第19話 恋慕舞い散ることを知らず②
未来に戻った2人は、墓に向けて車を走らせる。トリィネのテンションは、墓に向かう者のそれとは懸け離れていた。鼻歌を歌っている。
「なにがそんなに楽しいんだ?」
トリィネは歌うのをやめると、嬉しいそうに、時折笑みを零しながら答える。
「だって〜今回結構いいことしたんじゃなーい?レンさんも喜んでくれるよね〜」
「……だといいな」
「なに浸り顔してんの。あ、そう言えば、報告終えたらさ、バイク修理しに行こう。もう歩くの大変だよ〜」
スレヴァーは無意識にミラーを覗き込む。映り込んだ後ろの空間には、バイクが1台置かれていた。ところどころ傷のついたそのバイクは、動き方を忘れたように見える。
「ああ〜そうだな。そろそろ向こうの時間も進めたいし、いいタイミングかもしれん」
「じゃあ、決まりね」
次の目的が決まった頃、スレヴァーたちは数時間前と同じ場所に戻ってきた。同じように路肩に車を停めて2人は墓へと向かう。その足取りは数時間前と変わらない。浮足立った様子のトリィネと反対にスレヴァーは浮かない表情でトボトボと歩いていた。
「お兄ちゃんってば早く!レンさんこんな暑い中待たせたら悪いよ」
「ヘイヘイ」
返事をしながらも、スレヴァーは足取りを早めることはなかった。
トリィネは一人墓地に入ると首を傾げる。スレヴァーの方へ振り向く彼女の顔は困惑に満ちていた。
「レンさん居ないんだけど」
スレヴァーはため息をつきながら、墓場に足を踏み入れる。周りに人の気配は感じられない。
「もしかして……レンさん逃げた?いや、もしかして遅刻?」
「あそこまでしてやって逃げられたら傑作だな」
「いやいや、全然笑えないよ!あ、もしかして実は失敗してたとか?レンさんは結局手紙を渡してなかったんじゃ」
スレヴァーは慌てるトリィネをあとに、墓地の奥へと足を運ぶ。
「絶対そうだよ。依頼は完了してなかったんだよ」
「それはないな」
「……どうして?」
スレヴァーはおもむろに墓石を指さす。
「それって確かマイさんのお墓だよね?」
「正確には墓下家の墓だ。ここ見てみろ」
トリィネは駆け寄るとスレヴァーの指した位置に目を凝らす。そこにはいくつかの名前が刻まれていた。
「ここには故人の名が刻まれるんだが──」
「──マイさんのはない。これってつまり」
「未来は変わったらしい」
トリィネの鼻が大きく開く。しかし、嬉しそうな表情は一瞬で崩れた。
「ってことは、依頼は完了したのにレンさんは来てないんだ」
「とにかくもうちょっと待ってみて……でも、もし来なかったら……って、お兄ちゃんはなんでそんな落ち着いてられるわけ?」
「そりゃあ、予想できてたから」
「予想できてたって、レンさんが来ないことを?」
「うん」
トリィネは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「あとからなら何とでも言えるよね」
スレヴァーは足早に墓地から出ようとする。それを見てトリィネは咄嗟に彼の腕を掴む。
「えっと、待たないの?もしかしたら来るかもしれないじゃん」
「いいや、来ない。墓を見て確信した。待つだけ時間の無駄だ」
「いつも時間はいくらでもあるとか言ってんじゃん」
「いくらでもあるだけだ。無駄にしていいわけじゃない。さっさと行くぞ」
トリィネは肩を落とし、渋々スレヴァーの後を追う。何やらブツブツ言っている彼女を無視して、スレヴァーは歩き続けた。墓場の重い空気がそのまま纏わりついている。スレヴァーにはそう感じられた。
二人が墓から一歩外へ出ると、突然、犬がトリィネに飛びかかる。緊張で張り詰めた糸を、急に切られたような感覚に襲われた。スレヴァーは驚きのあまり大声を出してしまう。
「うああああ――!」
「ちょっと住宅地なんだからあんまり大声出さないでよ」
スレヴァーとは対照的に、トリィネは落ち着いた様子で犬を撫でる。それが嬉しいのか、犬は尻尾をこれでもかと振っていた。
「犬カッワイイー。もしかして動物に好かれやすいのかな……」
「勘違いだろ。ほれ、俺に撫でさせてみろ」
伸ばしたスレヴァーの手に犬がためらいなく噛みついた。皮膚を突き破るほどではないが、歯の食い込む感触が指先から腕に響き、彼は思わず顔を歪めた。
「っ……痛っ!?」
慌てて手を引き抜くと、赤く腫れた跡が残っている。歯形がくっきりと並び、軽傷とはとても言えない有様だ。スレヴァーはその手を押さえ低く呻いた。
「このクソ犬、本気で噛みやがった」
「ちょっと、クソ犬なんて酷いよ。ねぇ~」
犬はスレヴァーにそっぽを向き、すぐにトリィネのもとへ駆け戻り、嬉しそうに尻尾を振ってじゃれついている。頬を舐められたトリィネはケラケラ笑いながら頭を撫でた。
「っていうか、飼い主はどこいったんだ。一言文句言ってやらねえと気が済まん」
スレヴァーが周りを見渡してみると、遠くから走ってくる男の姿が見えた。何かを必死に伝えようと手を振りながら2人目がけて走ってくる。
「す、すみませ〜ん」
男が近づくと、犬はトリィネから離れ彼目掛けて駆け出す。飛びかかる犬を慣れた手つきで抱きかかえるが、勢い余って顔にべったりと押しつけられる。茶色い毛並みが視界を覆い隠し、表情はまるで見えない。
「うわっ、ちょ、ちょっと待てって!」
必死に犬を押しのけると、その下から現れた顔を見て、スレヴァーとトリィネは同時に目を見開いた。
「──レンさん!」
レンは不思議そうに首を傾げる。
「えっと……どこかで会ったっけ」
「……え?」
トリィネの困惑した声は犬の呼吸であっという間にかき消された。
今日はクリスマスです。皆さんは今日予定ありますか?
僕?僕はバイトです!




