第12話 恋慕舞い踊ることを望む②
「うわぁ――――」
スレヴァーは慌てて体を起こす。
スレヴァーの声をアラームに、トリィネも飛び起きる。
「な、なに。どうしたの!?」
トリィネはぼんやりとした意識の中で周りを見る。女性も一瞬視界にはいるが、彼女にはすぐどうでもいい存在になった。
多くの学生が、帰路につき道を歩いていたのだ。トリィネはそのまま倒れ込むと、空を仰ぎながらブツブツと独り言を呟いていた。
「なーんか嫌な予感するんだけど」
「もしかしたらレンさんたち帰っちゃったかな」
「2人とも私のことを無視するの?」
スレヴァーが立ち上がり、女性のことをチラ見する。
目が合った瞬間、スレヴァーは息を呑んだ。
その女性は端的に言えば美人だった。向けられた視線が、どこかむず痒く感じるほどに。その顔立ち故に、見られるだけで耳が赤くなってしまう。
背中まで伸びた青色の髪は、光を反射して水面のように揺らぎ、エメラルドグリーンの瞳は、まるで宝石のよう。あまりに整った顔立ちに、人形を思わせる美しさすら感じる。
美人に目を引かれてしまうスレヴァーであったが、その感情の中には恐怖も混じっていた。
風も空も生き物も、彼女を引き立たせるために動かされているように見えたのだ。彼女が現れてから、やけにセミが静かな気さえする。当然、自然をどうこうできるような力があるはずなどないが、彼女ならしてしまいそうな。そんな凄みが漂っているのである。
「2人はこんなところで何をしているのかな?」
低くも澄んだ声が響いた瞬間、スレヴァーの肩がびくりと揺れた。問いかけでありながらそれは命令のように響く。
「ひ、人を待ってるんです」
「人を……待つ?」
エアルスはわずかに首を傾げ、間を空けた。
「誰を?」
追い詰めるようなその声音に、スレヴァーは答えを探そうと口を開く。だがすぐに、彼女の次の言葉が重なる。
「どうしてここで?」
まるで会話の糸をすべて彼女に握られているかのようだった。
スレヴァーは写真を見せようと手を伸ばすが、その手をトリィネがさっと押さえる。
「お姉さん、さっきからすごい構ってくるけど、誰なんですか?」
「『誰』というのは名前を聞いてるの?それとも、どういう存在かということ?」
「どちらも聞いています」
「そう、なら答える。名前はエアルス、ここの卒業生。今日は、部活のOBとしてここに来た」
トリィネは女性を睨みつけるが、女性の表情はミリ単位で変化がない。飄々とした態度で、淡々と応える。
「エアルスさん……海外出身の方ですか?」
「いいえ、日本生まれ日本育ち」
ふと、エアルスの視線がするどくなる。
「そろそろ私の質問に答えてほしい。誰を待っているの?」
「……お姉さんに言う必要はありません!」
その瞬間、エアルスは笑った。瞳の奥に氷のような光を宿しながら。
「あなた自分は質問に答えてもらっておいて、それは失礼じゃない?それに……」
「それに?」
彼女は、するりとスレヴァーの方へ身体を傾ける。宝石のような瞳が、まっすぐに彼を射抜いた。
「私が話をしたいのは彼の方なのに、どうしてさっきから割り込んでくるの?」
エアルスはスレヴァーへ歩み寄る。2人の距離が人一人分もなくなったところで彼は思わず半歩さがる。それでも寄ってくる彼女に息を呑んだ。
その瞬間、エアルスは後ろに飛び退く。スレヴァーは忘れていた呼吸を再開し深く息を吸い込んだ。
諦めてくれたのかと安堵しながら、エアルスを見上げると、彼女の手には紙切れが1枚あった。
「………あっ!」
彼女の手にあったのはレンとマイの写真。スレヴァーとトリィネは咄嗟に二人がかりで飛びかかる。
エアルスはそれを踊るようにかわすと、校門に立ち二人を見下ろした。
帰宅途中の学生の注目を一点に集めながらも、それを気にすることなく、彼女は口を開く。
「この2人を探しているの?」
「返してください!」
「それにしても不思議ね」
トリィネは見上げながら、苦しそうに声を捻り出す。
「なにがです!」
「あなたたちは人を待っているのでしょ?状況から見て、この写真に写る2人がその相手なのだけれど……。卒業生を学校の前で待つなんて、おかしな話じゃない?」
スレヴァーは息を整え、淡々と言葉を発する。
「…… 別におかしくないと思います。片方は卒業してますけど、もう一人はまだ在校生なんです。だから学校の前で会えるはずです」
エアルスはスレヴァーの目を、見透かしたように見つめる。どこか目を逸らしたくなるが、必死に食らいついていた。
エアルスは視線を細める。
「なるほどね……。もう1つ、写真に写る日付が2003年になっているのだけど、今年は2002年、どうして未来の写真を持っているの?」
スレヴァーは短く息を止めた。すぐに思考を巡らせるが、答えは出ない。全く別のことに思考が引っ張られていたからだ。
この積極性と的確性からエアルスは時衛隊の人間なのではないか。その疑念がスレヴァーの中を駆け巡る。
疑念が違えど目の前の女性が彼にとって危険な存在であるということに変わりはない。本能で口をつぐむ。
「無理に聞き出すつもりはないけど……答えられないの?」
一瞬、柔らかく笑ったかと思うと、その声色には鋭さが混ざった。
「ただ、あなたたち……このまま動けば、きっと誰かに見つかる。そして、その誰かは私ほど甘くない。私の言いたいことわかる?」
スレヴァーの背筋が冷える。エアルスはそれを確認するように軽く頷いた。
「忠告よ。これ以上は進まないほうがいい。もし進むなら……それなりの覚悟を持つこと」
エアルスは校門から飛び上がると静かに着地する。スレヴァーとトリィネの間を抜けて行った。
「あ、そうだ。スレヴァー!」
振り返ったスレヴァーに、エアルスは写真を投げつける。
「次は盗られないように。……それと、あれってあなたたちの待ち人じゃない?」
エアルスはスレヴァーたちの奥を指さす。その先に視線を移すと、今まさに、校門で何か準備をするマイの姿があった。
トリィネは餌を見つけた犬のように、マイ目掛けて走り出す。
スレヴァーは1人唾を飲む。何か不思議なものを見たような、そんな感覚だった。怖いもの見たさに、ゆっくりと後ろを向く。そこには、はじめから誰もいなかったように、ただ夕日に照らされた道だけが続いていた。




