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第21話 凸凹フレンズ①

強烈な光を抜けた先。鮮烈なネオンの光が二人を包み込む。夜空は広告ホログラムに覆われ、星ひとつ見えない。街全体が昼のように明るく光っていた。

 

「……なんか眩しすぎて頭痛くなりそう」

 

 トリィネは眉をひそめ、頭上に浮かぶ巨大なホログラムを見上げる。女性モデルが延々と笑顔を振りまきながら、薬の宣伝を繰り返していた。

 

「のどの痛み、頭痛に効くってよ。買ってくか?」


 久しぶりの未来にスレヴァーも目眩がする。彼らがいるのは2038年。壊れたバイクを直しに、時元に帰ってきていた。30年前は暗かった夜も、今では、遠くの人の表情まで鮮明に見えるほど明るい。

 


「前回はこんな夜中に移動したんだな」

「そうだよ。トリィはもうちょっとおじさんの家にいようって言ったのに、それを無視して行っちゃうんだもん」


 トリィネに背中を叩かれながら、スレヴァーは適当な謝罪を並べる。

 

「すまんな。あんまりこの時代は好きじゃないんだ」

「えーなんで~。自分たちが一番過ごした時代じゃん」

「窮屈なんだよ。街の至る所にある監視カメラも、電気自動車しか許可されていないところも、執拗な格差も」


 言いながら、スレヴァーは無意識に街路樹に取り付けられた小型カメラを睨む。赤いランプが点滅し、誰かに覗かれているような気がした。

 トリィネは気にした様子もなく、広告ホログラムの光を浴びながら鼻歌を歌う。


「それにしても、こんな夜中じゃ、たぶんおじさん寝てるよ。どうするの?」

「俺達も随分寝てないだろ。あんまり街の方にはいたくないが、今日はこの辺で寝て明日の朝に行こう」


 「ふぁーい」とトリィネはあくび交じりで返事をする。それにつられて、スレヴァーもあくびをする。

 ホテルを見つけると、2人は仲良く同じ部屋で床に就く。疲れからか、ベッドに入ると気絶するように眠るのだった。


 


 翌朝、スレヴァーはドライヤーの音で目を覚ます。暖かい風に乗ってシャンプーの匂いが漂ってきた。

 ベッドから視線を感じたのか、トリィネは振り向く。


「あ、起きたんだ」


 スレヴァーは気怠げに体を起こす。尿意に後押しされて立ち上がるとトイレに向かった。


「起こされたんだよ。ったく風呂なんて夜に入れよな」

「はぁ~、ガサツなお兄ちゃんには、朝頭を洗う重要性はわからないか」

「わからなくて結構。知らなきゃ入らなくて済むからな」


 扉を閉めるギリギリ、隙間から哀れむような顔をするトリィネが見えた。




 スレヴァーたちが向かうのは、彼らが育った場所だった。

 ただ、そこは昨夜の街とは対照的だ。同じ時代に生きているはずなのに、人々の暮らしぶりは大きく違う。

 光に包まれた華やかな街並みの裏で、格差は広がり続け、街の姿そのものにまで滲み出していた。


「ホント、汚いところ」と、トリィネは呟く。

 

 ボロボロの家屋は、どれも継ぎ接ぎだらけの違法建築。凸凹の道路はとても整備されているとは言えない。


「岩見のおじさん元気かな」


 トリィネはぽつりと呟く。スレヴァーの脳裏に浮かぶのは昔の記憶。

 小さい頃から暮らすここで彼らを気にしてくれたのは、他でもないこの街に住む岩見という男だった。

 荒れた街には荒れた人も多い。しかし、街の汚さからは考えられないほど彼の心は綺麗だった。当然現れた彼らを拒否することなく、暖かい場所を提供してくれた。

 

「元気に決まってんだろ。俺たちにとっては数カ月ぶりでも、あの人にとっては昨日今日のことなんだ。それにあのおっさんが弱ってる姿なんて想像できるか?」


 トリィネははにかみながら答える。

 

「うーん、できない!」

「だろ?って言ってる間に着いたな」


 スレヴァーは家の前に路駐する。表札には岩見と書かれていた。トリィネがチャイムを鳴らすが返事はない。


「どうせガレージの方だろ」


 スレヴァーはバイクをひいて、一足先にガレージへ向かう。彼の予想通りだったようで、作業音が聞こえてきた。

 ひょこっと顔をのぞかせると、赤い作業着に身を包み、車を弄っている岩見の姿があった。


「おっさん、ただいま」「ただいま、おじさん」

 

 岩見は作業を止めると、工具片手に振り返る。


「おう、おかえり。相変わらず、変な時間に帰ってくるやつらだな。今日はどうしたんだ?」

「実はバイクを修理してほしくてさ」

「修理って……それか?昨日の今日だぞ?なんでそんなポンポン壊すんだよ」


 スレヴァーは申し訳なさそうに頭を掻く。


「別にわざとじゃないんだぜ」

「そうそう、運悪く毎回事故っちゃうの」


 岩見はゴーグルを外し、トリィネを凝視する。


「な、なに?そんなにジロジロ見て」

「いや、お前なんか背伸びた?」

「成長期なんだから背くらい伸びるでしょ。こちとらピチピチの13歳よ」


 岩見はどうも腑に落ちない様子で小首を傾げる。


「つってもよ、1日しか経ってないだろ」

「せ、成長期だから」


 ゴリ押すトリィネに、岩見は疑いの目を向ける。しかし、それ以外に理由は思いつかないのか追及はそこで止まった。

 スレヴァーは2人の会話を背に、久しぶりの岩見家を見回していた。と言っても、機械音痴のスレヴァーはほとんど入ることがなかったガレージ。特に思い入れがあるわけではない。それでも、眺めているだけで感傷に浸ることはできた。

 この時代は嫌いでも、この場所は嫌いじゃない。

 変わらない景色の中で、何かがゴソッと動く。


「なんだ?」

 

 スレヴァーは奥の方へと、足音を立てないよう慎重に向かう。棚の裏に隠れる何かにバレないようゆっくりと……。


「捕まえた!」


 スレヴァーは持ち上げると、動きの主は驚いたようで固まってしまう。トリィネはそれを見ると黄色い叫び声を上げた。


「キャーー犬じゃん!かわいい〜」


 真っ黒で硬い毛が全身を覆っているが、口元は少し白い毛が混じっている。耳の形状や口元の鋭い歯は、犬というよりオオカミを彷彿とさせる。

 トゲトゲとした首輪からはジャラジャラと音が鳴りそうな鎖のリードが伸びている。

 何に驚いていたのか、見開いていた目は一気に鋭くなる。スレヴァー同様、目つきが悪い。

 

「変な…犬……かわいいか?」

「ワン!」

「あ、怒らせた〜」


 スレヴァーは犬を雑に掴みながら振り返る。


「おっさん、犬なんて飼ってたのか?しかも、義足の」


 この犬最大の特徴は、右前脚の義足だった。金属製の義足は犬から獣らしさを削いでいる。


「あれ、見せてなかったか?そいつ5日前からいるぞ」


 スレヴァーとトリィネは、キョトンとして顔を見合わす。


「そうだっけ?なんでわざわざ片足ない犬なんか」

「わざわざっていうかな。家の前に捨てられてたんだ。それを見捨てるわけにもいかんくてな」

「へぇ、おっさんけっこう優しいんだな」

「当たり前だ。じゃなきゃお前らここまで生きとらん」


 岩見は自信満々に胸を叩く。スレヴァーは気恥ずかしさから、小さく笑うことしかできなかった。

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