第15話 恋慕舞い降りることを誓う③
「よっしゃ!よーい、ドン!」
スレヴァーは綺麗なクラウチングスタートを決め、地面を強く蹴る。最初から全開だ。体が前に飛び出し、景色がぐんぐん後ろに流れていく。
前方には、列を成して走る野球部員の背中が見える。
「……結構速いな」
スレヴァーは舌打ちをしながらもペースを上げる。心拍音が徐々に激しくなり、内側から鼓膜を強くたたいた。
流れる景色の端でマイを含めた女子3人と先生が小さく動く。いつの間にか校門前を過ぎたようだ。
「あ!先生あの人!」
マイの声も景色とともに流れていく。後方から何か叫ぶ声が聞こえたが、それを無視してスレヴァーは走り続けた。
聞こえてくる声はもう1つ。右耳に着けたイヤホンから、馴染みある声がいつもとは違った雰囲気で聞こえてくる。
「あーテステス、こちらトリィネ。お兄ちゃん聞こえる?」
走っている最中だというのに、お構えなしでトリィネは返事を要求する。スレヴァーは荒い呼吸の中で、なんとかタイミングを見つけて返事をした。
「……ああ」
「レンさんたちはすぐ目の前だよ。って、もう見えてるだろうけどね」
野球部員たちの背中がどんどん近づく。その距離は最後尾の背番号が見えるまでになっていた。
一定の間隔で鳴る足音を、荒々しく地面を蹴る音が乱す。スレヴァーは部員たちを追い抜くたびに顔を覗き込む。皆多種多様な顔ではあるが、警戒からか同じような表情に変わる。
1人また1人と追い抜き、先頭の顔を確認したところで、スレヴァーはお目当ての相手を見つけることができた。
レンは他の部員と同じように、驚いた表情をする。その顔には恐怖も同居しているように見える。
「は!?あんたなんで!」
「言ったろ?お前に手紙を必ず受け取らせるって」
学校に隣接する神社の横を通り、先には住宅地が広がる。ここまで長い上り坂を走ってきた。スレヴァーの息も当然荒くなる。しかし、それはレンも同じだった。にも関わらず、レンは疲れなど感じていないかのように、後ろの連中を置いてけぼりにしてスピードを上げる。
「待ってくれ!もう一度話を聞いてくれ」
レンは聞く耳など持たず、住宅路をくねくねと動き回っていた。
「お兄ちゃん!」
「なんだ!?」
「うわ、声デッカ」
「疲れて……声量を……調節できない!」
「あーそゆこと。それより、お兄ちゃんたちルートから凄いズレてるよ。他の子たちは真っ直ぐ進んだのに、2人だけ変な道走ってる」
おそらく、レンはこの路地で自分を撒くつもりなのだろう。スレヴァーはそう思った。実際、2人の距離は着実に離れている。そろそろスピードを上げよう。そう考えながら路地を右に曲がったとき。
「……いない」
スレヴァーの心臓がより一層強く跳ねる。力の抜けた足取りで、次の分かれ道まで進む。左右を見渡すがそこには誰もいなかった。
スレヴァーは異物感を抱きながら、イヤホンをより耳の奥に押し込む。
「……トリィネ」
「な〜に?方向音痴のお兄ちゃん」
「レンを見失った」
少しの沈黙のあと、大きなため息が聞こえる。
「だと思った。上から見てたらお兄ちゃんすごい間抜けだったよ。同じ道を走ってるのに、バカの1つ覚えで追いかけ回して」
スレヴァーは誰も見ていないというのに、恥ずかしさで顔を赤らめる。
「あれ、黙っちゃって。ちょっと煽りすぎちゃったかな」
「トリィネ、レンの位置を教えろ」
「……言っとくけど普通に追いかけてたら、追いつく前に部員たちと合流されちゃうからね」
「大丈夫だ。最短ルートで行く」
スレヴァーは地面を蹴る勢いのまま、近くの電柱を踏み台にして塀へと飛び乗った。瓦の端を掴み、腕の力で一気に身体を引き上げる。重力に逆らうような動きは荒々しいが迷いがない。
屋根の上に立つスレヴァーを、沈みかけたオレンジの太陽が鈍く照らした。彼は思わず目元を手で覆う。
「……なるほどね。お兄ちゃんらしいや」
「方角だけでいい。道を覚えるのは苦手だ」
「オッケー。太陽を見て6時の方向に──」
言葉を遮るように、屋根を蹴って駆け出した。夕日を背に受け、瓦の列を一直線に踏み抜いていく。隣家の屋根に跳び移るたび風が頬を裂いた。
視界の下に、必死で走るレンの背中が見える。角を曲がる彼の動きを先回りするように、スレヴァーはさらに速度を上げた。
そして次の屋根の端で力強く地面を蹴る。影が宙を舞い、夕日のオレンジに包まれて落下した。
「……っ!」
砂煙がわずかに舞い上がり、レンは足を止める。息を荒げながらレンの目をじっと見つめた。
「ど、どこから……」
「見てたろ?上からだ」
にじり寄るスレヴァーから逃げようと、レンは再び彼に背を向ける。しかし、レンの行く手をドローンが塞いだ。
狭い路地にドローンの羽音が、重く鳴り響く。レンの不安感を煽るように──。




