第13話 読み
「そうだな……。よし、五〇〇〇円札にしよう。おれたちが推理したのは、凰沢がまだ一〇〇円玉を持っているということだけだ。他にも五〇〇円玉や一〇〇〇円札なんかを残している可能性だってじゅうぶんある。
それに、おれが負けられるのはあと一度だけだしな。ここは勝っておきたい、五〇〇〇円札なら大丈夫だろう」
束仁は財布から五〇〇〇円札を取ると小さく折り畳んで右手に握った。若葉とともに竪琴の部屋を出て、王冠の部屋に向かう。
「それにしても、若葉、ありがとよ。ドデカゴンのミカン味を買ってきてくれたおかげで、ラウンド2で凰沢が小物入れを落とした件が思い出せた。他の味だったらスルーしたままだったに違いない」
「いやいや、たまたまだよ。お礼を言われるほどのことじゃない」若葉ははにかみ、頭をかいた。「それに、あたしはミカン味を見てもなんとも思わなかったし。束くんが閃きを得て、凰沢さんが持っている残りのキャッシュの内容を推理したのは、さすがだと思ったよ」
やがて王冠の部屋に着き、茶テーブルの前に立った。雉子はすでに茶テーブルの向こうにいた。暇そうにしていて、ドデカゴンのザクロ味を食べていた。
「それでは、キャッシュを提示してください」
束仁は右手を開いた。五〇〇〇円札が白鳥の器に落ちた。
雉子も右手を開いた。貨幣が狗鷲の器に落ちた。
(やった、勝ちは決まりだ……!)束仁は喜びの声を上げたくなった。
束仁は狗鷲の器に視線を遣った。一〇〇円玉だった。
「矗野真田さまのキャッシュは五〇〇〇円札、凰沢さまのキャッシュは一〇〇円玉。よって矗野真田さまの勝利です」
(上手い具合に凰沢の一〇〇円玉に五〇〇〇円札をぶつけることができたな。……まあ、凰沢がまだ一〇〇円玉を持っている可能性がないわけじゃないが)
灰テーブルのモニターの表示内容が更新され、「矗野真田束仁:4WD」「凰沢雉子:6WD」となった。
雉子は余裕の損なわれていない笑みを浮かべていた。「喜んでいるみたいだけれど、そんなに嬉しがっている場合じゃないんだからね。わたしの一〇〇円玉が相手なら出すのは五〇〇〇円札じゃない、もっと低額のキャッシュでよかったわけだし、まだ2WDの差がついているんだから」
「わかっているよ。いちばん喜ぶのはキャッシュデュエルに勝った時のためにとっておかないとな」
桐竹が言う。「ではラウンド11を開始します。部屋にお戻りください」
束仁は竪琴の部屋に戻った。考えを巡らせ始める。(キャッシュデュエルに勝つにはあと少なくとも三勝が必要だ。残りのキャッシュは五つだけ。慎重に選ばないと、もう負けは許されないも同然なんだからな)
思案に暮れているとスマートホンのバイブレーションを感じた。画面を確認したところ、チャットアプリの通知が表示されていた。永寛からのメッセージで、見えている部分の記述から判断するに、大学の、束仁と永寛の両方が受けている講義の課題に関する話題だった。
(返事はキャッシュデュエルが終わってからでいいや。ラウンド4の時に来たメッセージなんて凰沢の仕込みで、読んだためにまんまと罠にかかってしまったし。いや、永寛はこっちの事情を知らないことは理解しているんだけどさ)スマートホンをポケットに戻した。(……そういえば、永寛のやつは凰沢に好意を抱いているらしいな)
束仁はラウンド10のシンキングタイムの開始直後に雉子と交わした会話の内容を思い返した。
閃いたことがあり、口を半開きにした。「まさか……そういうことか? ありうるのか、そんなことが?」
若葉が困惑の表情を浮かべて尋ねてきた。「どうしたの?」
「いやその、思い出したことがあるんだ。ほら、おれの名前ってツカヒトって言うだろう? でも凰沢はラウンド10のシンキングタイムの開始直後におれと会話した時、おれの名前をツカスケって呼んだんだ」
「ツカスケ? 『仁』を『スケ』って読んだの? 珍しい間違え方だね」
「だが、もし凰沢がミスをしたと考えていなかったとしたらどうだろう? 『束仁』という名前をあてずっぽうでツカスケと読んだわけじゃなくて、本当にそう読むものだと誤解していたとしたら?」
若葉は首をかしげた。「どういうこと?」
「これを見てくれ」
財布を取り出し、クラウドベリーカードを引っ張り出した。その裏面の右下隅には姓名がローマ字で印刷されているが、名の部分が「TSUKASUKE」となっていた。
「フェスの休憩の時にこの誤字に気づいたとき、思わず顔をしかめちゃったんだよな。とにかく、おれが生まれてから今までの間、『束仁』の読み方を『ツカスケ』なんてしている物はこれしか出くわしたことがない。つまり凰沢はこのカードを見たんだ。それで『矗野真田くんの名前、束仁と書いてツカスケと読むのね』と誤解した」
「見たんだ、って……」若葉は絶句した。「そのカード、ずっと財布にしまわれていたよね。じゃあ、凰沢さんは束くんの財布を覗いたってこと?」
「そうだ。言うまでもなく、その目的は一つだけ。おれの残りのキャッシュを知るためだ。その時にクラウドベリーカードを目にしたんだ」
白テーブル上のレジ袋からシャムロックを取り出し、包装を破いた。サブレの表面には数えきれないほどの葉を有するクローバーのイラストがプリントされていて、包装の内側には「超ラッキー! 兆つ葉だよ!」と書かれていた。
「そんな、覗かれていたなんて……」若葉は口をぽかんと開けた。「いったい、いつどうやって覗いたの? まさか、今こうしている間にも凰沢さんは束くんの財布をなんとかして覗いているの?」
束仁はシャムロックを食べた。「いや、それはない。凰沢がおれの財布を覗いたのは、ラウンド8でおれが王冠の部屋に入ってから、ラウンド9が始まった後におれが部屋を離れるまでの間、一度だけだ」
「えっ?」若葉はまぶたをやや引き上げた。「どうしてそこまで正確にわかるの?」
「これだよ」
財布から毘汰銀行のキャッシュカードを引っ張り出した。その表面の「お名前」欄には「チクノサナダ ツカヒト様」と印刷されていた。
「もし凰沢がこのカードを目にしていたなら、おれの名前の読み方は、本当は『ツカヒト』なんだとわかっただろう。キャッシュカードの情報が間違っているわけないからな。
だが凰沢はおれの名前を『ツカスケ』と呼んだ。よって凰沢はこのカードを見ていない、つまりこのカードが財布に入っていない時に覗いたんだ」
「そうか……。運転免許証は、氏名にふりがなは振られていないし。マイナンバーカードは、今日は家に忘れてきちゃったって言っていたね」




