第9話 恋慕舞うことを恐れず①
小さい墓場で細い煙が漂う。煙の元には線香が3本。その前で3人が手を合わせていた。
睫毛にのしかかる汗に不快感を抱きながら、スレヴァーは目を開く。
「2人ともありがとう。きっとマイも喜んでるよ」
「散々騒いだんですから、これくらいしますよ。っていうか、名前、マイさんって言うですか?」
「あ、そういえば自分の紹介もまだだったか。俺の名前は相生レンだ。よろしく」
照れ隠しのつもりだろうか。男は恥ずかしそうに黒い頭を掻く。黒いのは髪だけではなかった。
紺色の襟付きシャツに黒いズボンと黒い靴。頭から爪先まで暗い色に包まれていた。
「それでさっきも言ったけど、君たちが線香をあげてくれたのが、墓下マイだ」
少しの沈黙の後、トリィネは様子を伺いつつ口を開く。
「えっと、私がトリィネで、こっちが兄のスレヴァーです」
「へえ、独特な名前だな。キラキラネームってやつか?」
トリィネはにこやかに答える。
「未来では普通ですよ。それよりレンさん、信じてくれたんですね。私たちが未来から来たってこと」
「バーカ。まだほんのちょーっとだけだよ。でも、ホントに過去へ行けたなら、金はちゃんと払ってやるから安心しろ」
レンはスレヴァーに向けてウインクをする。それを見てスレヴァーは苦笑いをした。
「でもよ。先に金額だけ教えてくれないか?」
「レンさんはお金の話ばっかりですね」
「大人には大事なんだよ。その辺、お前の兄ちゃんはちゃんと分かってると思うぜ」
スレヴァーは返事をするように封筒を手渡す。レンはニコニコしながら封筒を開くが、その顔色はどんどん悪くなった。指で桁数を数えながら、更に顔が白くなる。
「大丈夫ですか?」
レンは返事をすることなく、封筒に契約書をしまい込む。
「あの……やっぱり無理かも」
「「え!?」」
スレヴァーは咄嗟に詰め寄る。それを押しのけて、トリィネは更に詰め寄った。
「なんでですか!」
「いや、ちょっと払える額じゃ──」
「言い訳はしないって言ったじゃん!」
「言い訳とかそういうレベルじゃないよ。これは俺には払えない」
トリィネが静かにスレヴァーのもとによる。背伸びをしながら耳元で囁いた。
「ちょっとくらい安くしてあげようよ。じゃないと逃げられちゃうよ」
トリィネは煽って値下げをさせるつもりだったのかもしれないが、この言葉はスレヴァーを逆撫でさせた。
スレヴァーはあえてレンにも聞こえるように、トリィネの提案に強い口調で応える。
「それはダメだ。俺は子供相手でもここは譲れない。金額はその人の覚悟なんだよ。過去、未来、そして今の自分の行動に責任を持つ覚悟なんだ」
レンは拳を強く握る。爪の跡がつきそうなほど強く。何かを決心したように顔を叩くと、彼は一歩踏み出した。
「スレヴァー、お前は運び屋なんだよな。だったら人以外のものも運んでくれるのか?」
「ええ、なんなら人が一番大変なくらいです」
「人以外なら多少は金額も下がるか?」
「そうですね。モノによりますけど、人よりは下がると思いますよ」
レンは一人目を閉じると、顎に手を置いた。少し唸ったあと勢いよく目を見開いた。その目には力強さがある。
「2人とも、ちょっと待ってくれ。すぐ戻るから」
そう言うと、レンは断る暇も与えずどこかへ走り去ってしまった。スレヴァーとトリィネは口をあんぐりと開けて顔を見合わせた。




