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第20話 恋慕舞い散ることを知らず③

3人の間に沈黙が流れる。トリィネは顔を引き攣らせて、まるで時が止まったように固まっていた。

 スレヴァーは何も言わず、ただその様子を見守っている。


「ひ、ひどいな〜。トリィネですよ。依頼バッチリ完了して帰ってきました!」

「トリィネ……ごめん全然思い出せなくって、依頼ってのもちょっと心当たりが……」

「あ、もしかしてそうやって逃げようとしてます?そうはいきませんよ〜」


 レンは困惑、恐怖、警戒、いろんな感情が混ざったような表情をしている。その表情も女性の声掛けによって多少は解れる。


「あ、いたいた。もう、捕まえたならちゃんと連絡してよ」


 レンと同じ方向から女性が歩いてくる。その雰囲気から、スレヴァーとトリィネにはその女性が誰なのか何となく察しがついた。


「悪いな、マイ」


 彼らの予想は当たっていた。高校時代とそう変化はないものの、私服故の雰囲気の齟齬はある。それでも、墓下マイ本人に違いはなかった。本来いないはずの人が、そこに立っているというだけでスレヴァーは少し感動を覚える。

 

「話してたって、この子達と?」


 マイは2人を、目を細めてじっと見つめる。必死に思い出そうとしているのが伝わるが、すぐ諦めたように首を振った。


「随分若い子たちだけど、レンの知り合いなの?」

「それが、全然思い出せないんだ。名前を聞いてもピンとこなくて」

「そんな……レンさんトリィたちにお願いしたじゃん。手紙を送ってくれって。それでね、ちゃんと渡せたんだよ。帰ってきて墓にいない時はびっくりしたけど、ちゃんとこうして会えたじゃん。マイさんも一緒に」

 

 トリィネは上擦った声で必死に言葉を並べる。その様は見ていて痛々しかった。


「え、私のことも知ってるの?」


 マイが困惑の表情を浮かべたところでスレヴァーは割って入る。これ以上はトリィネが余計なこと、具体的には生死に関することを喋ってしまいそうだと考えたからだ。


「ごめんなさい。昔お二人に遊んでもらったことがあったんですけど、その時の遊びをまだ続けてるみたいで。おままごとしたんですけど、覚えてないですかね」


 レンとマイは顔を見合わせる。


「ごめんな。全然覚えていないわ」

「ごめんなさいね」

「いえいえ、偶然とは言え会うことができてよかったです。ちなみに、お二人のその指輪って……」


 トリィネはぱっと顔を上げた。その目には薬指にかかったおそろいの指輪が映る。


「え?ああ、俺たち結婚したんだ。って言ってもまだまだ新婚だけどね」

「それはよかったです」

 


 マイは口元を手で覆って、ふっと笑った。

 

「お祝いの言葉はたくさんもらったけど、よかったですなんて安堵したような言葉は初めてだわ」


 マイの最もな意見にスレヴァーは微笑む。自分たちしか知らない結末。それに無意識に引っ張られ墓の方へ視線をやる。

 

「ホントですね。自然と出ちゃいました」


 視線の先にある墓石をちらりと見て、何かを察したようにほんの僅か眉を下げる。

 

「たしかに良いことには違いないものね。ありがとう」


 レンとマイは慣れたように、一緒にお辞儀をする。息ぴったりなその様子から、何度もしてきたことがうかがえる。

 

「それじゃあ、俺たちもう行くな」

「はい、またどこかで会ったら」


 スレヴァーは2人の背中を最後まで見送る。彼らの影も見えなくなった頃、トリィネは言葉を漏らした。


「なんでなの……」

「そんなに金を貰えないことがショックか?」

「そんなことどうだっていい!トリィたちのこと忘れちゃってるんだよ。まるで最初から依頼なんてなかったかのように」


 スレヴァーはトリィネの肩に手を乗せる。彼女の肩は激しく震えていた。


「トリィ、歩けるか?」

「……うん」

「じゃあ、歩きながら説明しよう」

「説明って……お兄ちゃんは知ってるの?どうしてこんなことになってるのか」

「じゃなきゃ、こんなに落ち着いていられると思うか?ほら、行くぞ」


 スレヴァーの後をトリィネは追う。その足には、今までのような力強さがないようにスレヴァーには感じられた。

 

「元々俺たちはレンさんの依頼を受けて過去に行った。依頼の内容は手紙を渡してくれだったな」

「そうだね」

「で、俺たちは過去に行き、無事手紙を渡し終えた。それにより、レンとマイの未来を変わり、結婚までしてたわけだ。めでたし、めでたし」

「でもトリィたちにとってはめでたしで終わってないよ。レンさんは、手紙のことを忘れてるんだから」


 スレヴァーは指をクロスさせてバツを作る。


「ブッブー。違います。彼は依頼のことを忘れてなどいません」

「え?」

「レンは依頼のことを知らないんだ」


 トリィネは何かを悟ったように息を止める。

 

「……もしかして。未来が変わったから?」

「そう。そもそも手紙を渡していない後悔も、マイが亡くなることもないんだ。レンには依頼をする理由がない」

「つまり、依頼を忘れたんじゃなくて、依頼そのものがなくなった」

「正解!」


 スレヴァーは指を鳴らすと、トリィネは満足そうに頷く。しかし、早々にその顔に影が落ちた。


「……でもさ。だったらトリィたちのやったことって意味あったの?」

「意味しかねぇだろ。俺たちが手紙を渡したからこそ、あの二人は結婚してんだ」

「……でも、レンさんは忘れてた」

「忘れたんじゃなくて、最初から依頼なんて存在しなかった。未来が変わったからな」

 

 トリィネは黙り込み、唇を噛んだ。

 

「……じゃあ、あの時のレンさんの気持ちはどこいっちゃったの。手紙を託すくらい大事にしてた気持ちが……」

「あるさ」

「でも!」

「ちゃんとマイさんに届いたんだ。だから今のレンにはもう抱える必要がない。ただそれだけのことだ」

 

 あっけらかんと言うスレヴァーにトリィネは目を見開いた。

 

「……お兄ちゃんって、冷たすぎない?」

「冷たくねえよ。結果オーライ、依頼成功。あの二人は幸せそうに並んでただろ?それともマイさんが死んだ未来の方がいいっていうのか?」

「そ、そういうわけじゃない。ただ、その……トリィたちのやったことは誰も覚えてないって思うとひどく辛いの。それに、幸せそうにしてるレンさんを見て嬉しいはずなのに、トリィたちのことを忘れてるのが悔しい。そう思う自分が──」


 トリィネは俯き、その表情は一層暗くなる。


「……誰も覚えてないわけじゃない」

「え?」

「少なくとも俺は覚えてる。お前が必死だったことを。そしてお前も覚えてる。俺が必死だったことを。それは変わらない」


 トリィネは一瞬顔を上げるが、その顔色に変化は見られない。


「トリィ達しか覚えてないなら、こんな記憶ない方がいい。寂しいだけだよ」


 中々立ち直らないトリィネは更に疑問を投げかける。

 

「そうだよ。なんでトリィ達は覚えてるの?変わった未来を、こんなにも鮮明に」


 問いかけに、スレヴァーは口を開きかけ、すぐに閉じた。しばし考え込み、肩をすくめる。

 

「それは……俺にもわからない」


 トリィネは言葉を失ったように黙り込む。ただ俯いたまま、靴先で地面を蹴る。


「誰も覚えていないことをやり続ける意味ってあるのかな」


 スレヴァーは少しだけ空を仰ぎ、口の端を上げた。


「意味なんてあとから勝手についてくるもんだ。意味がないと思ってやったことも、いつか意味になんだよ」

「……そうかな」

「そうだろ。手紙を渡しただけで、人の命が救われたんだ。誰がそんな展開、想像するよ」

 

 トリィネは小さく息を呑んだ。

 

「だから俺は、とりあえず動く。時間はいくらでもあるんだ。だったら止まってる方が、よっぽどもったいないね」


 スレヴァーはタイムマシンを背に、親指を後ろに向ける。


「だから、トリィネ、次の依頼に行くぞ」


 トリィネは穏やかな笑み浮かべる。迷いは拭いきれていないように見えたが、行動する気力は湧いたようだ。すれ違うようにしてスレヴァーの後ろへ歩いた。


「もぉ〜先にバイクでしょ?」


 そう言うと助手席に乗り込む。それを後ろからスレヴァーはあっけらかんと眺めた。思ったよりも速い立ち直りに、少しばかり驚いていたのだ。

 自分がこの体質に気づいた時を思い返す。


「あんなに冷静ではなかったな……」

「お兄ちゃん、なに外で突っ立ってんの?さっさと行こうよ」

「おう!」


 未来へ向けて走り出すタイムマシン。 その振動を感じながら、スレヴァーは小さく息を吐いた。


──いつか意味をなす。そう、この運び屋としての仕事も。その時はきっと、もうすぐそこまで来ている。

一区切りつきました。

ストックないんで投稿ペース落とします。

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