第28話 猫に小判、犬に論語②
一行がやってきたのは都市部──から少しズレた場所。所謂ホームタウンである。都心部のようなネオンの光はなく、騒がしくする人たちもいない。
それが昼だからか、それとも街の雰囲気なのか来たばかりの彼らには分からなかった。少なくとも高いビルは見当たらず平屋の家が多かった。
そんな中でもひときわ目立つ家が彼ら目的地だった。黒い鉄柵で囲われた敷地の中には、白を基調にした三階建ての大邸宅。壁面は無駄に磨き上げられ、外壁のライトが昼間でも点灯している。玄関前には手入れの行き届いた噴水と庭木。極めつけは目の前の大きな門。一般家庭には到底ないような門に、スレヴァーは格の違いとその大きな壁を感じざるを得なかった。
それを目の前にして呆気にとられる。
「でけえなあ。うらやましいぜ」
トリィネとクレータは何も言わず頷く。
しばらくぼーっと眺めたあと、意識を取り戻したスレヴァーはインターホンを鳴らす。
しばらく待っていると女性の声が「はい。どなたでしょうか」と返事をした。
「ワンタイムデリバリーだ!」
クレータの返答を聞いてトリィネとスレヴァーはぎょっとする。少し間を置いたあと女性は再びインターホン越しに疑問を投げる。
「すみません。本日そのような面会の予定はないのですが、どういったご用件でしょうか」
「……運び屋です」
「……確認が取れました。門を開けますので少々お待ちください」
門が開く間、トリィネはクレータの背中を叩く。
「ワンタイムデリバリーってなに?」
「……オレ様たちの名前」
「私ぜんっぜん聞いてないんだけど」
ジト目でスレヴァーを見つめる。無実を証明するように必死に手を振る。
「いやいや、俺も全然知らないから」
「結構センスいいだろ?」
責めるトリィネの横でクレータは尻尾を勢いよく振っている。
「どこが?すっごい子供っぽいと思うんだけど」
「だってよお、オレ様の犬要素であるワンとワンタイムをかけてんだぜ」
2人の視線がクレータに集まる。
「なーんか微妙だな」
「私もそう思う」
「オマエらセンスねえなあ〜」
インターホンから咳き込む声が聞こえる。3人の体が一瞬で動くことを忘れる。
「あの……ご主人様がお待ちです。早く入っていただいてもよろしいですか?」
「……はい。すみません」
屋敷まで続く石畳はやたらと長く、両脇には整いすぎた芝生。靴音が響くたび、静寂が傷つく。
屋敷の扉が開くと、メイド服を着た女性が頭を下げた。
整った身なりとは裏腹に、その笑顔はどこか張りつめている。
「ご主人様がお待ちです。どうぞこちらへ」
スレヴァーはクレータをチラッと見る。
「犬もいいんですか」
「我らの主人は動物を愛しておられます。拒否する理由などございません」
「獣臭がすげえ家だな」
クレータの言葉に場の空気が凍る。スレヴァーは手に持つリードを勢いよく引いた。
「お、おいやめろ!首が、しま、しまる」
「すみません。よくしつけておきますんで」
謝るトリィネになど目もくれずメイドはクレータに釘付けだ。
「人語を喋る犬……ですか?すごい」
発言など聞いていなかったかのように好意的な反応。スレヴァーは安堵し息を漏らす。
「犬っていうかアンドロイドですけどね」
「あのおもちゃはしゃべるのですね」
「オレ様は高性能だからな」
しばらくクレータを愛でたあとメイドは役に戻る。その目は小動物を見る目から仕事人の目に素早く切り替わった。
「すみません。仕事を忘れてつい夢中になってしまいました」
「僕らは別にいいんですけど、噂のご主人様はお怒りじゃないですかね」
少し悩んだあとメイドは静かに唸る。空気を読まないクレータはいつも通り余計な一言を口走る。
「人間には優しくない主人なんだな」
スレヴァーは再びリードを引っ張る。その様子を見てトリィネは苦笑いをした。
「怒っているかどうかは分かりませんが、お待たせしているのは確かです」
廊下を進むたび、足元の絨毯が沈み、空気が重くなる。歩きながら至る所に飾られている絵画に目が惹かれる。きれいな景色と猫の絵、猫を愛でる人の絵、人を模した猫がこちらを見つめる絵。猫への執着を感じずにはいられない。
階段を上がり右側1番手前のドアが開くとひときわ大きな声が迎えた。
「おお、やっと来たね」
ソファに寄りかかる老父は、濃い香水を纏いながら無造作に笑っている。
老父の膝には猫が一匹。その周りを何匹もの猫が囲んでいる。笑う男の傍らには執事風の人物が、淡々と飲み物を差し出していた。




