第14話 手段
「ああ。それで、毘汰銀行のキャッシュカードが財布の中に存在していなかったのは一度だけだ。
ラウンド8のシンキングタイムが終わる直前、おれは白テーブル上に並べていた財布やショルダーバッグの中身を慌てて片づけた。その時、誤ってキャッシュカードをショルダーバッグに、プリムローズカードを財布にしまってしまった。デザインが似ているせいでな。
その後、ラウンド9で竪琴の部屋に戻った時にミスに気づき、キャッシュカードを財布に、プリムローズカードをショルダーバッグに入れた。つまり、おれの財布が覗かれたのはその間のことだ」
「なるほど。でも、いったいどうやって覗いたんだろう? まさかどこかに隠しカメラが……」若葉は狼狽したように周囲を見回し、「いや、そんなわけないか」と呟いた。「この室内を監視しているんなら、ラウンド8のシンキングタイムで束くんが白テーブル上に並べた物をすべて目にしている、つまりキャッシュカードも見ているから名前を間違えることはない。凰沢さんはあくまでキャッシュカードがしまわれていない状態の財布を覗いたんだね」
「そうだ。だが、カメラを使ったというのは同意見だな。おれの推理じゃ、おそらく物体の透過写真を撮影できるような特殊なカメラだ。
ほら、ラウンド9が始まった後、おれが王冠の部屋を出ようとした時、何かが灰テーブルの下に落ちただろう? 掌に載るサイズの紺色の立方体。あれがカメラだったんじゃないか?
周囲に少量の黒い粉のような物が散らばっていたのは、レンズが破損したことによるものだ。立方体の表面にレンズが付いているのを目にしていたら、すぐにカメラの類いだとわかったんだろうが、あの時はレンズの設けられている面は下を向いていたんじゃないか」
「そうか……」若葉はゆっくり頷いた。「灰テーブルの裏に貼りつけられていたんだろうね、たぶんドラッグストアで買った道具で。設置したのは、ラウンド8であたしたちが王冠の部屋に着く前か。あの時は凰沢さんが二〇〇〇円札の存在を知らせてきたことに気を取られて、灰テーブルの下に落ちた物の正体にまで考えが及ばなかったな」
「それが凰沢の狙いだろうな。カメラが灰テーブルの裏から外れて床に落ち、そのうえおれたちに目撃されたのは、明らかに不測の事態だ。それで、おれたちの注意を逸らすために二〇〇〇円札を見せたんだろう。
あの時、凰沢はおれを呼んだ後、しばらく何も行動しなかった。たぶん、とにかくおれたちの気を引こうとして声をかけたものの、肝心の話題をすぐには思いつけなかったんだろうな。喋る内容が不自然だと、おれたちに不審がられて『どうして急に話しかけてきたんだ?』『もしかして灰テーブルの下に落ちた物から注意を逸らせようとしたんじゃないか?』と推理されてしまうかもしれないから」
口を拭きたくなり、ショルダーバッグからポケットティッシュを取り出した。航空機メーカーの広告の厚紙が収められている。束仁がインターンシップで訪れる企業だ。たしか機体設計をテーマにしたプログラムを行うんだったな、とぼんやり思った。
若葉は頭をかいた。「でも、凰沢さんはそんな特殊なカメラをどうやって入手したっていうの?」
束仁は口を拭いたティッシュを小さく丸め、ごみ袋に投じた。「おれとしては、そのカメラは三椏大学の機材じゃないかと考えている。大学にいる知り合いにでも連絡して持ってきてもらったんだ」
「どうしてそう思うの?」
「ラウンド10で王冠の部屋に入った時、凰沢はドデカゴンのザクロ味を食べていただろう。だがラウンド2で凰沢が小物入れを落とした時は、ザクロ味なんてしまわれていなかった。
ドデカゴンのザクロ味は三椏大学の近辺でしか売られていない。凰沢がキャッシュデュエルの最中に大学に行けるわけもない。つまり、何者かが三椏大学の近辺でザクロ味を購入した後、ここに来て凰沢に渡したんだ。もちろん、一番の目的は大学からそのカメラを持ってくることだろう。凰沢がついでにザクロ味を買ってくるように頼んだのか、その何者かが気を利かせてザクロ味を買ってきたのかはわからないがな。
ラウンド10開始直後の会話で、凰沢は永寛と同じゼミに所属していると言っていた。永寛のゼミの研究内容は非破壊検査に関するものだ。おおかた、そのカメラは本来は非破壊検査に使うんだろう。対象物の透過写真を撮影し、内部構造に異状が発生していないかどうかチェックするわけだ」
「なるほど。そういえばラウンド8までは、凰沢さんが王冠の部屋に来るのはシンキングタイムの制限時間ぎりぎりだったね。あれはカメラを運んでいる人がビルに着くまで時間を稼いでいたんだろうな。
それにしても不味いことになったよ」若葉は腕を組んだ。「束くんの残りのキャッシュは、一〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、一〇〇〇円札だよね。そしてこのことは凰沢さんにも知られているというわけか」
「いろいろ考えたが、おれはこのラウンド11じゃ五〇円玉を選ぶつもりだ。一〇〇〇円札を消費するわけにはいかないからな。
なにせ、他のキャッシュは五〇円以下だ。ここで一〇〇〇円札を消費した場合、凰沢の財布に一〇〇円以上のキャッシュが残っていれば、その数だけの勝ちが確定する。次のラウンド12からは圧倒的にこっちが不利な駆け引きになるんだ。
だが一〇〇〇円札を温存すれば、凰沢はおれが一〇〇〇円札を無駄遣いすることを期待して一〇円以下のキャッシュを選ぶかもしれない。そうなってくれればおれの五〇円玉や一〇円玉でも勝ち目がある」
束仁は財布から五〇円玉を取ると右手に握った。若葉とともに竪琴の部屋を出て、王冠の部屋に向かう。
「それにしても冴えているね、束くん」若葉が賞賛の眼差しを向けてきた。「名前の呼ばれ方の些細な間違いから推理を進めて、凰沢さんによる覗きを見抜くなんて。感服しちゃったな」
「必死なだけだよ、このキャッシュデュエルに勝つことにな」やや自嘲気味の笑みを浮かべた。「何が何でも景品を手に入れたいんだ。そのためならとにかく真剣になって、全力を尽くすさ。若葉だって、エウレカ! コミューン3のプラチナエディションを遊びたいだろう? そのためには、なんとしてでも勝たないとな」
若葉はふふと笑った。「ありがとう」
やがて王冠の部屋に着き、茶テーブルの前に立った。雉子はすでに茶テーブルの向こうにいた。
「それでは、キャッシュを提示してください」
束仁は右手を開いた。五〇円玉が白鳥の器に落ちた。
雉子も右手を開いた。貨幣が狗鷲の器に落ちた。
(紙幣でないのは助かったが……いくらだ? 勝つ確率は単純計算で六分の三だが)
束仁は狗鷲の器に視線を遣った。五〇円玉だった。
「矗野真田さまのキャッシュは五〇円玉、凰沢さまのキャッシュも五〇円玉。よって引き分けです」
束仁は「ドローか。まあ五〇円玉での戦果としてはいいほうかな」と呟き、腕を組んだ。(こっちの残りのキャッシュを知る凰沢も五〇円玉を選んだ。おれの考えたとおりだ、一〇〇〇円札は温存しよう)
灰テーブルのモニターの表示内容は「矗野真田束仁:4WD」「凰沢雉子:6WD」のままだ。桐竹が言う。「ではラウンド12を開始します。部屋にお戻りください」
束仁は竪琴の部屋に戻り、財布を確認した。残りのキャッシュは、一〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、一〇〇〇円札だ。
若葉が横から覗き込んできた。「キャッシュデュエルで勝つにはあと少なくとも3WDが必要、そして残りのキャッシュは四つ……もう絶対に負けられないね。引き分けは一度だけなら……いや、凰沢さんの残りのキャッシュが五つ以上ある可能性もあるし、そんなのんきなことは言えないな」




