第29話 猫に小判、犬に論語③
「君たちが運び屋とやら?」
「はい、お待たせして申し訳ありません」
「ホントに随分と待ったよ」
老人は膝に乗る猫を撫でながらスレヴァーをじっと見つめる。その目からは確かな圧を感じられた。
「勘違いしないでくれ。怒っているわけじゃないんだ。ただ、余裕があって羨ましいなと思ったのだ」
「……というと?」
「余裕があるものにはルーズになるものだ。私もお金にはルーズだからね。よくわかる。君たちは相当時間に余裕があるらしい」
男はカップに口をつけるとわざとらしく喉を鳴らした。
「私は老い先短い。こんな雑談に興じてるヒマがないほどにね」
再び男はカップに手を伸ばす。肘をついたままだらしなく飲んでいた。
それを眺めながら、クレータがスレヴァーに聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で「老い先だけじゃなく気も短いみたいだな」呟く。
いつもならクレータの余計な一言には蹴りをいれるスレヴァーだが、今回はそうしなかった。
老人はカップを置くと机を指でトントンと叩く。素早く執事風の男がスレヴァーに近寄り封筒を手渡した。
「開けなさい」
スレヴァーは大人しく言われるがままに封筒を開く。中には1枚の写真が入っていた。
「これは……猫?」
「そうだ。見ての通り私は猫が大好きでね。様々な種類の猫を買い揃えてきたよ」
男はコレクションを自慢すように自慢げに語りだす。実際部屋のいたるところに猫がいた。屋敷内もどこもかしこも猫。犬のクレータはどこか肩身が狭そうだ。
「しかし時代というのは残酷だ。私から猫を引き剥がそうとする」
「……はあ」
「その写真に写っているのは私が最も愛する猫、ベルノアだ。可愛いだろう?短い足、折れた耳、潰れた鼻。あ~なんと愛くるしい見た目だろうか」
天を仰ぎながら何やら語る男に一行は死んだ目を向ける。それに気が付き男は仕切り直すように喉を鳴らす。
「取り乱してしまった、すまない。しかし現代でベルノアの飼育は禁止されている。というか、もうこの世に存在しない。なぜか分かるか?」
「……」
「交配が禁止されたんだよ。かわいそうなどとのたまってね。後付けの倫理のせいで私の愛は行き場を見失ったのだ」
「じいさん先に結論を言えよ。時間が勿体ないぜ」
「……喋る犬。最近流行りのおもちゃか。人間様に意見を出して、何をそんなに急いでいるのだ」
「老い先短いあんたに気を使ってんだぜ」
クレータの言葉にトリィネは息を呑む。下唇を噛みながら無礼な犬と、何も言わない兄を睨みつけていた。
スレヴァーは自分の立場を理解してはいた。間違いなく謝罪するべきだ。しかしそうする気にはならかった。目の前の男に対する純粋な嫌悪感から、クレータの発言に称賛したいほどだった。
だか、周りはそれを許さない。視線に耐えかねえてスレヴァーは口を開く。
「すみません。このバカ犬は後できちんとしつけておきます」
老人は満足気に頷くと猫の頭を優しく撫でた。
「やはり犬は好かんな」
老人はスレヴァーに指を向ける。
「……その写真に写っている猫。それがベルノアだ。それをこの時代に連れてきてほしい。私は飼いたいのだ。その子を」
「わかりました」
スレヴァーは封筒をポケットに入れようとする。しかしトリィネはそれを許さなかった。
「私がこういうのは預かるって言ったじゃん」
先日のことを思い出しスレヴァーは大人しく封筒を手渡す。
「それとお金だが、これでどうかな?」
老人が合図を出すと男がアタッシュケースいっぱいに詰まった札束を見せつける。
老人はと言うと顎を突き出し何やら自慢げな表情していた。
スレヴァーは優しく微笑みかける。
「足りませんね」
老人のニヤけた面が一瞬で崩れ眉間にしわが寄る。
「は?」
老人の険しい表情を見てスレヴァーは思わず吹き出す。呆気にとられた顔が何ともみっともなかったのだ。
「冗談です。多すぎるくらいですよ」
「……まあいい。金に関するジョークは見逃してやろう。その金には猫の購入費も含まれている。気にせず君がいいと思うものを買ってくるといい」
スレヴァーたちはメイドたちに見送られながら屋敷をあとにする。車までの道中、トリィネの口は閉じる知らなかった。
「なーんであんなこと言うの?2人ともバカなの?」
「なーんかあの爺さんにムカついちまって」
「オレ様もだ。話をきているとイライラした。――人間様に意見を出して、『何をそんなに急いでいるのだ』って……馬鹿にしやがって」
スレヴァーとトリィネは固まる。そんな彼らに気づかずクレータは先導する。
「お前今のなに?」
振り返るクレータはなんてことない顔をしていた。
「今のって?」
「今あのおっさんの声で……」
「ああ。声なんていくらでも変えられるぜ。こんな風に――お兄ちゃん!」
クレータからトリィネの声が聞こえてくる。
「なーんかめんどくせえな」
今度はスレヴァーの声。その再現度に二人は感嘆の声を漏らす。
「お!?もしかして感心しちゃった?」
「……馬鹿言うな。そんなの子供あやすくらいしか役に立たないだろ」
「オレ様が気にしていることを……」
「なんか話題変わってるけど。二人ともさっきの話わかった?」
スレヴァーは小さく返事をする。多少の嫌悪感を抱きながら、彼らは依頼を引き受けた。
どうせ猫を運ぶだけの、簡単な仕事だ。適当にこなして、さっさと帰ってこよう。
──しかし、彼の考えとは裏腹に、このあと彼は過去一面倒な厄介事に巻き込まれることとなる。




