第31話 天の川を渡るため①
スレヴァーは左手にパックに入った焼きそば、右手にリードを持ちながら人の波に乗っていた。自分のペースで歩けないことに多少のイラ立ちを覚えながら少しずつ前に進む。
時間は定かではないが太陽が隠れ始めていることから夜が近いことは確かだった。
本来なら猫を買って帰っている頃なのだが、トリィネが祭りの広告に気づきさえしなければ……。落胆しているスレヴァーの肩をトリィネがトントンと叩く。
「とりあえず列を抜けてあそこで食べようよ」
「わかった!」
スレヴァーは言葉をかき消されまいと必死に声を張り上げる。地面を縫うようにかけるクレータに引っ張られなんとか人の波から抜け出した。
「こりゃ戦場だな」
外側から見る列の激しさに苦笑いする。無限に湧いてくる川を見ているような気持ちだった。
祭り会場である商店街は、いたるところが短冊や巨大な吹き出しで装飾されている。カラフルに彩られた道に人々は定期的に足を止めていた。
焼きそばを頬張るトリィネの背後で、どこかの子どもが金魚すくいに歓声を上げた。
油の焦げる匂いが鼻につく。誰の笑い声も、スレヴァーには全部騒音にしか聞こえない。
「やっぱり祭りは楽しいね!来て正解だったよ」
「そうか?飯は高いしマズい。遊びも安っぽい。騒がしいだけだ」
トリィネはやれやらと首を振る。
「楽しめることが少ない人って私、かわいそうだと思う」
「勝手に思ってろ」
「オレ様は楽しいぜ」
2人の視線がクレータに集まる。スレヴァーはしゃがみ込むとクレータの頭を小突いた。
「お前は人じゃねえだろうが。ていうか普通に喋ってんじゃねえよ。この時代にお前みたいに喋る犬いねえんだからな」
「別にいいだろ。祭りの中で犬のことなんて気にしてるやつはおそらくいないぜ」
スレヴァーは立ち上がって周りを見回す。子連れの家族やカップル、小学生の集団。クレータが言うように皆、身内を気にするので精一杯そうだ。
「みーんな楽しそうだな」
「そりゃそうでしょ。祭りをつまらないなんて思ってるのはお兄ちゃんくらいだよ」
「つまらないと思ってるやつは幾らでもいるだろ。そう思いながらわざわざ来てるのが俺くらいってだけだ」
「……屁理屈」
自信ありげに鼻を鳴らし、偉そうに腕を組む。トリィネとクレータは顔を見合わせるとため息をついた。
スレヴァーはふと、屋台の提灯の隙間に貼られたビラを目に留めた。
『第47回 七夕まつり 夜八時 花火大会開催』
ビラを見るにこの祭りはどうやら有名らしい。人の多さに納得しひとり頷く。
突如トリィネが割り込んでくる。じーっと眺めたあと目を輝かせながら振り向いた。
「花火だって、祭りの醍醐味だよ!」
「はあ?もう勘弁してくれ」
「えーいいじゃん」
「嫌だね」
トリィネはスレヴァーに腕に抱きついて甘えた声を出す。
「花火なんて未来じゃ打てる場所も減ってそう見れないじゃん。ここで見れなきゃ次いつ見れるかわかんないんだよ。それともお兄ちゃんは花火見るために過去まで行ってくれるの?」
スレヴァーは眉間にしわを寄せながら黙ってトリィネを見下ろした。
どこを見ても人の背中ばかり。空気は重く息はしづらく呼吸は重い。
「人混みはもう懲り懲りだ」
「じゃあみんなから離れた場所で見よう。それならいいでしょ?」
トリィネは再度「お願い」と呟く。その一言に、スレヴァーは肩を落とした。
「はあ。見たらさっさとペットショップに行くぞ」
「やったぁ!」
トリィネは満面の笑みで飛び跳ねた。一連の流れを見てクレータが鼻を鳴らす。
「その時間に空いてる店があるといいな」
「うっせ」
スレヴァーはリードを軽く引き、群衆の流れから外れて歩き出した。
会場から離れようとするのも簡単ではない。どの道も人が列をなしており思うように動くことができなかった。
「はあ……もう帰りてえ」
「帰るってどこによ」
「……なんか辛いことがあるとつい漏れるんだよ。どこに帰りたいとかはない。ちなみに家にいた時も出る時は出るぜ」
ほくそ笑むスレヴァーにトリィネは目を細める。
「限界すぎるでしょ」
一行はしばらく歩いたが一向に出口が見えない。おそらく花火大会に向けて一斉に動き出したのだろう。警備員の張り上げる声をスレヴァーは何度も聞いていた。
もはや花火を観ることすら難しいのではないかと思い始めていた頃、トリィネが「あっ!」と声を漏らす。
「どうした?」
トリィネは渋りながら指をさす。その先には細い裏路地が見える。顔を引き攣らせながらトリィネの目を見る。
「お前もしかしてここ通ろうとしてる?」
「い、いやね。自分でもおかしいよなとは思ってるんだけど。さっさと抜けたいんだよね」
その裏路地はとても人が通るような道には見えなかった。人が通るのもやっとな道に、かかった大きなクモの巣。ズボラで大雑把なスレヴァーも流石に躊躇するような道だ。
進行方向を見てスレヴァーは天秤にかける。騒がしくて長い道か、どこにつながってるかわからない静かすぎる道か……。
スレヴァーは力強く一歩を踏み出す。
「い、行こうぜ」
裏路地に向かって進むスレヴァー。その声は何とも弱々しかった。
路地に一歩入ると騒がしさは早々に消えた。屋台のざわめきも、笑い声も、まるで壁の向こうに押し込められたようだ。さっきまで鬱陶しかった騒音も今は愛おしく感じていた。
「the裏路地って感じだね。人の気配が全くない」
「オマエらはまだマシだな。オレ様の目線だと見たくない生き物が大量に見えるぜ。例えばゴキ──」
スレヴァーはクレータの腹を優しく蹴ると一言「黙れ」と言い放った。
真夏だというのに全身の鳥肌が立つ。早く出たい。その一心で進んでいた。
突如クレータが立ち止まる。耳をピンと立て背中の毛を逆立てながら。
「どうした?」
「スレヴ、面倒なのが来たぞ」




