最終話 親密
一か月後、十月五日の日曜日。
束仁が投げた正十二面体のサイコロはテーブルの縁の手前で止まった。上を向いた面には「12」と描かれていた。
「よし……!」
顔を綻ばせ、フィールドにある自分の駒を進め始めた。途中で若葉の駒を抜かす。最終的に到達したマスには「ミニゲーム『ミサイルをげきついせよ!』にチャレンジ!」「成功:+10WD 失敗:-30WD」と書かれていた。
「おっ、『ミサイルをげきついせよ!』か。このプラチナエディションにしか収録されていないやつだな。えっと、ミニゲームに使う道具は……」
斜め前の席に座る雉子が「はい、これよ」と言って文庫本サイズの紙箱を差し出してきた。
「ありがとよ」
束仁は箱を受け取り、蓋を開けた。道具を出し、説明書を読む。それが済むとミニゲームを準備してプレイし、かろうじてクリアした。
「10WD獲得だ……! ええと、これで各プレイヤーの順位はどうなったんだ? 所持ウィズダム数がいちばん多いのは?」
正面の席に座る若葉が手元のチップを弄りながら「あたしは174WDだよ」と言った。「雉子ちゃんは?」
「203WDね。さっき若葉とのデュエルミニゲームに勝ったから」
「おれは119WDだ」思わず溜め息をついた。「これじゃ逆転一位は厳しいかもな。あと3ラウンドしか残っていないし」
すでに大学の夏休みは終了し、秋学期に入っていた。三人は現在、束仁宅のダイニングにいた。集まるのは今回が初めてではなく、これまでにも何度か束仁宅でエウレカ! ユニオンをプレイしたり、同じく一人暮らしの雉子宅で飲み会を開いてエウレカ! コミューンシリーズの話に花を咲かせたりしていた。
雉子は「いまさら言うまでもないことだけれど、手加減はしないわよ。わたしは勝負事には手を抜かないタイプなの」と言い、挑戦的に笑った。「もちろん、矗野真田くんには感謝しているけれどね。ステラフェスの日にキャッシュデュエルが終わった後、『一緒に景品のエウレカ! コミューン3のプラチナエディションをプレイしないか』と誘ってくれたことには。あれがなかったら、わたしは今でもひどく悔しい気持ちを引きずっていたに違いないわ」
束仁は頷いた。「そりゃあ、景品を巡って対決したとはいえ、同じエウレカ! コミューンシリーズのファンだからな。喧嘩をしたわけでも仲が悪いわけでもない。友達にならない手はないと思ったんだ。……まあ、そのことを提案した時はかなり緊張したけどな。あっさり断られたら格好悪いなあって」
雉子はふふと笑った。「ありがとう。親しくなれてよかったわ、本当に。てっきり、あの場限りの出会いかと思っていたから……こうなるんならキャッシュデュエルの間、もっと丁寧な言動をするべきだったわね」
「そうか? おれは嫌いじゃなかったぞ、あのトラッシュトーク。お互い、度が過ぎたことまでは言っていなかったしな」
そう言ってミニゲームに用いた箱の蓋を閉めた時、スマートホンのバイブレーションを感じた。スラックスのポケットから取り出して画面を点灯したところ、チャットアプリの通知が表示されていた。永寛からのメッセージで、見えている部分の記述から判断するに、一週間ほど前から話をしていた二人での日帰り旅行の計画に関する内容だった。束仁はロックを解除するとアプリを開いてメッセージの全文を確認し、「わかった、それでかまわない。楽しみだな」と返信した。
「それにしても、今回の勝負ではせめて二位になりたいよなあ」スマートホンを元の場所に戻した。「なんとか最下位は脱したい」
若葉は「そうだね」と言い、うんうんと頷いた。「なにせ、『一位のプレイヤーは最下位のプレイヤーに言うことを聞かせられる』というルールだから。あたしも最下位に転落しないよう頑張らないと」
雉子は顎をさすった。「わたしとしては、このまま矗野真田くんが最下位になってくれたほうがありがたいんだけれど」
束仁は顔をわずかに引き攣らせた。「おいおい、何を命令するつもりだよ?」
「別に変なことじゃないわよ」雉子は手を左右に振った。「ただ、一緒に二人で遊びに行ってもらうだけ。いわゆるデートってやつね」
束仁は目をぱちくりさせた。「何だって?」
「ほら、ステラフェスの日、キャッシュデュエルのラウンド10で雑談を交わした時に話したでしょう? わたしの好みのタイプは『強くて優しい人』だって。矗野真田くんはわたしにキャッシュデュエルで打ち勝ったし、景品のエウレカ! コミューン3のプラチナエディションを共にプレイしないかと誘ってくれたから」
「そ、そうか」
「本音を言うと手っ取り早く恋人になってほしいんだけれど……さすがに過大要求よね。だから、まずはデートしてもらうわ。わたしに惚れさせてみせ――」
若葉が「ちょっとちょっと! ちょっと待ってちょっと!」と話に割り込んできた。「そんなの聞いてないよそんなの聞いてない!」明らかに慌てていた。「そ、それならあたしだって束くんに、恋人になってほしいな!」
雉子は挑戦的な視線を若葉に遣った。「あら、ならこの勝負で一位になればいいでしょう? わたしじゃなくてあなたが最下位の矗野真田くんに言うことを聞かせられるわ」
「わかったよ。やってやるんだから!」若葉は気合の籠もった目を雉子に向けた。
小一時間後、ゲームは終了した。プレイヤーの最終順位は、一位が221WDの雉子、二位が98WDの束仁、三位が12WDの若葉となった。
「うぐぐ……」若葉はすっかりしょげていた。「まさか最後にミニゲーム『パチスロでもうけろ!』で大負けするなんて……」
一位になった雉子が「ま、まあ元気出しなさいよ」と励ますほどだった。「今度の土日にでも二人で遊びに行きましょう。美味しいスイーツが食べられるカフェを知っているの、まだ知名度の低い穴場でね」
「ありがとう……」
「もちろん、ただじゃないわよ」雉子はにやりとした。「最下位なんだから、わたしの言うことを聞いてもらうわ。矗野真田くんを攻略するための情報とか矗野真田くんとの思い出とか、いっぱい話してもらうんだから」
「ああ、そういうこと……」若葉も不敵な笑みを返した。「言うまでもないことだけれど、あたしだって負けないんだからね。束くんとは長い付き合いで、こっちのほうがいろいろとアドバンテージがあるんだから」
若葉と雉子は睨み合い、衝突した視線がばちばちと火花を散らした。束仁は取りなすこともできず、やや呆れてその様子を眺めていた。
数日後、遊びに行った若葉と雉子はこれまで以上に意気投合し、それ以降束仁はほったらかされ、二人だけで過ごされることが多くなったのだった。
〈了〉




