第34話 天の川に身を任せ②
一行は路駐された車に颯爽と乗り込む。祭り会場付近の駐車場は軒並み埋まっており、仕方なく止めたのがこの道沿いだった。
歩道はたくさんの人で埋められている。花火に近づこうというのか、それとも続く七夕祭に向かっているのか、或いは帰宅中なのか理由は様々だろう。
反対車線を流れる濁流のような人の波を眺めながらスレヴァーは呟いた。
「まずはあんたの名前を教えてくれよ。いつまでもこの呼び方じゃお互いに良い気分はしないだろ?」
「私の名前は天野タイガだ」
「天野タイガ……」
スレヴァーは短く復唱し、バックミラー越しに男の顔を盗み見る。
タイガの頬はやつれ、目の下には影が落ちていた。
この暑さのなか、手首にかけられた手錠が汗で鈍く光っている。
「タイガさん、あんたは姉を救うために来たんだろ?俺たちはどう手伝えばいいんだ?」
問いかけたスレヴァーの声に、タイガはうつむいたまま答えない。
車内にエアコンの唸る音だけが残る。
トリィネが不安そうにシートの縁をつまむ。
「……その、お姉さんって、どんな人だったの?」
タイガは視線を窓に向けた。
しばらく沈黙が続いたのち、彼はようやく口を開いた。
「姉は……優しい人で、人から愛されていた。だからかあの人の周りに集まるのはいい人ばかりだった。お葬式には多くの友人が来てくれて、泣いてくれた。お墓にも毎年来てくれているんだ」
感傷に浸るタイガにスレヴァーは目線を投げる。
再度質問をしようとするが、彼の手に電流が走る。手には爪痕。トリィネが何か言いたげに、彼を睨みつけていた。
「お姉さんの名前は?なんていうんだ?」
「……ジュンコ」
「話しづらいだろうけどさ、ジュンコさんのこと……その何があったのか話してくれないか?」
タイガはしばらく黙っていた。両膝の上で握られた拳が、震えている。それは自傷行為といって差し支えないほど力強く、爪が皮膚に食い込んでいた。
その手にクレータはお手をする。カチリ、と静かな音。
タイガはハッとしたあと深く息を吐いた。
「すまない。気を使わせてしまったね。じゃあ、話そうか私にとって30年前の話そして───」
───今日の話を
BB弾が次々とコンクリートに跳ねて、カラカラと乾いた音を立てた。
地面に散らばった黄色い粒は、まるで打ち上げ花火の欠片みたいに見えた。
俺たち三人はその光景を、くじ引き屋の前の地べたに座り込んでぼんやり眺めていた。
夏の空気が熱くて、屋台の匂いが遠くに漂っている。
「まさか全員エアガンが当たるとはな〜」
右隣のリョウが、ため息混じりに言う。
「当たったんじゃなくて外れたんだろ」
左隣のショウが、つまらなそうに返した。
中三の夏。毎年恒例の七夕祭。
通りの両脇には笹が並び、色とりどりの短冊が風に揺れていた。
「世界一周したい」とか「彼氏できますように」とか、どれも他人事なのに見ていると少し笑えてくる。屋台の煙が笹の葉をくぐって夜空に昇っていった。
小学生のころからずっと同じ三人で、この祭りに訪れ同じ屋台を回る。代わり映えのない祭りなのに、なぜかそれが嬉しかった。
いつもと同じ屋台、同じくじ引き。そして、いつも通りのハズレ。年々増えるエアガンの山に、全員が飽き飽きしていた。
「どうする?もう移動するか?」
リョウの提案に俺は直ぐ様頷く。
「飯も十分食ったし、くじも引いたもんな」
「そうそう」
俺達は重い腰を上げ尻についた砂を払う。
七夕祭を楽しんだあとは花火がよく見える弐村山に行く。これも毎年恒例だ。
俺達はリュックにエアガンを詰めると自転車置き場に向かって歩き始めた。
自転車置き場まではここから少し離れたところにある。その道中は何とも苦しい道のりだった。何せ人が多すぎる。
俺とショウがコーラを飲みながら歩いていると、横からリョウの舌打ちが聞こえてきた。
「ったく。年々増えてないか?」
俺とショウは同時に尋ねる。
「何が?」「何が?」
「祭りに来る人だよ」
俺は周りも見回す。確かに多いがそれは仕方のないことだ。それよりも、なんだか視線を向けられているような……。
「しょうがないよ。この祭り県外でも有名なんだ。それにここは神社のちか……グアアア」
人から出るとは到底思えない音がショウから漏れる。思わず俺とリョウは顔を見合わせた。
ショウは恥ずかしそうに坊主の頭を掻いている。
「ゲップでちった」
俺達は一拍おいたあと一斉に笑い始める。こんなことでおかしくてたまらないのだ。ツボに入りその場に崩れる俺の背中を、誰かがトントンと叩いた。指先で叩かれた背中はどこか擽ったい。
後ろを振り向くとそこには浴衣姿の姉とその友達が三人並んでいた。髪をまとめたうなじに、金魚柄の帯が目立つ。
俺はつい「ゲッ」と声を漏らす。
「ゲッとは何よ。失礼なやつ」
姉の友達たちは俺を見つけるなり口々に言った。
「えー!タイガくんじゃん、久しぶり〜」
「あれ今何年生だっけ?」
「……来年から高校生」
「もう高校?早っ、前会ったときちっちゃかったのに!」
「んなわけないでしょ!うちらと一緒に成長してんだから〜」
「あ、そっか」
話がコロコロかわり勝手に笑う女性たちに、俺は苦笑いしかできない。蚊帳の外だった俺に再び視線が集まる。
「顔つき変わったね〜、お姉ちゃんよりモテそうじゃん」
「あ、それ思った〜」
「私よりモテるかは別として……モテるに決まってるでしょ。私が育てたんだから」
口々に言われ、思わず顔が熱くなる。
横でリョウがニヤつきながら肘で小突いてきた。
「おいおい、人気者じゃんタイガ」
「うるせぇ」
そのやり取りを見て、ジュンコは呆れたように笑う。
「まったく……あんた達は男子ばっかで寂しくないの?」
「うっせ。姉さんたちこそ、女ばっかじゃん」
「私達はこのあと花火大会に行くのよ。『彼氏』と。ね〜」
友達はみな一斉に「ね〜」と笑いながら同調する。
その瞬間、屋台の明かりが一斉に灯り、夜の気配が近づく。
「姉さんは花火大会の方も行くんだ」
「うん、ちょっと向こうで待ち合わせしてるの。あんた達は?」
「いつも通り。弐村山で花火見る」
「物好きねぇ。暗いんだから気をつけなよ」
ジュンコはそう言って、友達と顔を見合わせて笑った。
その笑い声が、屋台の喧騒に混じって遠ざかっていく。
「……大人だな、なんか」
「どこがだよ。俺たちよりやかましかったぞ」
俺は笑いながら、姉さんたちの背中を目で追った。
その姿が人混みに飲まれていくまで、ずっと。




