第39話 天の川に飛び込んで①
「以上をもちまして花火大会を終了します。ご来場の皆様は──」
一時間は見ていただろうか。アナウンスを聞き人々は余韻に浸ることもなく一斉に移動を始める。当然、ジュンコたちもそれは同じだ。
スレヴァーは上の空なトリィネとタイガの肩をぽんと叩く。
「ジュンコさん行っちゃうぞ」
タイガは目元を袖で拭うと再び後を追う。それを後ろから眺めて固まるトリィネの肩を再度叩いた。
「なにしてる。早くいくぞ」
「お兄ちゃん、私たちは一生離れずに済むかな」
「あ?なんだ急に……もしかしてジンクスの話してんのか?」
トリィネは小さくうなずく。花火を見た男女は一生離れないというジンクス……。
彼女がタイガを眺めていたことに、スレヴァーの中で何となく合点がいく。だからこそスレヴァーは真面目に答えることができなかった。
「やめろよ。兄弟で気持ち悪い。ほら早く行くぞ」
トリィネはずいぶんと穏やかな笑みを浮かべると、駆け足でタイガの後を追った。
スレヴァーも追おうとするが、その瞬間手元の鎖がふと揺れ、クレータの何か言いたげな表情がちらりと見えた。
人の数だけあった願いが、みな空へと打ちあがった。その熱はゆっくりと冷めていく。
スレヴァーはそれを感じながら、足を止めることなく歩く。未だ彼の鼻には火薬の香りが残ったままだった。
クレータを除く一行は一人電車に乗るジュンコを別車両から眺めていた。行きと同様、必死に走るクレータを窓から確認した後、タイガに目を向ける。
「なんでジュンコさんはひとりで電車に乗ってんだよ」
「姉さんと彼は家の方向が違うんだ」
「それでも送るのが男だろ。実際、ここまで何もないってことは、送ってたら事件に巻き込まれなかった可能性は高い」
俯くタイガは吐露する。まるで自分を責めるように。
「何度も謝られたよ。だから責めないであげてほしい」
被害者家族がそういうのであれば、赤の他人である彼に何かを言う権利はない。
座席に座り込み気まずそうにネクタイを弄る。それから会話がないまま電車は最寄り駅に到着した。
このまま何も起きないのではないか。そう思えてしまうほどに、事件の香りはしなかった。
クレータと合流した3人は尾行を続ける。慣れからか、油断しているのはトリィネのあくびからも明らかだった。
スレヴァーまでもがスマホを弄り片手間で尾行をしていた。それを見てクレータが吠える。
「オマエら集中しろよ。何か起こるとしたら今しかないんだぞ」
スレヴァーは操作を終えるとスマホをポケットにしまう。
「そうだぞ。トリィネ」
「お兄ちゃんもでしょ」「オマエもだ」
「俺のは後々重要になるから」
トリィネは目を細めながら不満そうに唸った。
ジュンコの後方、100メートルほどは離れた位置を一行は歩いていた。
それ以上近づけば気づかれる、離れれば見失う。その境界を測るように、慎重な足取りが続く。
街の中は静かだった。夜とは言え祭りの日。少しくらい人がいてもいいものだが、わざとらしいほど人の影はなかった。そのせいか、月が照らす朱色の浴衣が余計に目立って見える。
タイガが「家までもう少し」と呟いた。その額には冷や汗が見られる。
ジュンコが角を曲がる。見失わないように三人も駆け足になる。
そのとき、曲がり角の向こう右側の路地から白いワンボックスカーが現れた。
──キャッ
街の静寂に一瞬叫び声が聞こえる。心臓が跳ね上がった。駆け足など悠長なことはしていられない。一気にスピードを上げ左に曲がる。ジュンコの姿はもうなかった。
夜道の先で、白い車が一台、音もなく走り去っていく。そこにあったのは、遠ざかる車のテールランプだけだった。
一瞬だった。およそ100mの距離が大きな隙となったのだ。タイガは膝から崩れ落ち地面に手をつく。
「……姉さん」
タイガの絶望感漂う声が町に響く。それを打ち消すようにスレヴァーはタイガの前で手をたたいた。うつろな目でタイガは顔をあげる。
「絶望にはまだ早えぞ。ほら立てよ」
スレヴァーはタイガを無理やり立たせると、そのまま手を引く。力ない足取りのタイガを支えながら、トリィネに視線を向けた。
「トリィネとクレータはひとまずあいつらを追ってくれ。俺たちは何とか先回りする」
2,3秒の沈黙の後、トリィネはジロリと睨む。
「追いかけるって……どうやって」
「どうとでもできるだろ。その犬は電車より早いんだぜ」
「そんなこと言ったって私は――」
「頼むぞ」
スレヴァーは信頼を熱い視線に込めて贈る。それ受け取るとトリィネはため息をついた。
一足先に走り始めたクレータを追いかけながら叫んだ。
「やってやんよ――――!」
それを見届けた後、スレヴァーとタイガは車と反対方向に歩き始める。
「す、すまない。動揺してしまって……もう自分で歩ける」
「……そうか」
そういうとスレヴァーは手を離した。
「なんなら走ってほしいんだけど」




