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第12話 釣り銭

 束仁は狗鷲の器に視線を遣った。二〇〇〇円札だった。

(く、いきなり出してきやがったか……!)

「矗野真田さまのキャッシュは一〇〇〇円札、凰沢さまのキャッシュは二〇〇〇円札。よって凰沢さまの勝利です」

 灰テーブルのモニターの表示内容が更新され、「矗野真田束仁:3WD」「凰沢雉子:6WD」となった。

 雉子は余裕たっぷりの笑みを浮かべた。「あなたの一〇〇〇円札を二〇〇〇円札で打ち負かしたわ。理想的な勝ち方ができたわね」

 束仁はふんと鼻を鳴らした。「じきに追いついてやるさ」

「あら、そんなことを言っている余裕があるのかしら?」くすくす笑った。「もうラウンド9が終わったというのに3WD差よ。あなたの手持ちのキャッシュ、そろそろ少なくなっているんじゃない? はたして追いつけるのかしら」

 言い返そうとしたがやめ、ポーカーフェイスになった。自分のリアクションから残りのキャッシュについて推測されてしまうかもしれない、と考えたためだ。

 桐竹が言う。「それではラウンド10を開始します。部屋にお戻りください」

 束仁はその場でターンした。部屋の出入口に向かおうとする。

「矗野真田くん、締切は大丈夫なのかしら……」

 雉子の台詞が聞こえてきた。思わず足を止め、後ろを振り返る。雉子はスマートホンを操作していた。

 訝しむ視線を向けられていることに気づき、顔を上げた。「ああ違うわよ、ナガヒロくんのほうよ、ツカスケくんじゃなくて。今度の土曜に遊びに行かないか、って誘われて。まあ要するにデートだと思うんだけど。その日がゼミの課題の締切日と重なっていてね。同じゼミに所属しているから、わたしも彼も。わたしはなんとか仕上げられたんだけれど、このわたしが苦労したということは、彼はもっと大変なんじゃないかしら」

「ふうん……」少し気になった。「永寛はあんたに好意を抱いているのか?」

「まあ、以前からうすうす感じてはいたわ。でもわたしの好みのタイプは『強くて優しい人』なのよね」雉子は悩むような表情を浮かべた。「永寛くんの優しいところはそれなりに知っているけれど、強いところはあまり知らないのよ。そもそも、わたしは今まで、恋人として付き合いたいと思えるような人に出会ったことがないんだけれどね」

「そうなのか。永寛の強いところねえ……」腕を組んで俯き、考え込んだ。「……って、違う違う。もうラウンド10のシンキングタイムは始まっているじゃないか」腕を解いて顔を上げた。雉子は退室していた。

 竪琴の部屋に戻る。すでに若葉も買い物を済ませていて、白テーブルにレジ袋が置かれていた。

 束仁は礼を言ってレジ袋を開けた。ドデカゴンのスターフルーツ味を食べ、ペットボトルの麦茶を飲む。ふう、とひと息ついた。

 若葉が尋ねてきた。「さっきのラウンド9では凰沢さんは何を出したの?」

「二〇〇〇円札だったよ」

「いきなりか……。じゃあ、これで二〇〇〇円札の脅威からは解放されたわけだね。二〇〇〇円札はかなり珍しいし、このキャッシュデュエルは急遽催されたもの。いくらなんでも二枚も三枚も持っていないだろうから。

 今の束くんの所持ウィズダム数は3WD、凰沢さんは6WDか。キャッシュは何が残っているんだっけ?」

「ええと……一〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、一〇〇〇円札、五〇〇〇円札だな」

「六つか……」若葉は腰に手を当てた。「所持ウィズダム数が同じだと駄目だから、勝つには少なくとも4WDを獲得、つまり四勝する必要がある。負けられるのはあと一度だけか」

「もっとも、それは凰沢の残りのキャッシュが六つ以下という前提に基づいているがな。もし七つある場合、ゲーム終了時に凰沢は1WDを得るから、おれはもう負けることはできない。もし八つある場合は引き分けすら許されなくなる。もし九つある場合は、最悪だ。仮に全勝できたところで、凰沢の所持ウィズダム数を上回れない」

「そうか……。あたしたちはもう、実質的には負けられないも同然なんだね」

 束仁はレジ袋からドデカゴンのミカン味を取った。包装を破く。

(おっ、ミカン味か。いちばん好きなんだよな、これ。……そういえば凰沢も菓子を携行していたっけな。ドデカゴンのナツミカン味を持っていた)

 ドデカゴンを頬張りながらラウンド2のことを思い返した。あの時、雉子が落とした小物入れは床に衝突した拍子に大破し、中にしまわれていた菓子が散乱した。

 閃いたことがあり、思わず両手を合わせた。「そうだ……そういうことだよ……」

 若葉が目をやや見開いて尋ねてきた。「どうかした?」

「思い出したことがあるんだ。凰沢はラウンド2の時点で、未開封のドデカゴンのナツミカン味を三個、ナツミカン味の包装ごみを一個持っていた」

「ナツミカン味? 珍しいね、この辺の地域じゃまったくと言っていいほど見かけないのに」

「そうなんだ。だが、おれはそのナツミカン味がこのビルの自販機で売られているのを目にしている。つまり凰沢はその自販機でドデカゴンを四個購入したということになる。

 五個以上購入して食べ終えた分の包装ごみは捨てた、という可能性は低いだろう。凰沢が包装ごみを処分せずに小物入れに入れていたのは、キャンペーンに参加するためのはずだ。あの、包装に付いているマークを集めて葉書を送ったら景品が貰えるってやつ。なら食べ終えても包装ごみは廃棄せずに持っているはずだ。凰沢が買ったドデカゴンの数は四個で間違いない」

 ショルダーバッグからポケットティッシュを取り出した。産業機械メーカーの広告の厚紙が入っている。永寛がインターンシップで訪れる企業だ。ここでならゼミで学んだ内容を活かせると言っていたな、たしか非破壊検査の研究だったか、などとぼんやり思った。

 若葉は首をかしげた。「あたしもそうだとは思うけれど……それがどうしたの?」

 束仁は口を拭いたティッシュを小さく丸め、ごみ袋に投じた。「その自販機は調子が悪いみたいで、紙幣、つまり一〇〇〇円札しか使えなかったんだ。ドデカゴンは一つ二二〇円、四つで八八〇円。一〇〇〇円で購入した場合、お釣りは一二〇円。よって凰沢はキャッシュデュエルの開始時点で一〇〇円玉を一枚、一〇円玉を二枚持っていたことになる」

 若葉は目をみはった。「ちょっと待ってちょっと待って」と早口で言い、右手を小さく上げる。「ということは……」考えを巡らせる様子を見せた。「凰沢さんはラウンド6とラウンド9で一〇円玉を出したよね。一〇〇円玉は一度も出していない。すなわち凰沢さんはまだ一〇〇円玉を少なくとも一枚は持っているんだね」

「そのとおり。おれの残りのキャッシュのうち、一〇〇円玉を打ち負かせる物は二つだけ――一〇〇〇円札と五〇〇〇円札だけだ。なんとかしてどっちかをぶつけてやらないと」

「じゃあこのラウンド10ではどれにする? さいわい、あたしたちが『凰沢さんは一〇〇円玉を少なくとも一枚は持っている』と気づいたことは、凰沢さんには知られていないわけだけれど」

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