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第43話 天の河の河底へ①

「どう?落ち着いてきた?」


 私の言葉にジュンコさんは震えた頭で頷く。兄が山に向かってからまだ数分もたっていない。この短時間で、彼女は会話の中で平常心を取り戻しつつあった。


「うん。ありがとう。おじさんも、さっきは叫んだりしてごめんなさい」


 ときどき彼女の指先が小さく震える。けれど笑顔はできるだけ普通に見せようとしていた。

 

「お、おじ……さん」


 タイガさんは顔を引きつらせる。実の姉から言われる言葉としては、これ以上ないほどショックだろう。当のジュンコさんはきょとんとしていた。


「それに助けていただいたみたいで、ありがとうございます」

「い、いや……。助かってよかったです」


 タイガさんは恥ずかしそうに顔をそらす。彼の作った壁を壊すようにジュンコさんは歩み寄った。


「お二人は親子ですか」

「いや」「全然」

「じゃあ……孫?」

「そこまで年寄りには見えないよね!?」

「じゃあどういう関係?」


 ジュンコさんは首をかしげる。

 私は顔を引きつらせながら必死に答えを探した。

 

「祭りで会った……おじさん」

「……え、誘拐?」

「ち、違う」

「どう見てもそうでしょ。私と同じくらいやばい状況にこの子いる気がすんだけど」

「いやいや、ぜんっぜん大丈夫。お兄ちゃんも一緒だったから」


 疑心暗鬼のジュンコさんに私とタイガさんは必死に言葉を投げる。彼だけでは一層怪しいだけだが、私もこれだけ必死だと彼女も信じざるを得ない。引っかかる骨はあるようだけど、何とか飲み込んでくれた。


「そういえば。二人の名前を聞かせてくれない?恩人の名前を知らないなんて考えられない」

「私はトリィネ。で、こっちは──」


 タイガさんは私の視線に気がつく。優しくほほ笑みながらそれでいて悲しそうな表情で頭を振った。

 彼の意図はわかる。ここで名前を出しても混乱させるだけだ。彼の視線に、私の手に自然と力が入った。


「タイガさんです」


 それでも出さずにはいられなかった。タイガさんとジュンコさんは目を見開く。


「タイガ……」


 数秒間の間沈黙が場を支配した。焦りを隠すことなく、彼は私に詰め寄った。


「どうして名前を言ったんだ」

「だって言わないのはおかしい雰囲気だったし」

「それにしても色々方法があるだろ!?別の名前を使うとか」

 

 私は彼の圧に追いつめられる。後ろには車。どうにもならずしゃがみ込む。タイガさんは追うように顔を近づけながら見下ろした。気まずさから逃れるように満面の笑顔で─。


「テヘッ♡」


 ジュンコさんから笑い声が漏れる。それを見てタイガさんの表情も自然と和らいだ。

 一通り笑った後、ジュンコさんは彼の顔を覗き込んだ。不思議そうな表情で何かを確かめるように。

 

「何か顔についていますか?」

「いや~弟と同じ名前だなと思って……。顔もよく見ると似てるのよね。鼻筋の感じとか、ほくろの位置とか……」


 タイガさんは顔を赤面させる。今度は彼がつめられていた。頭を掻きながら後ずさりする。


「いやいや、他人の空似ですよ」

「そりゃそうでしょ。弟中学生だよ。あなたみたいなおじさんなわけないじゃん」

「えぇ~」


 時を超えた兄弟のやり取り。見ていて本当に微笑ましい。

 ジュンコさんは気が付いていないが、タイガさんにとっては数年ぶりの姉との会話。彼の顔からは幸せオーラがあふれ出ていた。これができる幸せ。それを噛みしめているのだろう。

 その二人を見る私までも幸せな気持ちになっていた。助けてよかった。そう思わずにはいられなかった。


 ──パンッ

 

 突然の銃声に体が跳ねる。小さいが間違いなく銃声だ。普段銃を使う私には間違いようがなかった。

 雑談を楽しむ二人には聞こえていないようだ。

 嫌な想像が頭に浮かぶ。お兄ちゃんに限ってそんなことはないと思いたいが……。


「ジュンコさん」

「なに?……ってどうしたのすごい表情だけど」

「いや、ちょっと不安なことがあって。さっき車の中であいつら銃を持っているような素振りありました?」


 ジュンコさんの表情が曇る。嫌な記憶だというのは私も理解している。それでも、今は少しでも情報がいった。

 ジュンコのことを思ってか、タイガは怒りをあらわにしながら私とジュンコさんの間に立ちふさがった。


「どうしてわざわざ思い出させるんだ」

「……今、森のほうから銃声が聞こえてきました」


 タイガの眉間にしわが寄る。


「私には全く聞こえなかったが」

「年じゃないですか?」


 私は指を2本立てる。


「私が聞いた銃声には2つ可能性があると思います。1つジュンコさんを攫ったやつらが銃を持っていて撃った。2つ全く関係のない第三者が銃を撃った。例えばあなたが当時見た男や─時衛隊とか」


 タイガさんの表情がより一層険しくなる。怒りと焦りの中でも彼は考えるのをやめていなかったようだ。顎に手を添える。


「もう1つ可能性がある。スレヴァー君が銃を撃った可能性は?」

「それはないですね。精神的理由で兄は銃を撃てません」


 タイガはジュンコさんをチラ見する。

 

「姉さんの命は救われた。それでも、心に傷は負っている。できればこれ以上傷ついてほしくない」


 タイガは私から目をそらそうとする。それを許すことはできない。

 襟をつかみ目線を無理やり向ける。


「今あっちの状況を知るためには、ジュンコさんから情報を聞くしかないんです」


 それでも彼は黙ったままだ。私は更に語気を強めた。


「あなたにもこの気持ちが分かるでしょ?ここまで必死に走ってきたあなたなら」


 ジュンコの弟タイガに語り掛ける。弟として彼は反論できない。

 私の目から逃れるように瞼を閉じる。小さくため息をつくと頷いた。

 私は彼を離した。タイガはジュンコの前でしゃがみ込み優しく問いかけた。彼女もそれに応える。


「……おそらく、持ってないと思う。ナイフで脅されたから。ずっと目隠しの間も」


 となると、第三者の場合、時衛隊の可能性が高い。タイガの過去話に銃の影は見られなかった。

 じゃあどうして時衛隊が。彼を追ってきた?それとも私たち?まさか、この過去改変を止めようと──。

 思考をめぐらす私の耳に足音が入ってくる。加えて金属と金属がぶつかるような音。

 もし銃声の正体が時衛隊だったとして、予想される彼らの目的をすべて達成する方法がある。

 挟み撃ちでの掃討。


「タイガさんとジュンコさんは車に隠れて」

「隠れるって何から?」

「もしかしてあいつらなの!?」

「いや、時衛隊」


 二人は顔を見合わせる。


「時衛隊!?」「自衛隊!?」

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