第38話 天の川に流されて③
改札を抜けた先、そこには大人しくお座りをする犬の姿があった。
普通列車とはいえ、追いつくどころか先回りをしてみせたのだ。スレヴァーは褒めようと頭に手を伸ばす。瞬間、ガブリと手を噛まれた。
「いってぇぇぇっ!なにすんだこのクソ犬!」
スレヴァーは噛まれた手を押さえてジタバタする。
助けを求めるようにトリィネを振り向くが、彼女はすっと視線を逸らした。
「……トリィネ?」
「……さっきからもうちょっと静かにしてよ。隣にいる私まで恥ずかしいじゃん」
周りを見ると、とても人を尾行してるとは思えないほど目立っていた。その視線の中には、ジュンコの姿もある。
スレヴァーは肩を落とし「ごめん」と呟くと、大人しくクレータの隣にしゃがみ込んだ。
その様子を見て、クレータが鼻でフンと笑う。
「……仲良いね、君たち」
タイガのぼそりとした一言に、スレヴァーは気まずそうに頭をかいた。
「それでジュンコさんは駅の前で何をしてるんで?」
スレヴァーたちから少し離れた位置で、ジュンコはスマホを見ていた。必要以上に髪の毛をいじっている。
「おそらく彼氏を待っているのだろう」
しばらくして1本の電車がやってくる。中からは続々と人が降りてきた。静かだったホームが一気に騒がしくなる。
列を成して同じ方向に歩みを進める。ほとんどが祭りに行く人たちだろう。
その中から1人の男がジュンコに寄ってくる。ダボッとした黒いズボンに白いTシャツ。髪は真ん中で分けた細身の男を見るなり、ジュンコはこれまでに見せたことのない顔をする。
弟や友人に見せるそれとは明らかに違うその顔に、一行は思わず魅せられる。
「あれがジュンコさんの彼氏?」
「そうだよ」
「なーんか頼りなさそうな人だな」
「実際どんな人だったの?」
タイガは少し間を開けて口を開く。
「ほとんど覚えてないんだ。葬式で会ったきりだし。でも……」
スレヴァーはタイガの顔を見上げる。下からではその表情がよく見えない。
「でも?」
「一番泣いていたんじゃないかな。それと何度も謝られたのを覚えてる」
「謝るって─」
スレヴァーの言葉を最後まで聞くことなくタイガは歩き出す。ジュンコに目を向けると、彼氏と横並びになって会場へと歩き出していた。
少し進むと再び祭りのにおいが漂ってくる。しかし雰囲気は目に見えて違っていた。七夕祭りが子連れや小学生が多かったのに比べて、こちらの祭りはカップルが多いように感じられた。スレヴァーのリードを握る手が少し強まる。
「祭りって言っても、七夕祭りとは全然違うでしょ?」
「なーんか気持ち悪いくらいカップルばっかだな」
タイガは口元に手をやり小さく笑う。
「それがこの祭りの売りなんだよ」
「売り?」
「この祭りで花火を一緒に見た男女はずっと離れない。そんな噂があるんだ」
スレヴァーは鼻を鳴らした。
「七夕祭りに関連付けた集客ってわけか」
「まあ、そんなところかな」
クレータが横で尻尾を振る。
「そんなわけないのに、人間は愚かだな」
「……そうだね。結局姉さんたちは離れ離れになってしまったわけだし」
タイガの声はどこか遠くを見ていた。
スレヴァーはがクレータの頭をポンと叩くと、申し訳なさそうに舌を出した。
その後も一行は変わらず、祭りを楽しむ二人の後を追う。人混みの中にいる二人の笑みは、その場に彼女たちだけの空間を作っていた。
それを後ろから眺めるのはタイガには酷なことで、彼は何度も下を向いていた。
彼女たちが屋台に並ぶたび「私も」というトリィネを何度も抑え、遂に花火の時間が目の前までやってくる。
会場のざわめきが、だんだんと落ち着いていく。ついさっきまで響いていた太鼓の音も止み、提灯の灯りが風に揺れた。
「静かになったな」
スレヴァーの呟きに、誰も返事をしなかった。
群衆の隙間、ほんの少しだけ空いたスペースでジュンコと彼氏が並んで立っている。
その距離は、肩が触れそうで触れないくらい。タイガは息を止めてその光景を見つめていた。
「手伝ってくれてありがとう」
その一言に、スレヴァーとトリィネは顔を見合わせる。
「感謝するにはまだ早いんじゃねえか?」
「そうそう。まだ終わってないよ」
「今言っておかなきゃいけない。そんな気がしたんだ」
生暖かい風がスレヴァーたちの間を抜ける。その瞬間、夜空を裂く音とともに、最初の花火が咲いた。火薬の匂いが空から降ってくる。周りの熱が上がるのを感じた。
群衆が一斉に上を向く。巻き起こる拍手に合わせて、スレヴァーたちも手を叩く。群青をバックに輝く花はその場にいる全員の顔を明るく照らした。
ふと、タイガの顔を見る。彼の顔は上を向いてはいなかった。視線の先でジュンコと彼氏の影が重なる。花火など単なる背景に過ぎない。
2人の姿は、咲き誇る花よりも鮮やかに、瞳の中で燃えていた。




