第6話 勝負開始
束仁はうーむと軽く唸った後、「このキャッシュデュエル、とてもシンプルだがとるべき戦略はかなり複雑だぞ」と呟いた。
若葉が「そうだね」と相槌を打った。「高額のキャッシュは勝つ可能性が高いけれど、序盤に使いきってしまうと終盤を低額のキャッシュで乗り切らなければいけなくなる。かといって高額のキャッシュを温存したにもかかわらず先に相手のキャッシュが尽きると、ウィズダムを得られるとはいえ温存したことが無駄になってしまう」
二人はホール内に設けられた、スタッフルームと同じく衝立で四角く仕切られた部屋にいた。午前の部のゲーム大会でも用いられた場所で、出入口の横にはエウレカ! コミューンに登場する竪琴のアイテムの模型が置かれ、「竪琴の部屋」と呼ばれていた。設備は白いテーブルが一台、パイプ椅子が二脚だ。すでにラウンド1が始まっていて、今はシンキングタイムの最中だった。
「そもそも束くんは何のキャッシュを持っているの?」
束仁は財布を確認した。結果、一円玉、一〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、一〇〇円玉、一〇〇円玉、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、五〇〇〇円札、五〇〇〇円札、一〇〇〇〇円札だとわかった。全部で十五個、総額は二五三六一円だ。
「それにしても凰沢と対決することになるとはな。講義で同じグループになった時は、あいつはかなり優秀だったからな。頭の回転は速かったし、調べ物も上手かった。手ごわい相手だなあ……」首の後ろをさすった。「こんなことになるなら、もっといろいろ話をしておけばよかったかな。ひょっとしたら凰沢に関する、何か、キャッシュデュエルを有利に進められるような情報を得られていたかもしれないのに」
束仁は白テーブルに置かれたモニターに視線を遣った。シンキングタイムの残り時間が表示されている。初期値は一〇分で、すでに二分が経過したため、あと八分となっていた。
「まあ、有能な分他者に求めることもレベルが高くて、ちょっと孤立気味だったけどな。講義を受ける時も、誰かと固まっていることは少なくて、たいてい独りだったと思うし。いや、おれだって人のことは言えないが。
そうだ、若葉は何か情報を……いや、凰沢とは初対面か」
若葉は首を横に振った。「ううん、実は凰沢さんとはこれまでに何度か会っているよ」
「本当か」少しばかり目をみはった。「どうだ、何か情報はあるか?」
「勝負の参考にはならないと思うけど」若葉は少し迷う様子を見せた。「まあ、いちおう言っておくね。
といっても、わたしがアルバイトをしているラピスパーラーの店によく凰沢さんが買い物に来る、ってだけの話だよ。毎回、クッキー系のお菓子をたくさん購入していくの。クラッカーとかサブレとかラングドシャとか。
……うん、それだけの話だよ。あ、最近はドデカゴンを購入することが多いかな。ほら、キャンペーン中だから」
申告のとおり勝負の参考にはならなさそうだが、ないよりましだ。「そうか。ありがとう」
束仁は思案に暮れた。途中で喉が渇き、白テーブルの上に置いたショルダーバッグから缶ジュースを取り出して飲み干した。
「よし、このラウンド1では高額のキャッシュを消費することを承知のうえで、確実に一勝しておこう。1WDだけであっても、リードできれば気が楽になる。心理的に有利ってやつだ」
「じゃあ一〇〇〇〇円札にするの?」
「いや、いくらなんでもそれは無茶だな。一〇〇〇〇円札は絶対に負けはしない最強のキャッシュだが、おれは一枚しか持っていない。いきなりラウンド1で消費するのはやり過ぎだ。五〇〇〇円札にしておこう」
束仁は財布から五〇〇〇円札を取ると小さく折り畳んで右手に握った。竪琴の部屋を出て通路を歩く。若葉もついてきた。
すぐに目当ての部屋の出入口が見えてきた。横にはエウレカ! コミューンに登場する王冠のアイテムの模型が飾られている。午前の部のゲーム大会でも使われた、他と同じく衝立で四角く仕切られた場所で、「王冠の部屋」と呼ばれていた。
束仁は出入口を通った。室内の真ん中には茶色のテーブルが据えられていて、その手前側と奥側には器が置かれていた。エウレカ! ユニオンに登場するアイテムを模した物で、手前のほうには白鳥をモチーフにしたキャラクターが、奥のほうには狗鷲をモチーフにしたキャラクターが描かれている。テーブルの右横には桐竹がいた。
茶テーブルの左方、壁際には灰色のテーブルが設けられていて、上にはモニターがセットされていた。画面には「矗野真田束仁:0WD」「凰沢雉子:0WD」という情報とシンキングタイムの残り時間が表示されていた。
束仁は茶テーブルの前に、若葉は出入口の横に立った。茶テーブルの向こう、二人の反対側にはもう一つ出入口があった。シンキングタイムの残り時間が尽きる間際になって、ようやく雉子がそこから姿を現した。
(凰沢も右手で拳を握っている……あの中に選択したキャッシュが入っているわけだ)
「それでは、キャッシュを提示してください」
束仁は右手を白鳥の器の上で開いた。五〇〇〇円札が器に落ちた。
雉子も右手を狗鷲の器の上で開いた。小さく折り畳まれた紙幣が器に落ちた。
(紙幣か。一〇〇〇円札でありますように……)
束仁は狗鷲の器に視線を遣った。一〇〇〇〇円札だった。
(なんだと……!?)口を半開きにした。
「矗野真田さまのキャッシュは五〇〇〇円札、凰沢さまのキャッシュは一〇〇〇〇円札。よって凰沢さまの勝利です」
灰テーブルのモニターの表示内容が更新され、「矗野真田束仁:0WD」「凰沢雉子:1WD」となった。
雉子はふふんと小さく笑った。「さっそく1WD獲得ね」
束仁はふんと鼻を鳴らした。「まだラウンド1だぞ。余裕の笑みを浮かべるのは早いんじゃないか」ほぼ初対面の人と喋るのは苦手だが、会話をすれば何か役に立つ情報を得られるかもしれないし、対戦相手なんだから多少は失礼があってもかまわないだろう、と考えた。
「あら、ただ勝ったことを喜んでいるわけじゃないわ。あなたが出した五〇〇〇円札を一〇〇〇〇円札で打ち負かす、理想的な勝ち方ができたのよ。とても幸先がいいじゃない」
桐竹が言う。「それではラウンド2を開始します。部屋にお戻りください」
束仁は竪琴の部屋に戻った。若葉が話しかけてくる。「今回はどうするの? 1WD、リードされちゃったわけだけど……ここはほぼ確実に勝てる一〇〇〇〇円札を選んで、追いついておく?」
財布を確認し、考えを巡らせ始めた。残りのキャッシュは、一円玉、一〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、一〇〇円玉、一〇〇円玉、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、五〇〇〇円札、一〇〇〇〇円札だ。
「いや、その行動は予想されているかもしれない」首を横に振った。「裏をかこう。負けを承知のうえで一円玉を出すんだ。凰沢には高額のキャッシュを無駄遣いさせる」
「なるほど。凰沢さんも、まさか束くんが負けたラウンドの次のラウンドでもまた負けようとするとは思わないだろうね」
束仁は財布から一円玉を取ると右手に握った。若葉とともに竪琴の部屋を出る。王冠の部屋に入り、茶テーブルの前に立った。雉子が来たのはまたしてもシンキングタイムの制限時間が尽きる直前だった。
「それでは、キャッシュを提示してください」
束仁は右手を開いた。一円玉が白鳥の器に落ちた。
雉子も右手を開いた。貨幣が狗鷲の器に落ちた。
(く、紙幣じゃないのか。せめて五〇〇円玉であってくれればいいが……)
束仁は狗鷲の器に視線を遣った。五円玉だった。
(また僅差で勝たれたか……)奥歯を強く噛み締めた。
「矗野真田さまのキャッシュは一円玉、凰沢さまのキャッシュは五円玉。よって凰沢さまの勝利です」
灰テーブルのモニターの表示内容が更新され、「矗野真田束仁:0WD」「凰沢雉子:2WD」となった。
(器は珍しい素材で出来ているようで、貨幣がぶつかった時に鳴る音は独特だ……これじゃ、凰沢の右手から落とされた貨幣が何なのか、すぐにはわからないな。目で見ないと)
雉子は「あらあら、まさか勝つなんてね」と弾んだ声を上げた。「二番目に低額のキャッシュで勝つとは、これまた幸先がいいわ。もう2WD差よ」




