第46話 天の川のその先へ②
おそらく最後の時間。スレヴァーとトリィネは遠くから二人の様子を眺めていた。地面はひんやりとしていて少し冷たい。
消えゆくタイガを見つめながら、時衛隊の一人が小さく呟く。
「これが……貴様らの正義の結果か」
スレヴァーは何も言わなかった。ただ、タイガの姿を見つめていた。
「こんな結末のためにあの男を助けたのか?」
「言うほど悪くないだろ?」
スレヴァーは笑う。
「だが、結局この男は─」
「消えちまうだろうな。でも、助けた意味は確かにあった」
スレヴァーはそう言って目を細める。トリィネはクレータを撫でながら彼らの話に聞き入っていた。
「どうも、貴様らはことの重大さを理解していないように思える」
犬上の声が、じっとりとした空気の中でこだまする。だがその声は、時衛隊の代表としてではなく、ただの怒りとして響いた。
「さっきも言ったろ。知ってる」
「知ることと理解することは全く違う。貴様、知ってどうした?」
「無視をした」
「それが無責任なのだ。責任も取らず好き勝手していいと思っているのか?」
スレヴァーは肩をすくめて笑った。
「だって、俺その立場にいねえもん。引き受けるつもりもない。俺のスタンスは─過去は振り返らず、未来は見据えず。今だけを見るだ」
「開き直って……貴様は逃げているだ。過去と向き合い、未来に変えてこその今だろ」
「タイガの過去は、向き合ってどうにかなるもんじゃなかった。だからあいつは今に懸けた」
「だからこそ受け止めて、前に進むべきだった。今に懸けただと。笑わすな。あいつのは過去への執着だ。そんなやつ、生きてるとは言わない」
「それができるやつばかりじゃないだろ」
一瞬、沈黙が落ちる。言葉のやり取りがぶつかり合い、乾いた風が木々を揺らした。
「人間は今だけじゃない。積み上げがその人を作る。それがない者に先はない。あの男がいい例だ」
隊員は顎をしゃくった。その先には消えかけのタイガがいた。
そこに一台の車とパトカー、そして二台の自転車が遅れてやってくる。
車はタイガたちの前に止まる。扉が勢いよく開いた。降りてきたのはタイガと男女が二人。おそらく彼らの親だろう。ジュンコは父母に抱き着き泣きじゃくる。泣き声がスレヴァー達のもとまで響いていた。
タイガの透明化は加速し、目を凝らさなければほとんど見えない。雲に隠れた月明りがそれを助長していた。今にも倒れそうな足取りで子供時代の自分の傍による。肩にポンと手を乗せると、そのまま風に吹かれたように消えてしまった。
「……あいつの見ていた今にはジュンコさんがいる。その世界を生きるタイガもいる。先はない?これを前に進んだって言わずに、なんていうんだよ」
「結局破滅していては意味がないと言わざるを得ないな。あんなのは自殺行為だ」
「人ってのは自分ひとりで生きるもんじゃない。他人と共に、その中で生きることだってある。タイガはそうだろ?ジュンコを助けて、彼女の記憶に残り生き続ける」
スレヴァーは嫌味たらしく笑って見せる。
「ああ、なるほど。確かにいい例だ」
隊員はため息をついた。
「……埒が明かないな」
ジュンコはキョロキョロと周りを見渡した後、スレヴァーたちに向かってくる。
「ねえ、トリィネちゃん。おじさん知らない?警察の人が話聞きたいらしいんだけど、いつの間にかどっか行っちゃって」
トリィネは視線を彼女に向けることなく答える。
「わかんない。わかんないや」
「えーお母さんたちもお礼言いたいって言ってるのに」
ぶつくさ言いながら周りを見回す。見つかるはずもない探し人のために。
深くため息をつくとトリィネの手を引っ張った。
「お兄さんも!話聞きたいらしいんで」
慌ててスレヴァーは立ち上がる。
「いや、俺たちこれから用事あるんで帰りますよ」
「何言ってんの?お礼もまだ言ってないのに」
ジュンコは構わずトリィネの手を引く。「お兄さんもですからね」と念を押され、スレヴァーは困り果てる。
「この二人が私を助けてくれたんだ~。一応もう一人おじさんもいたんだけど……」
「あの、お礼とかもいらないんで帰っていいですか?」
「そういうわけにもいかないよ。事情聴取は義務だからね」
「あああ!」
突如叫び声が響く。声のほうを見ると少年二人がその場に立ち尽くしていた。自転車でやって来た二人組。その顔を見てトリィネは「ゲッ」とつぶやいた。その表情は何やら引きつっている。
「これ!どんな使い方したの!?」
二人はトリィネに詰め寄る。警察は間に割って入ると少年たちを宥めた。
「そんなにあせってどうしたの?」
二人は仲良く指をさす。その先には自転車であったろうものが転がっていた。タイヤはしぼみ、ホイールは曲がっている。ボロボロのその様子から、不法投棄のゴミにしか見えない。
「俺の友達の自転車なんだけどさ。この子が持ってっちゃったんだよ」
「それも無理やりだよ。乗ってるとこ蹴飛ばして」
スレヴァーはギョッとする。トリィネはというとただ固まっていた。
反論くらいすればいいものを……。その表情から察するに事実らしい。警察の目つきががらりと変わる。一般市民に向けるそれではなくなっていた。
「諸々事情を聴こうか?」
突然バイクのエンジンがかかる。注目が一手に集まり、だれもスレヴァー達など見ていなかった。
スレヴァーたちはゆっくり山に向かう。気づかれないようにこっそりと。
「こいつら逃げようとしてるぞ!」
犬上が叫ぶ。注目が一手に集まった。
半笑いで「こいつら」とつぶやく。諦めてスレヴァーたちは山に走り出した。無人のバイクが、彼らを追う警察二人を追い越す。スレヴァーたちはバイクに飛び乗り、バイクを反転させて坂を駆け下りた
タイガ家族の横に止まる。何か言おうと思ったが、彼らとは初対面と何ら変わりはなかった。いう言葉も思いつかず、スレヴァーはサムズアップする。
「ジュンコさん、タイガさん……楽しんでね」
ジュンコとタイガはキョトンとしていた。その無自覚さが一番幸せなのかもしれない。そんな風に思いながら、スレヴァーはスロットルを握る。彼らを祝福するように月明りが再び顔を見せた。
バイクはスロットルを開け、後輪が砂利を蹴り上げた。白い塊が舞い上がり、月明かりのなかに走る影だけが残った。
「やっとしゃべれるぜ」
バイクと並走するワン公が久しぶりの声を聴かせる。
「それにしてもさ。時衛隊の人たち大丈夫かな?」
スレヴァーは少し考えた後「まあ大丈夫だろ。誰かが何とかする」と告げた。
トリィネは「楽観的だな~」といったが、彼の発言にはそれなりの根拠があった。脳裏に鎌瀬とエアルスの姿が浮かぶ。あのあたりが何とかするのだろう。そう確信できた。
「ていうか、オマエら依頼中なの忘れてないよな?」
「あーそうじゃん。猫買ってかなきゃ」
「なーんか面倒くさくなってきちゃったな」
「そんなこと言ってたら信用落とすよ。あのおっさんグチグチうるさそうだし」
スレヴァーはミラー越しにトリィネを見つめる。
「そういえば、トリィネ。意味は見つかったか?」
タイガを助けようといったのはトリィネだ。自分が運び屋をする意味を見つけたいと、そう言っていた。
ヘルメットをかぶっていない今、彼女の表情は良く見える。笑みとまでは言えない微妙な表情を浮かべていた。
「たぶんね~」
「教えてくれよ」
「……人助けかな。そのために運び屋をやりたい」
─まあそうなるか。
「見つかったならよかった」
赤信号。バイクはゆっくりと減速する。うるさかったマフラー音も止まりエンジン音だけが邪魔をする。トリィネに聞こえなくてもいい、むしろ聞こえなくていい。それでも声に出さずにはいられなかった。彼女の聴力でも聞こえないような声量でスレヴァーは吐露する。
「見失わないといいな……」
トリィネは返事をしない。何やら鼻歌を歌っている。
一方クレータはスレヴァーを見つめる。彼の視線に気が付きながらも、スレヴァーは何も言わずバイクを走らせた。




