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第36話 天の川に流されて①

 身体の揺れる感覚で俺は目を覚ます。寝ぼけながら体を起こすと、暗闇の中で母親がこちらを見ていた。

 それを無視してひとまず時計を確認する。時間は23時手前。イラ立ちを覚えながら母を睨みつける。


「なに?眠いんだけど」

「お姉ちゃんがまだ帰ってきてないんだけど、あんたなんか聞いてない?」

「知らないけど。お姉ちゃん彼氏と花火見てたんだよ」


 ぼんやりとした意識の中で単語を組み合わせる。会話ができているかはどうでもよかった。今は早く寝たくて仕方がなかった。


「もう帰るって連絡が来てるの」

「じゃあ帰ってくるんでしょ」


 歯切れの悪い母に俺はつい舌打ちをしてしまう。


「姉さんももう大学生だろ。だいたい、そんなに心配なら電話してみればいいじゃん」

「何度もしたけど出ないの!」


 母の叫び声で意識が覚醒する。右手には携帯のぼんやりとした光。母を見るとどこか泣きそうな目をしていた。

 廊下から父の足音。ゆっくり、重く、確かめるように近づいてくる。


「タイガはなんて?」

「知らないって……やっぱり警察に通報しましょう」

「……そうだな」


 警察という単語に不安が俺の意識を覆い尽くす。これほどまでに目覚めの悪い出来事があるのだろうか。

 遠くで父親が通報をしている声が聞こえる。その内容は耳に、否、頭に入ってこない。確かに聞こえるはずなのに、内容が理解できない。それだけ俺は混乱していた。

 俺の横で携帯を耳に当てる母。コールが続くにつれて俺の心音も早まる。


───現在、おかけになった電話番号は──



 


 警察に連絡をしてひとまず見回りをしてもらうことになったらしい。万が一のことを考えて両親は何やら書類の準備をしている。

 俺はというと、寝ることもできず、ソファに座ってひたすら切れたテレビを見ていた。真っ暗な画面に吸い込まれそうな、そんな感覚すらする。

 時計の針が進むたび、俺の息も浅くなる。時刻は23時半手前。正確な時刻を読み取る気力はない。

 



───プルルルルル


 突然母の携帯が鳴る。ソファに座る俺からは離れた位置。ダイニングの机の上。全員の視線が携帯に集中した。

 両親が携帯に向かって駆け出す。俺は一歩遅れて2人の後ろから着信を読んだ。


──ジュンコ

 

 心臓が跳ね上がる。恐る恐る受話器をとろうとする母の手を父が止める。

 

「スピーカーにしてくれ」

 

 小さく頷くと震える指でボタンを押した。ザーというノイズが流れる。向こうからの声は聞こえない。


「ジュンコ?」

 

───かあ……さん


 全身から血の気が引く。母を呼ぶ声。それは男の声だった。

  

「あ、あなたは誰なんですか?」


───に、にむ……ら………やま


 そう言うとぷつっと電話が切れる。何が起こったのか理解ができなかった。少しの沈黙の後、父が直ぐ様かけ直す。

 受話器を耳に当て何かを願うように……。

 掛からなかった。それ以降、電話がつながることはなかった。こっちの電話が壊れたんだと。そう思いたかった。

 しかし、警察にはあっという間につながる。それが何よりも苦しかった。


───弐村山


 俺は自転車の鍵を手に家を飛び出す。

 電話越しの男はそう言っていた。聞き間違いかもしれないが、今はただ一縷の望みにかけて走るしかなかった。中学生の俺にはそれしか思いつかないのだ。

 親が俺の名前を呼んでいたが、それを無視して自転車を全力で漕いだ。

 山に近づくにつれ心拍が速まる。自転車に乗っているからか、それとも恐怖からか理由はわからない。

 自転車を投げ捨てて山を駆け抜ける。手ぶらで来たため明かりはない。今にも躓きそうだ。それでも走らずにはいられなかった。

 


 山の中腹についたところで俺はむせ返るような匂いに襲われる。祭りの匂いでも、森の匂いでもない。これまで嗅いだことのない匂い。

 それは横たわる2つの影の方から漂っていた。千鳥足で近づき顔をのぞき込む。

 

 片方は知らない男の顔、もう一人はよく見知った姉の顔だった。



 

 俺は姉に近寄りしゃがみ込む。はだけた浴衣とボロボロの身体。目は開いているのに、光は灯っていない。


「姉さん?起きろよ。いつもみたいに半目開いて寝てんだろ?なあ!」


 直後、パトカーのサイレンが山を割いた。赤い光の中で警察が俺を引き離す。

 そこからの意識はほとんどなかった。気づけば家の中。泣き崩れる母と、それを支える父。


 葬式には姉の友人や彼氏も来てくれた。昨日まで浴衣を着て笑っていた彼女たちが、喪服に身を包んでいた。何かを話した気がする。でも、内容は覚えていない。

 いろんな人が俺を気にかけてくれた。

「大丈夫か?」とか「心配するな」とか……。

 何を心配してるのかも、わからなかった。投げかけられる言葉はどれも気休めにしか感じられなかった。だって、姉の大丈夫じゃない姿をみたのだから。

 

 この事件は犯人が見つからず、弐村山死体消失事件として有名な未解決事件となった。

 ……そして、その原因は、俺だ。



「母さん、信じてくれ!もう一人いたんだよ。姉さんの隣に!」

「もう、やめて!この話は……できるだけしたくないの」


 俺が見た男の死体はなぜかないものにされていた。いくつも読みたくないも資料を読み漁った。そのために、俺は警官になったのだ。

 存在しない遺体の話をする少年。そして不気味な電話。世間の人が注目するには十分すぎる材料だ。姉のことなど関係なしに、この事件はどんどん有名になっていった。


 この時からだ。俺が彼らと遊ばなくなったのは。仲が悪くなったとかそういうことはない。それでも事件の事があったし、進学すればコミュニティも変わる。お互い距離を置いたのは必然だった。

 結局、リョウとショウとの約束も果たせぬまま30年の歳月が過ぎた。


 

──そして、私はまたあの祭りに足を踏み入れることになる。許せなかった。何も知らないまま終わるのが。

 タイムマシンができたのに、私は過去のしがらみから脱することもできないのか。

 プラネテスは決して情報を漏らさない。未来を変える可能性があるから。

 ならば、過去に来て助ける。これしかないだろ?できることは何でもやって来た。

 

──最後に残っているのはこれしかないのだから。

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