第8話 恋慕舞うことを知らず②
スレヴァーは足を止めて振り返る。トリィネは止まることができず、彼に体当たりをしてしまった。
「さっきの画面をもう一度見せてくれないか?」
「別にいいですけど……なにか?」
「いや内容が少し気になったんだ」
スレヴァーはタブレットを男に渡して様子を窺う。段々と表情が強張る男に、スレヴァーは手を伸ばした。
「あの、大丈夫ですか?」
「なんで……」
「はい?」
「これはまるで……俺なんだ。俺なんだよ」
男はタブレットを強く握る。怒りとも悲しみともとれるその表情に、スレヴァーは困惑した目を向ける。
タブレットを持つ力は段々と上がる。その指圧は、画面にヒビを入れてしまいそうなほど強かった。タブレットから鳴るミシミシという音。慌ててスレヴァーはタブレットを取り上げる。
「ちょっと、壊す気ですか!?」
タブレットの無事を確認すると、ほっと一息つく。トリィネはというと、男にハンカチを渡していた。
「はい、これ使って下さい」
「……ありがとう」
「それにしても、急にどうしたんですか?」
「その投稿の内容が、随分と俺の状況に酷似していたから。少し動揺したんだ。すまなかった」
男は墓石を遠い目で眺めながら、声を絞り出す。改めてスレヴァーは画面に目を落とす。
【依頼タイトル】
過去に戻って、思いを伝えたい
【依頼内容】
過去に戻って、幼馴染の女性に想いを伝えたい。
その人は海外で亡くなってしまって、もう会うことはできない。亡くしてから、自分の中で彼女の存在がどれだけ大きいか気がついた。もっと早く想いを伝えていれば、側にいられたかもしれない。
日本に引き止めていれば、未来は変わっていたのかもしれない。
後悔ばかりが頭から離れない。
だから、あの時の彼女がまだ生きている過去に、俺を連れて行ってほしい。
【希望日時】
7月6日1時
【集合場所】
豊影墓地
「お兄ちゃん、どんな内容なの?」
スレヴァーはタブレットを彼に手渡す。
「要約すると亡くなった幼馴染に、想いを伝えたいから過去に連れてってくれだとよ」
トリィネは悲しそうな目を男に向ける。
「お兄さん、さっきからずっとお墓を見てるけど……もしかして?」
「……ああ。亡くなった幼馴染の墓なんだ」
「その人は、その……あなたにとって特別な人だったんですか?」
男は墓石からトリィネへと視線を移す。強張っていた表情も、彼女につられてか多少穏やかになった。
「……特別だったよ。何でも話せて、何でも話してくれて。でも、唯一この想いだけは話すことができなかった」
会話の流れでどんな思いだったのかはなんとなく予想がつく。
「どうしてですか?」
「もし断られたら、関係が終わってしまうじゃないかと思うと、怖くて言えなかったんだ。それが、こんな……。だからさ、投稿文を見たときは、俺のことかと思って驚いたよ」
トリィネは少し距離を詰める。
「でも、投稿はしてない?」
「何度も言っている通りな」
トリィネは少し目を細めて笑みを浮かべる。なにか悪いことを思いついたような、そんな顔だった。
「もしかしたら、未来のお兄さんが書いたものなのかも」
「……は?何いってんだ……」
男は目を細める。その顔には、警戒と戸惑いが入り混じっていた。そんな彼に、トリィネは更に詰め寄る。
「未来ではタイムマシンなんて当たり前なんですよ」
「また、タイムマシンの詐欺の話か?バカバカしい」
「でも、トリィたちはそれでこの時代にきたんです」
スレヴァーはトリィネの肩に手を乗せる。止めようとする彼の手を振り払い、トリィネは続けた。
「未来のお兄さんが、今のお兄さんに託したのかも。それを無駄にするんですか?」
男はトリィネに詰められた距離を離すように後ずさった。
「……よく舌が回るんだな。まるで俺のせいみたいな言い方しやがって」
「もしかしたらそうなっちゃうかも」
男の瞳孔が大きく開く。恐怖は消え、その顔には怒りだけが残っている。
「……ふざけやがって。言っとくが、どれだけ煽られてもこんなバカげた詐欺には引っかからないからな!どうせ金だけ貰って逃げようって魂胆だろ?分かってんだよこっちは」
スレヴァーは一歩離れたところから、冷静に言葉を漏らす。
「お金は後払いですよ」
「後払いでも何でも、俺に金を払う余裕はないんだよ!自分の生活だけで精一杯なんだ!」
「そうやって先送りにしてきたから、彼女に気持ちを伝えられなかったんじゃないですか?」
男の血走った目は意表を突かれ、目元がゆっくりと下がった。
「なに……?」
「彼女に気持ちを伝えなかった時も、それを言い訳にしたんじゃないですか?お金がないから海外に行けない。お金がないから彼女を幸せにできない。お金がないから……。彼女が亡くなってからも言い訳を続けるつもりですか?」
トリィネから淡々と投げかけられる言葉は、どれも冷たかった。男からそれまでの威勢はなくなり、ただ墓石を見つめる。その目に光は灯っていない。
「……ホントによく舌が回る。まったく、君の言う通りだ。変わらない言い訳ばかりいい続けて……。結果がこれだ」
男は馬鹿にしたような顔をスレヴァーたちに向ける。恐らく自分に向けたものだろう。本当にやるせない時、人は自虐的になるのをスレヴァーは知っている。
「変わらなかったのは、言い訳だけじゃないですよ」
「え?」
「想いだって、きっと変わってないはずです。……だったら、今が、伝える最後のチャンスなんじゃないですか?」
少しの沈黙が続く。本当に静かなとき、無音を音だと感じるものなのか、とスレヴァーは驚いていた。沈黙を破るように男は財布を取り出し、中身を確認する。渋い顔をしたあと、スレヴァーに視線を移した。
「ホントに後払いなんだろうな?」
スレヴァーはゆっくりと頷いた。嘘じゃないという思いを伝えるように。
その瞬間、強い風がスレヴァーの顔を叩きつける。勢いに負けて、男は前に倒れそうになる。スレヴァーにはそれが彼の背中を押す随分と暖かい風に感じられた。




