第8話 筋書どおり
「ラウンド2が終わった後、凰沢はスマホをポケットから取り出しただろう。そのケースにはストラップが付いていたんだが、そこには劇団匁のロゴが描かれていた……ような気がする」
「劇団匁って、うちの大学の演劇サークルだよね。束くんのはとこの永寛くんも所属している。なるほど、それなら凰沢さんの芝居が上手いのも理解できるね」
「でも、自信がないんだよなあ。見えたのは少しの間だけだったし、注意して見ていたわけでもなかったから。もしかしたら劇団匁のロゴに似た、何の関係もないイラストだったかもしれない。うーん……」
考えを巡らせているとスマートホンのバイブレーションを感じた。取り出して画面を点灯したところ、チャットアプリの通知が映し出されていた。永寛からのメッセージで、冒頭の「ちょっといいか?」という呼びかけだけが表示されていた。
(何だ、こんな時に。後回しにしようか? ……いや、急ぎの用かもしれないしな)
迷っている時間も惜しく、けっきょくロックを解除してチャットアプリを開き、トークルームを確認した。自分の制作している脚本の展開について意見を聞かせてほしいという内容で、そのストーリーがつらつらと書かれていた。
(そんなことか。返信は後でいいな)アプリを閉じようとした。
指が止まった。永寛の送ってきたストーリーの中に「キャッシュ」という単語が入っているのを見つけたからだ。
(……)
思わずストーリーに目を通し始めた。いや普通に考えてキャッシュデュエルと関係あるわけないだろ、などと頭の片隅で思いつつも、スルーするのも惜しいように感じられた。脚本はいわゆるミステリで、殺人犯に仕立て上げられた元プロサッカー選手がスポーツの知識や経験を活かして真犯人を追う、という内容だった。
数十秒後、主人公の台詞がきっかけとなり、閃いたことがあった。「わかったぞ」と呟く。「凰沢はわざと財布を落とし、おれたちにあの貨幣を目撃させたんだ。あれは偽物だ、五〇〇円玉じゃない」
若葉が驚きと疑問の混じった顔を向けてきた。「なんでそう思うの?」
「足だよ。凰沢が貨幣を踏んで隠すのに使った足。左だっただろ?
だが凰沢の利き足は右のはずだ。ラウンド3で凰沢が王冠の部屋に来た時、床に落としたごみを蹴り飛ばすのに使った足は右だったから。
さらに言うと、落ちた貨幣は凰沢の右斜め前あたりを転がっていた。にもかかわらずわざわざ左足を使ったんだ」
「言われてみれば不自然だね」若葉は腕を組んだ。「それはどうしてなの?」
「おそらく右のかかとの具合が悪いせいだ。凰沢が貨幣を拾う時、靴がずり下がってかかとが見えた。そこには湿布が貼ってあったんだ。痛めているから左足を使ったわけだ。
しかし本当にうっかり財布を落としてしまったんなら、動かす足を選んでいる余裕なんてなかっただろう。こぼれ出た貨幣が自分の右斜め前あたりを転がっているなら、痛めていることなんて忘れて右足を使っていたはずだ。だが実際には左足を使った。つまり凰沢は、あらかじめ左足を動かそうと決めていたんだ。
よって、凰沢の一連の行動は故意によるもの。あの貨幣をおれたちに目撃させたのはわざと、すなわち偽物で五〇〇円玉じゃないということだ」
「なるほど。じゃあ凰沢さんはこのラウンド4じゃ低額のキャッシュを選ぶだろうね。『わたしが五〇〇円玉を持っているように見せかければ、矗野真田くんは勝ちを急いで、幻の五〇〇円玉を打ち負かせるような高額のキャッシュを出すでしょう』『わたしは低額のキャッシュを処理して、矗野真田くんに高額なキャッシュを無駄遣いさせましょう』というわけだよ」
「おれも同じ考えだ。よし、こっちは一〇〇円玉にしよう。一〇〇円玉なら凰沢の出すであろう低額のキャッシュを上回るだろう。本当は五〇〇円玉がベストなんだが、手元にないからな。一〇〇〇円札はちょっとやり過ぎな気がするし」
束仁は財布から一〇〇円玉を取ると右手に握った。若葉とともに竪琴の部屋を出る。王冠の部屋に入り、茶テーブルの前に立った。雉子が来たのはまたしてもシンキングタイムの制限時間が尽きる直前だった。
「それでは、キャッシュを提示してください」
束仁は右手を開いた。一〇〇円玉が白鳥の器に落ちた。
雉子も右手を開いた。貨幣が狗鷲の器に落ちた。
(思ったとおり紙幣じゃない……!)左手で拳を握った。(ならおれの勝──)
視線を狗鷲の器に遣り、絶句した。五〇〇円玉が入っていたからだ。
「矗野真田さまのキャッシュは一〇〇円玉、凰沢さまのキャッシュは五〇〇円玉。よって凰沢さまの勝利です」
灰テーブルのモニターの表示内容が更新され、「矗野真田束仁:1WD」「凰沢雉子:3WD」となった。
呆然としていると雉子の台詞が聞こえてきた。「信じていたわよ、矗野真田くん。あなたなら、わたしが故意に貨幣を目撃させたものだと推理してくれる、ってね」
我に返り、雉子に目を遣った。してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「いろいろと大変だったのよ、作戦を成功させるのは。シンキングタイム中にドラッグストアに行って湿布を買ったり──電子マネーで支払ったから反則じゃないわよ──、矗野真田くん──永寛くんと連絡をとったりね。わたしも劇団匁に所属しているから。ラウンド1から4までのシンキングタイムの時間をフル活用したわ」
「……そうか」ぼそりと呟いた。「永寛がメッセージを送ってきたのは、あんたの仕込みだったというわけか」大きな溜め息をついた。「よくよく考えてみれば出来過ぎだよな。ちょうどシンキングタイムの間に受け取ったメッセージがきっかけであんたの狙いを突き止めるのに成功するなんて。
すべてあんたの仕業だったんだ。おれに『凰沢はわざと貨幣を目撃させた』『五〇〇円玉を持っているように見せかけようとしている』と推理させた。それはすなわち『凰沢は五〇〇円玉を持っていない』と思い込むことになるから」
「そのとおり。永寛くんのことは怨まないであげてね、彼はわたしに頼まれたことをしただけで事情は何も知らないから。持つべきものは優秀な友達ね、少数精鋭ってやつよ」
桐竹が言う。「それではラウンド5を開始します。部屋にお戻りください」
束仁は竪琴の部屋に戻り、財布を確認した。残りのキャッシュは、一〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、一〇〇円玉、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、五〇〇〇円札だ。
(どれにするべきか……あるいは、おれも凰沢のように作戦を練るか? いやでも、何も閃かないしな)
考えを巡らせていると、財布の札入れ部分に突っ込まれている領収書が目に入った。毘汰銀行ATMのもので、四〇〇〇〇円を下ろしたことが記されていた。
「そうだ、これだ……!」領収書を引っ張り出した。
若葉が横から覗き込んできた。「それ、ステラフェスの前にゲームセンターで遊んだ時の物だよね? クレーンゲームが難しくて、手持ちのお金が不足してさ」
「ああ。こいつを凰沢に入手させようと思う。
ここには四〇〇〇〇円を下ろしたことがプリントされている。凰沢はこれを目にしたら、こう考えるだろう。『矗野真田くんはキャッシュデュエルが始まった時点で一〇〇〇〇円札を四枚持っていたんだわ』『すでに一枚消費したから、あと三枚持っているわね』と」
「なるほど。実際にはクレーンゲームにかなり費やしたせいでもう一〇〇〇〇円札はないけれど、残っているように装うわけだね」
「そうだ。その場合、凰沢は幻の一〇〇〇〇円札を警戒するせいで高額のキャッシュが選びにくくなるはずだ。
凰沢の立場になって考えてみればいい。言うまでもなく、おれが一〇〇〇〇円札を三枚も持っていることは脅威だ。キャッシュデュエルにおける最強の手だからな。凰沢もまだ一〇〇〇〇円札を残しているかもしれないが、いくらそれを選んだところで、おれに一〇〇〇〇円札を出されては引き分けにされてしまう。
なら凰沢は低額のキャッシュを選ぶはずだ。五〇円玉とか一〇〇円玉とか、そのあたりをな。おれに一〇〇〇〇円札を無駄遣いさせられるかもしれないし、もしおれが一〇円玉や五円玉なんかを出してくれれば儲けものだ」
「うーん……」若葉は難しい顔をした。「でもそう上手く行くかな? 幻の一〇〇〇〇円札の脅威なんて、いつまでも続くわけじゃないでしょ?」




