんだよ」


「客は貴族なんだぞ!」


「貴族だからこそだ。あいつら、見栄えも大事だけど別荘として滞在するにしても、足腰の弱いやつらばっかりなんだ。タイル敷きは風呂場とキッチンくらいでいい。それにタイルばかりだと、高級感はあるけれど、休みに来た感覚が足りないんだ。

 どう思う、ニーナ?」


 くそっ、一人で俺を説得できない時はニーナを使いやがる。


「ゴンザレスの意見の方を私は薦めるわ。それなりの貴族なら家令も購入の際に助言するでしょうし、リゾート風にリフォームするからこそ、木目も大事よ」


 ニーナの意見は重要だ。デザインセンスは明らかに洗練されている。ドラゴン族は元々金目のものが大好きな一族で、投資先となるのは商人、土地や建物だけでなく芸術品もだ。だから、デザインセンスも磨かれており、特にその中でもニーナは一目置かれている。なぜ一緒に組んで仕事をしているか、正直俺も不思議だ。


「くそ! わかったよ! ゴンザレスの言う通りにするよ。で、なんの木を使うんだ?」


「チークだ」


 前世でも、有名な高級木材。世界三大銘木。湿気に強く、腐りにくい。シロアリも寄りつかない防虫性。そして、一度乾くと変形しずらい。


「お前ふざけんなよ! フローリングの木なんて、庭に生えている木で十分じゃねえか!

 今すぐ倒して使おうぜ、安く済む!」


「貴族はそれなりの客も来ることを想定する。安い板材なんて使って、それが他家にどう思われるか。それにそのチークを使って棚なんかも作れば……」


「目に浮かぶわ。本当に素敵ね。すぐに買い手が付きそう」


 ニーナのその言葉が、鶴の一声になり、俺は両手を上げて降参した。


 ざっと見積もって15万ゼニー分必要だ。出費が増えて涙があふれた。

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