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第3話 理不尽

 一か月半後、八月三十一日の日曜日。

 束仁は上機嫌で「いやあ、まさかおれも若葉もイラストデュエルの成績上位者十名の中に入れるとはな!」と言った。

 若葉も満足げな笑みを浮かべていた。「束くんが五位以内に入ることは途中で見当がついたけれど、よもやあたしまでぎりぎり十位に食い込めるとはね」

 二人はステラフェスの会場──商業ビルの四階にあるイベントホールにいて、テーブル席に座っていた。現在は休憩時間中で、にこやかに雑談している参加者やイラストデュエルでの成績が振るわなかったことで号泣している参加者、午後の部の準備のために慌ただしく動いているスタッフなどがいた。

「これでも中学校時代は美術部だったからね。上手くイラストが描けてよかったよ。ペグシルの芯が欠けた時はどうなることかと思ったけれど」

 若葉はテーブルに置いたクラウドベリーカードを眺めていた。受付で貰ったカードのうちの一枚だ。今は表向きにされていて、魑魅魍魎という表現がぴったり当てはまるような絵が描かれていた。

「これでくじ引きに当たる確率は十分の二になったわけだ。ありがたいな。まあ、そうは言っても二十パーセントしかない、安心なんてできないんだが」

 束仁もテーブルの上の、自分に配られたクラウドベリーカードに目を遣った。今は裏向きにされていて、右下隅には「CHIKUNOSANADA TSUKASUKE」と印字されていた。

 思わずやや顔をしかめたが、すぐに眉間を緩めて気を取り直した。「これはあれかな、ステラフェスが始まる前にゲームセンターで遊んだ時はついていなかったから、その反動かな」

「ああ、あれね……」若葉は苦笑した。「まったくもう束くんったら、クレーンゲームなんかにお金を注ぎ込むんだから。途中で引き返せなくなった気持ちはわかるけれど。なんとかゲットできてよかったね、あの、エウレカ! ユニオン3に登場する……名前は忘れちゃったけど、ライオンのキャラクターのぬいぐるみ」

 そんな雑談を交わすうちに喉の渇きを覚えた。ショルダーバッグからペットボトルの麦茶を取り出したが、一口分も残っていなかった。席を立ち、会場を後にする。

 ドラッグストアの前を通り過ぎてしばらくしたところで自販機コーナーに着いた。先客が一人いて、自販機に紙幣を投入していた。

(あれはイラストデュエルで一位になった女の人じゃないか。……それにしても、以前にどこかで見かけた顔のような気が……)

 束仁は軽く記憶を探った。ほどなくして思い出す。

(三椏大学の、おれと同じ工学部の女子生徒だ。講義で一緒のグループになったことがある。たしか名前は……凰沢(おうさわ)雉子(ちこ)だったか)

 雉子のボブカットに整えられた編み込み入りの短い黒髪からは誇り高そうな印象を受けた。身に着けているアウターキャミソールやショートパンツも希少なブランドの品だ。

(そうそう、二年前の入学式でも見かけたな。新入生代表としてスピーチをしていた。試験に首席で合格したんだっけか)

 雉子は缶ジュースのボタンを押した。商品が落下する音が鳴り、次いで音声が流れた。「この商品を買ったあなたはミニゲームに挑戦できます! 挑戦しますか?」

 雉子は「あら、そんなキャンペーンをやっているのね」と呟いた。タッチパネルの「はい」ボタンを押す。

「ゲームスタート!」

 パネルがアニメーションを流し始めた。歌手の小笠原(おがさわら)フミヒサ──永寛の父親──をデフォルメしたキャラクターが登場し、巨大サイコロを転がした。

 数秒後に止まったサイコロの面には「超大当たり」と書かれていた。

「おめでとうございます! ギフトカード二〇〇〇〇円分をプレゼント!」

 雉子はふふんと小さく笑った。「当然の結果ね」排出されたカードを手にし、財布に入れた。「一流の人間は運も一流なのよ」缶ジュースを取り出し、コーナーを後にした。

(あのミニゲーム、当たりが出ればあんな豪華景品が貰えるのか。おれもやろう)

 束仁はさきほど雉子が利用した自販機の前に立った。

(へえ、飲料だけじゃなく菓子も売っているんだな。ポテトチップスにチョコレートに、ドデカゴンまで。スターフルーツ味とキウイ味と……珍しいな、この辺の地域じゃまったくと言っていいほど見かけないナツミカン味だ)スラックスのポケットから財布を引っ張り出した。(……ん? よく見たら貨幣の投入口に紙が貼られて塞がれているな。「故障中 紙幣のみ受付」だと? 仕方ないな)

 束仁は札入れ部分から一〇〇〇円札を取り、投入口に挿し込んだ。雉子が買った物と同じ商品を選ぶ。缶が落下した後、ミニゲームに挑戦するか否かを問われ、タッチパネルの「はい」ボタンを押した。

「ゲームスタート!」アニメーションが流れた。止まったサイコロの面には「超超超大外れ」と書かれていた。「ありゃりゃ、残念! おつりは没収!」

「えっ、ちょっ……!?」

 慌てて返却レバーを何度も引いたが間に合わなかった。ちゃりんちゃりんちゃりん、という効果音とともにパネルに表示されている投入金額が減っていき、あっという間に「0」になった。

「おいおい、ふざけんなよ……!」

 諦めきれずレバーをがちゃがちゃと動かした。しかし自販機はうんともすんとも言わなかった。

「ぐぐぐ……!」

 反射的に自販機を叩きそうになったが、思い留まった。隅に防犯カメラが設置されていることを発見したためだ。下には「器物損壊は犯罪です」「まっとうに利用しましょう」と掲示されていた。

 もはやどうしようもなかった。束仁はがっくりと肩を落とすと、十数秒だけ立ち尽くした後、とぼとぼとホールに戻った。

 買った缶ジュースを持っていないことに気づいたのは席についてからだった。

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