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第14話 恋慕舞い降りることを誓う②

「ハアハア、もう…………いいよね?」

「ああ、というかお前疲れすぎだろ」


 トリィネは息も絶え絶えといった具合で、なんとか反論をする。

 

「私はね。どちらかと言うと長距離なの。それなのに、お兄ちゃんのペースで走ったら、そりゃ疲れるでしょ」


 2人は休憩のため地べたに座り込む。真夏の全力疾走はずいぶんと彼らの体力を削ってくれた。

 息も整いトリィネはいつものテンションに戻る。


「それにしても、このあとどうするの?全然受け取ってくれる気配はないし。って聞いてんの?」


 スレヴァーは1人トリィネのリュックを覗く。トリィネの言葉には耳も向けず、適当に返事を繰り返した。


「もしかして、いい案が浮かんだとか?」

「ああ」

「それどんな案なの?」

「ああ」

「……絶対適当に返事してるよね」

「ああ」


 スレヴァーの頭に強い衝撃が走る。突然のことに驚きながら顔を上げると、トリィネが2発目を繰り出そうと構えているところであった。


「ちょ、ちょっと待て。落ち着け」

「だったら早く説明してよね」

「分かったからその手を下ろしてくれ」


 スレヴァーが落ち着くよう手で合図する。不満そうな表情はそのままに、トリィネはゆっくりと手を下げた。


「実は、校舎の偵察に使えると思って、今回こんな物を持ってきてたんだ」


 スレヴァーはリュックの奥からケースを取り出した。黒いハードケースを「カチャリ」と開けると、中から小型のドローンが現れる。プロペラ部分は折り畳まれており、金属光沢が陽の光を反射してきらめいた。


「タラララーン」

 

 わざとらしく効果音を口にしながら、高々と掲げる。


「……ってドローン?」

 

 トリィネが目を丸くして身を乗り出した。


「そうだ。軽量型だけどカメラは高性能だぞ。レンの格好覚えてるか?」

「えっと、全身白い服に、白いキャップをしてた」

「そうだ。でもって、あの格好の部活は間違いなく野球部。となると、活動場所は」

「外だ!だからドローンで偵察しようってわけね」


 結論を言えたことに満足したのか、トリィネは嬉しそうに何度も頷く。


「っていうか勝手にトリィのバッグにもの入れないでよ」



 スレヴァーは無言で機体を広げ、バッテリーを装着する。「カチッ」と音が鳴ると、プロペラが一瞬だけ回転して起動を知らせた。スマホを取り出し、専用アプリを立ち上げると、画面にレンズ越しの景色が映し出される。


「おお……映ってる!」

 

 トリィネが覗き込み、目を輝かせる。


「じゃあ早速飛ばすぞ」

 

 スレヴァーは慎重に操作スティックを倒した。機体は低いプロペラ音を響かせふわりと宙へ浮かび上がる。


「わぁ……本当に飛んだ!」

 

 トリィネは手を振りながら、まるで紙飛行機を見送る子供のように目を輝かせていた。

 ドローンは2人からぐんぐん遠ざかり、あっという間にカメラに映らなくなる。

 画面には、制服姿の生徒たちが小さく映り込む。機体は帰宅途中の生徒たちの頭上をかすめながら校門前へとたどり着いた。


「なんか映ってる?」


 トリィネはスレヴァーと画面の間、頭を無理やりねじ込む。


「バカ!見えないだろうが」

「あ、ごめんごめん。つい気になって」

「ったく。墜落でもしたらどうする気だ」


 トリィネの頭を押しのけて、スレヴァーは小さい画面を凝視する。対象から相当離れているが、顔の識別ができる程度にはきれいに映っていた。流石高性能カメラと言ったところか。スレヴァーはいい買い物をしたと口元が緩む。


「で、どうなの?何か映ってる?」

「ああ、バッチリな。マイとさっきの先生が……」

「どうしたの?」

「レンがいないんだ。どこ行ったんだ……」


 操縦の邪魔をしないようにカメラを見るため、スレヴァーと頭をくっつけていたトリィネが、またもカメラに顔を近づける。


「おい、邪魔だって言ってるだろ」

「いや、分かってるんだけど……ねえ、これズームとか出来ないの?」


 渋々操作すると、画面が「カクッ」と切り替わり、マイの姿が拡大された。

 ピントが調整され、彼女の手元に一際鮮明な物が映し出される。


「……ストップウォッチ?」

「わーお!ほらやっぱり!マイさん、ただ待ってるわけじゃなかったんだ」


 トリィネが嬉しそうに手を叩く。それと同時に、野球部員の一団が汗だくになりながら、画面に割り込んでくる。

 

「なるほどね」「そういうことか」


 ズームアウトをして、野球部員全体を観察する。当然部員の中にはレンの姿もあった。タオルで汗を拭く彼らにマイは水筒を渡して回っていた。


「まったく、暑い中ご苦労なことだね」

「どうやら俺も同じようなことをしなきゃならんらしい」


 スレヴァーは足を重点的にストレッチを始める。そんな彼にトリィネは不思議そうな目を向けていた。


「急にどうしたの?」

「こいつらどうせまた走るだろ。ほら、並び始めた」


 画面上では、部員がきれいに列を作り始める。休憩を終えて再び走りに行くようだ。


「レンに接触するなら今がベストだろう。校舎に入られたら手出しできないし、そしたら帰宅時間まで待つことになる。これ以上待ってられないだろ?」


 これまでの数時間をスレヴァーは思い返しながらトリィネに言葉を投げかける。トリィネも気持ちは同じようでコクリと頷いた。


「私は何をすればいい?」

「トリィネはドローンを操作してレンを追ってくれ。追いながら──」


 スレヴァーはイヤホンを耳に入れる。


「俺を案内してくれ」

「う――ん。難しくない?」


 ドローンの操作、地図の確認、スレヴァーへの指示。彼女の言う通り、中々難しい作業のように思える。スレヴァーもそれは感じていた。


「それはそうなんだが……運動は俺のほうが得意だろ。それに俺は──」

「──方向音痴か〜」


 スレヴァーは相当な方向音痴である。地図を見るだけではどうも目的地にたどり着くことができない。もはや才能と言っても差し支えないレベルであった。

 トリィネの指示に何度助けられたことか。直進もびくびくしながら進む男。それがスレヴァーなのである。

 

「お兄ちゃんには無理だね」


 普段は反論するスレヴァーも、今回ばかりは大人しく受け入れる。


「そうだ。だから、頼むぞ」


 トリィネはドローンのコントローラーを手にとり、マップを開く。スレヴァーは荷物をカバンにしまうと軽い準備運動を始めた。


「まあ、やれるだけやってみますよ。ほら、レンさんたち走り始めちゃうよ」


 「へいへい」と悪態をつきながらスレヴァーはしゃがみ込み、走り出しの構えを取った。

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