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第10話 恋慕舞うことを恐れず②

 彼のいう『ちょっと』が、スレヴァーたちにとって『ちょっと』ではなかったと確信を持ち始めた頃、地面を蹴る音が墓まで響いてくる。額についた汗を拭い、スレヴァーは入り口に目を向けた。

 息を切らしたレンが膝に手をついて立っていた。その手には紙切れが2枚──。


「す、すまん……。待たせた……ちょっと休憩……させてくれ」


 レンの上がった息は段々リズムを取り戻す。最後に深く息を吸い込み、手に持った紙切れをスレヴァーに見せつけた。


「これを過去の俺に渡してくれ」

「……どういうことですか?」

「やっぱり俺にそんな大金を払うことはできない。でも、人じゃなくモノなら多少は安くなるんだろ?」

「……それは結局逃げじゃないんですか?」


 レンは、スレヴァーの責めるような言葉を堂々と受け止める。言い訳をすることもなく、自虐的に鼻で笑った。


「逃げ……かもな。未来の俺は、俺に選択を託した。そう考えると、不思議と気持ちは高ぶるんだ。けど、もしかしたら、そんなカッコいいものじゃなかったのかもな」


 レンは千鳥足でマイの墓石に近づく。片手を添えると声を震わせた。


「このチャンスを俺は無駄にしたくない。俺は過去の俺に選択を託す。それが俺の覚悟だ」


 スレヴァーはフッと笑う。レンの意思が純粋にうれしかったのだ。最初は詐欺だと否定したものに単に縋り付くのではない彼の態度が、スレヴァーから笑みをこぼさせる。

 スレヴァーはもう一度封筒を渡した。先ほどとは違う金額を提示する。レンは封筒から契約書を取り出す。その表情から迷いはもう感じられなかった。


「この内容で問題ない。それじゃあ、これ頼んでいいか?」


 スレヴァーはレンから封筒を2つ受け取る。片方は真新しい白色の封筒。もう片方は、随分と劣化して黄ばんでいた。どちらもビジネス用の封筒ではなく、レターセットに入っていそうな封筒に見える。


「これは、なんですか?」

「白い封のしていない方は、俺に渡してほしいんだ」

「こっちは?」

「──レター」


 さっきまでの男気はどこへやら、レンはモジモジし始める。スレヴァーは上手く聞き取る事が出来ず「はい?なんて言いました?」と聞き返した。


「だ、だから、ラブレターだよ!」


 スレヴァーは何も言えず固まる。微妙な空気を濁すようにトリィネは口笛を吹いた。


「それで、このラブレターは誰に渡せば?」

「マイに頼む。あと日付の指定をしたい」

「わかりました。何年何月何日ですか?」

「えっと、ごめんちょっとその……ラブレター見してくれないか?」


 スレヴァーは古びた手紙をレンに返す。やけに下手に出るレンが少し面白く感じられた。

 レンは封を丁寧に開けて中身を取り出す。封筒に比べると出てきた中身は随分と綺麗だ。手紙を眺めるレンの目尻が少し下がる。


「あーーそういうことか」

「なになに、どうしたの?」

 

 トリィネはレンのラブレターを覗き込もうとする。レンはそれを力いっぱい押しのけた。


「何やってんだテメェ!」

「え――ちょっとぐらい見てもいいじゃないですか〜」

「良いわけねえだろ!これを読んでいいのはマイだけなんだよ!……あっ」


 勢い任せで放った言葉にレンは縮こまる。その顔は急激に赤くなった。今度はスレヴァーが口笛を吹いて和ませるのだった。


「ったく。このガキはさっきまで俺に説教してたってのに、わざとらしく猫撫で声出しやがって。そんなんで騙せると思うなよ」

「えへへ。それで、時間はどうするんですか?」

「2002年のどこかにはして欲しい。あと、渡す順番なんだが、先に俺宛の手紙を渡してほしいんだ」

「まあ、わかりましたけど、一応理由を聞いても?」


 レンは自分宛ての手紙を見ながら、どこか遠い目をする。


「それには、俺を鼓舞するための言葉が書いてある。それで、俺が自分から動けるならそれがいいんだ。……もしダメだったとき、そのラブレターをマイに渡してくれ」

「ラブレターを渡すのは、あまり本意じゃなさそうですね」


 レンは目を見開いたあと小さく笑う。頭を掻きながら言葉を漏らした。


「そりゃ、できれば過去の俺に渡してほしいよ。でなきゃ、俺は俺に失望することになる」


 レンの言いたいことはよく伝わる。彼は言っていたのだ。過去に託すのが俺の覚悟だと。もしその意思を過去の彼が退けるのであれば、それを否定されることになる。いや、自ら否定することになる。

 

 スレヴァーはラブレターをチラ見する。その劣化具合からずっと前に書いたものであることが予想できた。それを持ち続けていたのだろう。いつか渡すことを願って。しかし、願いは叶わなかった。その願いを、スレヴァーは今、託されようとしていた。

 この依頼がどんな結末に辿り着くかは分からないが、ラブレターがマイに渡るようにはしよう。スレヴァーはそう誓うのだった。


 レンはスレヴァーにラブレターと1枚の写真を渡す。ボロボロの写真には制服姿の男女が横並びで写っていた。


「なんですか、これ?」

「これは俺とマイが高校のころに撮った写真だ。顔が分からなきゃ渡しようがないだろ?」


 スレヴァーは写真とラブレターをファイルに入れ、大事そうに鞄にしまう。これらにはレンの強い思いが乗っている。そう考えると、紙の軽さとは裏腹にどこか重く感じられた。

 

「では、この2つを2002年の2人にそれぞれ渡す。依頼内容に間違いはありませんね?」

「ああ。頼むぜ、2人とも」


 スレヴァーは笑顔で親指を立てる。トリィネはそれを見て、真似るようにピースサインをした。


「お金の用意頼みますよ。1時間後にここへ取りに来ますから」

「はいよ!」


 恋慕舞うことを恐れず③

 墓場から出て車までの道中、鼻歌混じりで歩くトリィネに、スレヴァーはデコピンをする。


「は?なにすんの」

「お前どういうつもりだ。わざわざ煽るような真似して」


 トリィネは額を擦りながら何か考えるように下を向く。


「だって……あのまま終わるなんて、そんなの、可哀想だと思っちゃったんだよ」

「……まあ、その気持ちが分からんでもないが、1回きりにしてくれ。気持ちが入りすぎるとよくない」

「……はい」


 俯いたトリィネの頭を撫でる。汗でベタついた髪は、彼の手に少しまとわりついて鬱陶しく思えた。それでも、スレヴァーは慰めるのをやめない。


「もう、わかったからやめてよ!髪ボサボサになっちゃうじゃん!」

「ごめん。でも、怒ってばっかじゃないんだぜ」

「褒めるようなところあった?」

「そりゃもちろん。あそこから契約成立に持ってくなんて、すげえじゃねえか」


 トリィネは恥ずかしそうに、指でほっぺをポリポリとかきながら、上目遣いで見つめてくる。


「そ、そうかな」

「ああ、そうだとも。それに──」

「それに?」

「お前の中の芯みたいな物が見えて、ちょっと嬉しかった……」


 スレヴァーは自分で言いながら、恥ずかしくなってくる。血が一気に頭に流れるのを感じた。

 トリィネと顔も同じように赤くなる。2人はさくらんぼのように横並びになっていた。


「ちょ、ちょっと、自分で言って恥ずかしそうにするのやめてよね」


 雑談もほどほどに2人は停めていた車に着く。

 彼らの旅はうまくいかないもので、またもイレギュラーが発生する。スレヴァーはその状況に思わず頭を抱えた。


「なんでいっつもこうなるんだよ」


 車の周りには警察が2人、囲むようにして立っていた。スレヴァーたちを見つけると駆け足で寄ってくる。


「これ、君たちの車?」

「はい、そうですけど。なんかありました?」

「いやね。ここを通りかかった人が、通報してくれたんだよ。ずいぶんと長いこと路駐されてる車があるって」


 世の中ありがたい人もいたものだ。スレヴァーから深い息が漏れる。


「それで、僕はどうすればいいんですか?」

「とりあえず、身分証見せてもらっていいかな?」


 スレヴァーは鞄とポケットを弄ったあと、大げさに焦ってみせる。


「うわ――、すみません。車に財布を置いてるみたいです」

「じゃあ、取ってきてもらっていいかな」

「わかりました、すぐ取ってきます」


 スレヴァーは車に歩み寄り、ドアに手をかける。警察官は特に疑う素振りもなく頷いた。

 次の瞬間、ドアを勢いよく閉める音と同時に、キーを捻る。


「おい、まさか……!」


 警官が叫ぶ間もなく車体は急発進。トリィネが助手席の窓から顔を出して手を振っている。


「ばいばーい!ありがとーございましたー!」


「……ちょっと待て、止まれぇぇぇ!!」


 叫び声も虚しく車はぐんぐんと警察から離れる。後方で警察官が小さくなっていた。

 パトカーのサイレンが聞こえるころには、タイムリープの準備は整っており、あっという間に、その時代から彼らは消えるのだった。

  

 

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