第27話 猫に小判、犬に論語①
「ただいま~おっさん」
スレヴァーはガラガラと音を立てながらシャッターを一気に引き上げる。ガレージ内は朝よりも一段ときつい油の匂いが充満していた。
スレヴァーたちはなんだかんだ街を楽しみ、時刻は8時半を回っている。ガレージに光を届けてくれる太陽はとっくに沈み、人の目では歩けないほど中は真っ暗だった。
手探りでスイッチを探しなんとかライトをつける。暗闇は一気に吹き飛び、室内は明るさを取り戻した。
「あれ?おじさんいないじゃん」
各々が協力してガレージ内を隅々まで探す。人が入れそうにないところにまでクレータは頭を突っ込み、黒い毛を白や茶色で染めていた。
「お兄ちゃん、バイクのとこに手紙あるよ」
スレヴァーはバイクに近寄る。バイクの横には机が置かれ、その上には油で汚れた紙切れ1枚と鍵が添えられていた。
手が汚れることに少しの抵抗感を覚えながら手紙を手に取る。
・バイクは直した。
・俺は寝る。
・起こしたら殺す。
箇条書きで書かれたそれは、手紙というより報告文に近い。その雑さにスレヴァーとトリィネは苦笑いを浮かべた。
「いつも通りだな」
「いつも通りだね。……ていうか、寝ちゃったならこれどうしよう」
トリィネは手に持ったビニール袋を掲げる。スレヴァーたちは街のお土産にお菓子を買ってきていたのだ。
クレータは机にもたれて二本足で立ちながらヨダレを垂らす。
「食っちまうか」
「犬に食わせるもんはねえ」
スレヴァーは汚れた手紙を裏に向け、近くにあったペンでつらつらと何かを書き出す。
・バイクありがとう。
・ケーキ冷蔵庫に入れておく。食え。
・コロスケは連れてく。
スレヴァーはトリィネに紙を渡す。トリィネは顔を引き攣らせながら汚れた紙を指先で受け取った。
「これをリビングにおいてお菓子は冷蔵庫に入れとけ」
「お兄ちゃんは?」
スレヴァーはバイクを押しながら声を漏らす。
「俺はこれをしまってそのまま車で待っとく」
トリィネは小刻みに頷いたあと目を丸くした。
「おじさんに挨拶してかないの?」
「起こしたら殺すって書いてあったろ?」
止まることなくバイクを押す彼をトリィネはちょこちょこと追いかける。
「でも、久しぶりに会うのに……」
「久しぶりつったってむこうは昨日ぶりなんだ。起こすなって言われてんのに挨拶するほうがおかしいだろ」
何も言わないトリィネに違和感を抱きスレヴァーは後ろを向く。俯く彼女に気まずさを感じながら優しく語りかける。
「おっさんも疲れてんだ。その紙にメッセージ書く程度に留めとけ」
トリィネは「わかった」と呟くと小走りで岩見の家へと向かった。それを尻目にスレヴァーは車に向かう。
「オマエも冷たいやつだな」
普段なら下から聞こえる声がやけに近くで聞こえる。声の方に目をやると、バイクのシートに鎮座するクレータの姿があった。
「なんか重いと思ったらお前か……降りろ!オラ!」
スレヴァーは落とそうと必死にバイクを揺らす。揺れるバイクは居心地が悪かったのか少し顔を歪めるとピョンと飛び降りた。
クレータはスレヴァーの横を歩く。中心部では気が付かなかったが、金属でできた義足は地面にぶつかるたび音がなる。夜の町では耳障りが悪く感じた。
「岩見に声をかけなくていいのか?」
「お前も言うか。……話聞いてだろ別に会う必要はない。どうせまた会えるんだからな」
「わかんねえぞ。人は突然死ぬ。世の中何が起こるかわかんねえからな」
スレヴァーは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「お前はおっさんの死ぬとこが想像できるか?それに戻りゃいいだろ。俺たちにはタイムマシンがあんだからな」
クレータは足を速めると進行方向に立ちはだかる。
「別に死ぬのは岩見だけじゃないぞ。オマエやトリィネだって何が起こるかわかんねえんだ」
少しの沈黙の後、スレヴァーはクレータのことなど気にせず再び歩みを進める。まっすぐ突っ込んでくるバイクにクレータは情けない声をあげながら飛び避けた。
「オマエ動物虐待だぞ!」
「動物じゃねえだろバーカ」
スレヴァーが車にバイクを乗せたところでトリィネが家から出てくる。先ほどに比べると表情は随分マシになっていた。
「メッセージは書いたか?」
「……うん」
「じゃあ行くぞ」
スレヴァーは運転席に乗り込もうとするが座席は小さな先客のせいで埋まっていた。彼の口から深い息が漏れる。
「何してんだよ。その前足で運転ができるのか」
「オレ様はうれしいよ」
「……なにが?」
クレータはキラキラした目をスレヴァーに向ける。舌をだらしなく垂らし鼻をヒクヒク動かしながら。
「これがタイムマシンなんだろ?オレ様にはわかるぜ。こんな装置、普通のクルマにはついてないからな」
イライラのあまり頭を掻きむしるとクレータを持ち上げる。腕を必死に動かしながら「もう少し見せろ」と喚くが、それを無視して車両後部へ投げた。
「お前はサポート役なんだろ?だったら邪魔してんじゃねえよ」
「邪魔ってなんか急ぎの用事でもあんのか?」
「さっさと次の依頼に行きたいんだよ」
クレータは耳をピクッと動かした後、首をかしげる。小さな声で1人呟いた。
「依頼?」
トリィネはその声に気づくことはなくタブレットを弄り続ける。
「時代は2034年2月22日」
スレヴァーはエンジンをつけると駐車場から飛び出し一気に加速させる。片手で時間設定をもう片方の手でハンドル操作をしていた。
「クレータ、サポートとして俺たちの仕事の役に立てよ」
「仕事ってのはなんだ?」
スレヴァーはサングラスをかけると後部座席を覗き込みニヤリと笑う。
「運び屋──」
スレヴァーがハンドルを握る。エンジンが吠え、車体が光に包まれる。
クレータが目を押さえて騒ぐ声が、遠くに溶けていった。




