第42話 天の川の川底へ②
銃声と共に男たちの悲鳴が上がる。
スレヴァーとクレータは直ぐ様ライトを消し飛び退いた。木の後ろに隠れ音の方をのぞき込む。
「隊長……そいつ撃っちゃダメな方です!」
「あ、間違えちまった……」
低く唸るようなその声には聞き覚えがあった。
タイキの依頼遂行中、フードコートで襲ってきた時衛隊の2人。鎌瀬と犬上だ。
視線の先には足を押さえて呻く逃げた男。その周りを囲むようにスーツの集団が立っていた。
ジッポーの音が鳴る。群れの中にはタバコの火がぼんやりと見えた。
「タバコやめてください」
「別にいいだろ。どうせ銃声でバレてる」
鎌瀬は男たちが気絶してるのを見てため息をつく。
「まったく。5人がかりでこれか?」
男たちはどちらも呼吸を乱していた。片方は足から血を流し、もう片方は足を震わせ立っているのもやっとに見える。
「おい、クズども痛いのはわかる。けどな、やることはやってもらわなきゃ困るぞ」
──やること?
「なんでそんなこと俺らがしなきゃいけねえんだよ」
「そんなこと……?お前らがもともとしようとしていたことだろ?」
鎌瀬はしゃがみ込みじっくりと目を見る。その圧に負けて男は目をそらした。
「で、あいつらはどこ行った?」
「し、知らない。けど、近くにいるはずだ」
鎌瀬はわざとらしく足音を立てる。その圧が離れたところにいるスレヴァーたちにも伝わっていた。
鎌瀬は気絶した男たちで椅子を作りどっかりと座り込む。煙を吹くと部下を手招きした。
寄ってきた犬上は口元に手を添えると喉を鳴らす。
「時空犯罪者に告ぐ!貴様らの行為は国際法に違反する行為である!度重なる時空移動及び過去変更はこちらも把握済みであり、我々に従い罰を受ける義務がある!分かったら投降して出てこい!」
その声量は木々が揺れそうなほど大きかった。セミが音を上げ飛び立つ。
「喜べ、初の時空犯罪による指名手配犯だ。と言っても、お前みたいなやつ表沙汰にはできない。うちのメンツが立たないからな……」
スレヴァーは息を呑む。飲み込んだ空気には緊張、恐怖、喜び、好奇心、様々なものが混じっていた。
「もしかして……隠れてやり過ごそうとしてるのか。言っとくがそれは無理だぞ。だって──とっくに囲まれてるんだからな」
スレヴァーの後ろ、置いてきたトリィネたちの方から銃声が1回聞こえてくる。瞬間、スレヴァーの頭は真っ白になった。
「別働隊が向こうから来てる。早く出てきたほうがいいんじゃないか?」
そう告げられた後2度目の銃声が聞こえてくる。思わず手が震える。
クレータは静かなそれでいて優しい声でスレヴァーに語りかける。
「スレヴァー……大丈夫か?」
スレヴァーは返事をすることなく唾を飲む。膝に抱えたクレータを抱く力が思わず強くなる。
「今通信が入ったが、お前の仲間は殺しちまったらしい。少女は応戦、男の方はみっともねえことにバイクで逃げようとしたようだが……」
スレヴァーとクレータは目を見合わせる。タイガがここにきて逃げようとしたのか。失望と絶望が混ざったような黒い感情に染まった。
「んでもって、タイガとその姉も捕獲した。つまり残るはオマエらだけってことだ。別働隊も直に来る。分かったら大人しく降参しろ」
スレヴァーは何度も人数を数える。トリィネ、タイガ、ジュンコ。どう考えても1人多い。
──バイクに乗った男を……殺した?
スレヴァーの中で何かパズルがぴったり重なったような感覚に落ちる。
「クレータ、お前が今腹に溜めてるもん全部出せ」
クレータは返事をすることなく直ぐ様吐き出す。スタンガン、カメラ、ハンドガン、封筒。
スレヴァーはスタンガンとカメラを手に取ると、封筒とハンドガンを口に押し戻した。
「なんで銃を使わねえんだよ」
「……使わないんじゃない。使えないんだ」
何か言いたげなクレータを無視して、スレヴァーは彼の耳元に口を当てると作戦を伝えた。
「無茶苦茶だな」
「そうか?いけるだろ」
スレヴァーはクレータに聞こえるか聞こえないかギリギリの声で呟く。
「3…2…1…GO」
瞬間、スレヴァーはカメラのシャッターを押す。真っ暗な山に小さな朝が生まれた。
時衛隊は皆、咄嗟に目を塞ぐ。その間にクレータは通りを挟んで反対側の草むらに移った。
「なんの真似だ?」
クレータは堂々と叫ぶ。
「オマエは勘違いしてるな」
「勘違い……?」
「囲まれているのは」
「オマエらも同じだぜ」
さっきとは別の位置から、別の声が聞こえる。クレータの変声機能が早速役に立った。子どもあやすだけと言ったのはあとで謝っておこう。
時衛隊は慌てて銃を構えた。
スレヴァーは恐怖を煽るように笑い声を上げる。
「オマエらなんて一瞬なんだよ」
今度は少年の声。
「わ、分かったら銃を置いてください」
次は弱々しく少女の声で。至るところから聞こえる様々なボイスに時衛隊は慌てふためく。その様子がおかしかったようで、クレータは素の声で笑っていた。
それすらも彼らにとっては恐怖の材料でしかない。
なんの脈絡もなく鎌瀬は手を叩く。凄まじい破裂音のあと静寂が訪れた。
「オマエら俺を馬鹿だと思ってんのか?聞いたことある声が、そこから聞こえてきた」
その指は真っ直ぐを指す。スレヴァーの心臓が跳ね上がった。
「他はフェイクだろ?そんな芸当ができるなら自分の声は出すんじゃなかったな」
足音が2つにじり寄る音が聞こえてくる。ゆっくり、確実に近づいてきていた。
「全く面倒なことしてくれた。花火はとっくに終わってるってのに、オマエらのせいでこんな時間まで残業だ」
彼のもとに近づく時衛隊3人の姿がスレヴァーにも見えていた。残りは鎌瀬と隊員を合わせて4人。彼らは倒れたヤンキーの周りに鎮座していた。スレヴァーからはそれがよく見える。
鎌瀬の合図で隊員は木に回り込む。挟み込むように銃を構えた。
「隊長!いません」
油断しきった隊員の頭上に衝撃が走る。綺麗な踵落としが決まった。
「上だよバーカ!」
隊員は木の上から舞い降りたスレヴァーに、咄嗟に照準を合わせる。しかし、カメラのフラッシュが再び彼らの目を襲った。
混乱の中、引き金が引かれた。その直前スレヴァーは腕を蹴る。
──パン
「ングっ」
軌道が反れ運悪く味方の足に当たる。
瞬間、スレヴァーは弾の主の首元に電撃を浴びせた。じっくりと念入りに。これで2人目。
「グアアア」
足を撃たれた隊員が呻き出す。ジタバタとする彼の足には、クレータが噛み付いていた。隊員の手から銃が落ちる。手に持った銃を握る気力が、彼にはもうなかった。
三人はあっという間に戦闘不能となり、鎌瀬はため息をつく。
「はあ……無駄に時間かけさせやがって」
「それはこっちのセリフだ。時衛隊の皆様が出張ってこなきゃ、そこのクズどもボコしてとっくに帰ってたんですけどね」
犬上が声を荒げる。木々が震えるほど声量がでかい。
「ふざけるな!貴様ら人助けのつもりかもしれないが、女一人助けるだけでどれだけ未来に影響が出ると思っている!それを止めようという我々の正義がわかるか?」
「……さぁね。でもさ、あんたらそのためにわざわざそのクズども引き戻して、ジュンコさんを犯させようっていうんでしょ?それを正義と言えるのかな」
再び犬上が喋ろうとする。しかし、鎌瀬が手を挙げると予備動作にとどまった。
「何を言おうとオマエが犯罪者であることに変わりはない。正義の形は色々あれどオマエらにそれはないってことだ。まあ、オレにしてみれば心底どうでもいい話だがな。今はただ帰りたい」
「……あんたとは気が合いそうだ」
「オマエは帰れないぞ。そろそろ向こうの部隊もこっちに来るころだ」
クレータの耳がピンと跳ねた。頷く犬を見て、スレヴァーは固唾を飲む。
「そうだな。……そろそろだ」
通信機が点滅する。時衛隊は皆、聞き入るようにインカムを押し込んだ。
隊長は真顔で淡々と告げた。
「B犯、連中は木の裏に隠れている。まあ、オマエらからは丸見えだがな」
ジーというノイズ音が鳴る。
──バーカ!テメエらのお仲間は全員ねんね中だよ!そっちも待っとけ!
時衛隊が同時に耳を押さえる。スレヴァーにまで聞こえるほどの大声。聞き馴染みのある妹の声だった。
直後、バイクのマフラー音が反響してくる。今日はこいつに助けられてばかりだ。スレヴァーはほっと息を漏らした。
暗闇の中、ライトもなしにバイクが向かってくる。その重低音がスレヴァーには応援歌、時衛隊には楚歌に聞こえた。
「な、なにが……」
「援軍が到着したみたいだ。最もオレ様たちの援軍だけどな」
「お前らが声に翻弄されている間に呼んでおいた。挟み撃ちってやつだな」
「き、貴様ら……」
バイクが到着し、マフラー音が地面を揺らす。そのリズムは聞いていて心地が良い。
「お前らライダーを撃て」
声は鎌瀬の声だが、彼の口は動いていない。クレータがいやらしくウィンクをする。
それを合図に銃声がいくつも鳴る。しかし弾はバイクをかすめるばかりだった。
弾が当たった瞬間、人影がゆらゆらと揺れた。まるで映像ノイズのように。
「ホログラム……」
バイクのライトがまばゆく光る。
ライトが彼らの視界を奪う。直後、全員が目を閉じた。しかし、ライトが原因ではない。
局所的な痛み。その後その場に倒れ込んだ。1人を除いて。
「隊長さんの匂いが遠ざかってく」
「まさか、ジュンコさんたちの方に!」
「いや、そっちの方じゃないな」
「英雄は遅れてくるものでしょ?」
全てを眠らせ終えたトリィネが近づいてくる。その顔はこれまでにないほど自信ありげだ。バイクのライトが巨大な影を作り、彼女の逞しさをより強調していた。




