第26話 DOGファイト!
「……次」
スレヴァーの言葉を合図にチンピラは一斉に襲いかかる。彼を取り囲むように円を作りながら。
スレヴァーは旅行鞄の上に手を突くと、そのまま勢いよく逆立ち。くるりと一回転して脚を振り抜き、取り囲んだ男の側頭を次々と蹴り飛ばした。咳と唸りが重なり、男たちはあっという間に後方へ吹き飛んだ。
取り逃がしたチンピラたちは後退りをする。しかし、リーダー格の男は逃げることを許さなかった。
「テメエら何やってんだ!使えるもんは何でも使え!後ろのガキを使ってでも」
男の言葉で視線がスレヴァーからトリィネに移動する。その一瞬の隙を逃さずスレヴァーは全員の間をすり抜け、リーダー格の男に向かう。
焦った男は震える手でポケットからキラリと光る何かを取り出した。
「寄るんじゃねえ!」
「そんなもの……」
構えただけのナイフを上に蹴飛ばす。重力に乗ってナイフは男のつま先に突き刺さる。
「んぐっ、いってえ……」
スレヴァーは振り返りチンピラに優しく語りかける。
「お兄さんたちのリーダーはもう動けないみたいだけど、まだやる?」
「お……オマエら、早くそのガキを──」
「それと、妹を人質にしようとしてるみたいだけど、たぶん無駄だよ。そいつ俺よりおっかないから」
トリィネは腰から鉄の塊を引き抜く。
「け、拳銃……」
チンピラたちは足を震わせながら逃げ出す。必死に足を引きずるリーダーのことを置いて逃げていくサマは、実に滑稽であった。
「言ったろ、負けてはやらないって」
トリィネは銃をしまいながらため息をつく。
「大丈夫お兄ちゃん?」
「おい!終わった感を出してんじゃねえ!オレ様を助けろ」
静かになった入り口とは反対に、出口は異常なほど騒がしい。そこには犬をチンピラ数人が襲うという異様な光景が広がっていた。
「まだ終わってなかったのか?」
「こんな人数を四足歩行に対応できるか!?」
「立派な牙があるだろ」
「言っとくが死人が出るぞ!」
「ハイハイ、って言っても助けたらお前の有用性は証明できなくなるぞ」
クレータは必死に避けながら声を届かせる。
「オレ様はサポートが得意だ。だから……スレヴァーに手を貸すのがメインになる。……その証明のために手を貸してくれ」
「……具体的に何をすればいい?」
クレータは返事の代わりに前足で地を蹴った。
一人のチンピラの懐に潜り込み、足首に噛みつく。悲鳴とともに男が崩れ落ちた瞬間、その足にリードの手持ち部分を引っかける。
ジャラ、という金属音とともにリードが滑り出し、クレータは咥えた根元を思い切り振り回した。自分を中心に円を描く。鎖が唸り、狭い路地に風切り音が走った。
チンピラたちは思わず身を引く。鎖の軌跡が壁を削り、コンクリ片が散った。
できた一瞬の隙間。
クレータは歯でリードの手持ちを放り投げた。銀色の軌跡が空を裂き、スレヴァーの胸元へ飛ぶ。
「早く掴め!」
スレヴァーは渋々リードを掴む。それを見てクレータはニヤリと笑みを浮かべる。
「よっしゃあ!離すなよ!」
突然、腕に強烈な引きがかかる。次の瞬間、身体ごと宙に浮かび、クレータを支点にぐるりと弧を描くように空中へ放り出された。
「うわあーーー!」
支点を越えたところで、さらにリードが引かれた。ぐん、と重力に引き落とされ、着地点にはチンピラたち。叫ぶ暇もなく、スレヴァーは敵の群れのど真ん中に落下する。
「ちょ、待っ──」
咄嗟の判断でチンピラをクッションに着地をする。足元で震えるチンピラに小さく謝罪をすると、すぐにクレータを睨んだ。
「いきなり何すんだ」
「さっきの仕返しだ。オレ様を投げやがっただろ」
「あれはコイツらに気づいてたのに何も言わなかったことに対する罰だ!」
「でも、どうだ?結構役に立つんじゃないか?」
「あのさー、お兄ちゃんたち自分の状況わかってる?」
スレヴァーとクレータはトリィネの声で我に返る。周りを取り囲むチンピラたちの目はギラついていた。
「これを使えスレヴァー」
クレータは口から何かを吐き出す。
「オエッきったねえな」
「汚くねえよ。オレ様は腹の中に色々収納できるんだ。まあ、限度はあるがな」
スレヴァーはばっちい物を触るように、指先だけで拾い上げる。
「なんだコレ」
「スタンガンだ。得意だろこういうの?」
スレヴァーはニヤリと笑った。スタンガンを握ると、カチリとスイッチが入り、紫電が弾ける。
その光を見てチンピラどもの顔色が、一斉に引きつった。
「わかってんじゃねえか」
───数分後
スレヴァーたちは泡を吹いて倒れるチンピラを見下ろす。物言わぬ抜け殻のように静かな彼らを、トリィネは心配そうな目で見つめていた。
クレータはスレヴァーの足元で鼻を鳴らす。
「どうだ?オレ様も結構使えそうだろ?」
「どこがだよ!あいつらに気づいてたの言わなかったろうが。しまいには俺をぶん投げやがって」
「そっか、気づいてはいたのか」
トリィネは小さな声で呟く。クレータはその声を聞き逃さない。耳がピクリと動いた。
「それに収納機能は便利だよね。私も銃を持ち歩くの大変だし。運び屋だってことを考えたら尚更ね」
褒め言葉の連続にクレータの目が輝き、口元がわずかに緩む。調子に乗っているのは明らかだった。
「だろ、だろ、だろーー!?オレ様ってば超便利なんだよ」
スレヴァーは腕を組み唸り声を上げる。喉の奥に骨が引っかかったような、そんな感覚だった。
「なーんか言いくるめられそうどけどよお。お前は戦闘に使えるって話じゃなかったか?」
「使えただろうが。オレ様が用意したスタンガンはチョー役に立っただろ?」
「まあ、あれは悪くなかったな」
「だろ〜?それにリードだって上手く使えばすんげぇ便利だぜ」
スレヴァーは腕を組んだまま、渋い顔を崩さない。
しかし、クレータの無邪気な笑顔を見ると、喉の奥の骨はさっきより少しだけ下にずれた気がした。
「だから、な?いいよな?」
クレータは期待に満ちた目でスレヴァーを見上げる。耳をピクリと動かし、尻尾を小刻みに振る。その様子はまさに犬そのもの。その無邪気さに心の扉が少しだけ開く。
「……当分は連れてってやる」
言葉は短く、ぶっきらぼうに聞こえたが、スレヴァー自身、口に出すまでほんの一瞬迷ったのだ。便利さで連れて行っていいほど、自分たちのしていることは単純じゃない。
「おお!ついにお荷物を卒業か!」
「あくまで荷物持ちだ」
「なんか、あんまり変わらねえな……。まあいいや。よろしくな相棒」
「お前と相棒になった覚えはない!」
「そう遠慮すんな。オレ様と相棒だなんて光栄だぜ」
なんて無茶苦茶な野郎だ。スレヴァーは思わず顔を引き攣らせる。対照的にクレータは大きな笑みを浮かべていた。
クレータを見ていると葛藤などどうでもいいように思えてくる。スレヴァーは思い出す。自分がこの旅を始めたのは単なる我ままだったことを。今更、アンドロイドの心配をしてなどいられないことを。
荷物持ち兼仲間候補のクレータを加え、3人は岩見家へと向かう。趣味の時間は終わりを迎え、再び旅が始まろうとしていた。




