第17話 恋慕舞い上がることを願う
レンに手紙を渡す依頼は果たされた。だが、やることはまだ残っている。報告も兼ねて、ひとまずスレヴァーはトリィネと合流した。
「おつかれ、お兄ちゃん」
トリィネはタオルをスレヴァーに手渡す。貰ったタオルに顔を埋めながら、スレヴァーは深い息を吐いた。
「結構大変そうだったね」
スレヴァーはタオルから顔を離す。びしゃびしゃの頭を拭きながら、トリィネに鋭い視線を送った。
そんな視線など露知らず、トリィネはドローンを丁寧にしまっている。スレヴァーとの会話など片手間といった具合であった。
「まさか屋根に登るとは思わなかったけど……。結局渡せて良かったね」
「結構無理矢理だったけどな」
「レンさんは押し付けるくらいじゃないとたぶん受け取らないよ。なんにしても依頼は完了したわけだし、それでいいんじゃない?」
スレヴァーはペットボトルの水を一気に飲み干す。すっかり温くなった水も、彼の体温に比べれば冷たいものだ。潤いが喉を通るのを感じながらスレヴァーは言葉を吐き捨てる。
「帰る準備をしてるところ悪いが、依頼はまだ終わってないぞ」
トリィネはドローンをしまう手を止める。
「忘れたのかトリィネ。レンさんの依頼は、マイさんの手にラブレターが届くことで終わりを迎えるんだ。このあと彼がそうしないなら、俺たちがあの手紙を渡してやる必要があるんだからな」
トリィネは頭をガックシ落とす。漏らす言葉もないのか、固まったままのトリィネからは哀愁が漂っていた。
「それとな、トリィネ。せっかくしまってもらったところ悪いが、ドローンはまだ使う」
「はあ!?」
「おお〜でかい声」
トリィネはドローンを地面に置くと立ち上がりスレヴァーに詰め寄る。
「なんでもっと早く言わないの!」
「俺としては早めに言ったつもりだ」
「しまい終わってたらそれはもう遅いんだよ……」
トリィネは俯きながらドローンの横にちょこんと座る。彼女から漂うオーラが一層暗くなったのを、スレヴァーは感じ取っていた。
「それでどう使うっていうの?」
「手紙を受け取ったレンさんがどう動くか、これに俺たちの先の動きはかかってる」
「つまり、ドローンでまた監視すればいいのね」
「そゆこと〜」
トリィネの目がスレヴァーを貫く。心臓が凍えそうなほど冷たい視線に、彼は体を震わせた。
「あんま私をイライラさせないでね。その新品のスーツ破きたくなっちゃうから」
「……すみません」
トリィネは早速ドローンを起動させる。辿々しいその動きから少し心配であったが、扱いに関してはスレヴァーよりも随分と上手くなっていた。この短時間で相当慣れたようである。スレヴァーは感心するように頷いた。
「そういう細かい動きが私をイライラさせてるってこと、忘れないようにね」
「は、はい」
妹の隣で縮こまるスレヴァーに、いわゆる兄のような威厳は見られない。冗談を交わしながらも、二人の視線はドローンのモニターに吸い寄せられていた。依頼の結末を見届けるために。
完全に日の落ちた外は、想像よりも真っ暗で先ほどまでに比べると、随分と見づらい。野球部を発見こそできたが、顔を見分けるのは至難の業であった。
「これって暗視モードとかないの?」
「ない。安もんだからな」
「こんな状態でどうやって探すの?」
「時間はいくらでもあるんだ。もうちょい観察してようぜ」
レンに手紙を渡すことができたためか、スレヴァーの中には余裕が芽生えていた。しかし、この判断は彼らを苦しめる。当然、レンを見つけることなどできるはずもなく。時間だけが流れていった。
画面を見ながらトリィネはボソッと呟く。
「あれ、まずくない?」
「ああ、まずいな」
部員たちは運動場の整地を始める。その動きから彼らが帰る準備を始めているのは明らかだった。
何か解決策を考えようにも、疲れからかスレヴァーにそれを考える余力はなかった。タイムトリップをすると、時間感覚がズレがちだ。思えば随分と長い時間寝ていないような気がする。加えて、長時間日の下にさらされて、動き回ったのだから体力切れも納得がいく。突如トリィネが手を叩いた。
その表情から何かいい思いつきをしたのは明らかである。
「よく考えたらレンさんを追う必要なんてないよ」
スレヴァーはトリィネを憐れむような目で見る。どうやら彼女も熱で頭をやられてしまったようだ。
「……一応聞くがどういうことだ?」
「レンさんじゃなくてマイさんの方を追えばいいんだよ。マネージャーなら数も少ないし、すぐに見つかるよ」
「確かに……彼女からレンさんにも繋がるか」
トリィネは指を鳴らすと、そのまま指の先をスレヴァーに向ける。
「その通り!」
「よし、早速マネージャーを探そう」
「さっき会ったときマネージャーは制服だったから……。あ、いた!」
画面にはセーラー服を着た女性が3人。相変わらず顔は見えないが、女子は髪形に個性が出る。
「確かマイさんはポニーテールだったよね。ピンクのゴムでまとめてた気がする」
「そうだな。つまり、真ん中のこの人がマイさんか」
「マイさんを追っていけば、そのうちレンさんも出てくるはず」
「……そのうち、なんてこともなかったな。見てみろ」
マイさんに近寄る影が1つ。野球部の格好をしたその男は、マイさんと何やら親密そうに話している。
「これ、レンさんかな?」
「だといいが」
「あ、2人でどこかに行くみたいだよ」
上空からのドローンカメラには、2人並ぶ姿が写されている。どこかに向かっているようだ。必死に2人の動向を追っていると、突然カメラが止まり、2人は画面から漏れてしまった。
「ちょ、トリィネお前何してるんだよ!ドローンちゃんと操作しろ」
ドローンは再び動き始め、すぐに2人に追いつく。否、追い越した。思わずスレヴァーはトリィネの顔を見る。
「なにしてん……だ」
その表情から彼女が焦っているのが伝わる。
「ど、どうしたんだよ」
「まずいよ。私達早く隠れないと」
カメラに映る2人の影。その影はしゃがみ込み何かをのぞき込んでいる。加えて、聞こえてくるドローンの羽音。
レンとマイを追い越したドローンがスレヴァーたちの下に帰ってくる。
「もしかして……」
「2人はこっちに向かってる」
「まずいじゃねえか」
「だからそう言ってんじゃん!どこか隠れる場所……」
校舎をチラ見すると奥から2人の話し声が聞こえてくる。走るとバレそうなほど、すぐそこまで来ているようだ。スレヴァーは周りを見渡すが、どこにも隠れられそうな場所はない。
「お兄ちゃんこっち!」
スレヴァーは腕を引っ張らて、されるがまま側溝にねじ込まれる。
「ちょ、お前スーツが!」
「静かにして!緊急事態なんだからしょうがないでしょ」
前日に雨でも降ったのだろうか。ジメッとした側溝に、スレヴァーは渋々体を押し込む。汗と混ざってその不快感は倍増した。
側溝から体がはみ出ないよう片目でチラ見する。暗くてうまく見えないが、レンとマイが2人で話しているのは確かだった。
耳に意識を集中するが、話し声が聞こえるだけで、会話の内容までは分からなかった。
スレヴァーは頼みの綱のトリィネに、吐息混じりのヒソヒソ声で尋ねる。
「トリィ聞こえるか?」
「ぜんっぜん聞こえない」
何やら数分話していた2人だが、やがてレンがポケットに手を入れた。
暗がりの中、白いものがちらりと光った気がした。スレヴァーは片目を細める。次の瞬間、マイの手元にそれが収まっていた。
「お兄ちゃん、あれって!」
「……ああ」
状況からスレヴァーは依頼完了を確信する。どうやらレンは決断できたらしい。
「これで全然関係ないもの渡してたら面白いけどね」
トリィネの冗談にスレヴァーは一人苦笑いをする。しかし、それもすぐに杞憂であるとわかる。
「まあ、たぶん大丈夫だろ。あの様子を見るにな」
暗い校舎裏でレンとマイの影が重なる。これが彼らの未来をどう変えるのかは分からない。
死という壁を越えるのは、過去に遡ってもなお難しい。だが、少なくとも今は変わった。
二人の胸にあった後悔が、ほんの少しでも薄れたのなら、役割を果たせたと言えるだろう。
スレヴァーにとっては、それだけで十分だった。
メリークリスマス!!




