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第11話 目撃

 雉子も右手を開いた。貨幣が狗鷲の器に落ちた。

(いくらだ? 五〇〇円玉ならおれの負け、一〇〇円玉なら引き分け、五〇円以下ならおれの勝ちだが……)

 束仁は狗鷲の器に視線を遣った。一〇円玉だった。

「矗野真田さまのキャッシュは一〇〇円玉、凰沢さまのキャッシュは一〇円玉。よって矗野真田さまの勝利です」

(やった……!)頬が緩むのを自覚した。(一〇円玉に一〇〇円玉をぶつける、理想に近い勝ち方だ)

 灰テーブルのモニターの表示内容が更新され、「矗野真田束仁:3WD」「凰沢雉子:5WD」となった。桐竹が言う。「それではラウンド9を開始します。部屋にお戻りください」

 束仁はその場でターンした。部屋の出入口に向かおうとする。

 背後から、がしゃっ、という音が聞こえてきた。

(……?)

 後ろを振り返った。床の上、灰テーブルの下に紺色の立方体が落ちていた。大きさは掌に載るくらいで、周囲には少量の黒い粉のようなものが散らばっていた。

「矗野真田くん」

 名前を呼ばれ、雉子に目を遣った。しかし数秒待っても何も言ってこなかった。仕方がないので自分から「何だ?」と聞く。

「……駆け引きでもしようかと思って」

 そう言うとショートパンツのポケットから財布を引っ張り出した。いったい何なんだと思ったのも束の間、雉子は財布から紙を一枚取り出して見せてきた。

(……!?)思わずまぶたが全開になり、その下から眼球が飛び出そうになった。(あれは紙幣――キャッシュじゃないか! が、額は? ……二〇〇〇円札だと? 直接目にするのは生まれて初めだな、小学校の授業で写真を見たことはあるが)

 雉子は不敵な笑みを浮かべて「疑わないでちょうだいよ、本物だから」と言い、紙幣の裏面まで見せてきた。念を押されるまでもなく、束仁にも本物の二〇〇〇円札のように見えた。

「はい、お終い」

 そう言うと二〇〇〇円札を財布にしまい、財布もポケットに戻した。入れ替わりにスマートホンを取り出し、操作し始める。

 束仁は必死に考えを巡らせながら竪琴の部屋に戻り、財布を確認した。残りのキャッシュは、一〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、五〇円玉、一〇〇〇円札、一〇〇〇円札、五〇〇〇円札だ。

 再び黙考しようとする。その時、財布にプリムローズカードが入っていることに気づいた。

「あれっ?」思わず大きな声を上げた。「ここには毘汰銀行のキャッシュカードがあったはずだが……」

 じゃっかん慌てて財布を調べた。キャッシュカードの代わりにプリムローズカードがしまわれていること以外は、消えたり現れたりしている物はない。

 若葉が横から覗き込んできた。「束くん、ラウンド8のシンキングタイムの終了間際、白テーブルの上に並べていた物を急いで片づけたでしょ。その時に間違って入れちゃったんじゃないの?」

「ああ、そうか……」

 束仁はショルダーバッグを確認した。ほどなくしてクリアフォルダ内にキャッシュカードが突っ込まれているのを見つけた。

 胸を撫で下ろした。「プリムローズカードと毘汰銀行のキャッシュカードはデザインが似ているもんな。焦ったよ。ありがとう、若葉」キャッシュカードを財布にしまい、プリムローズカードをクリアフォルダに入れてショルダーバッグに戻した。

「それにしてもさっきは驚いたね、まさか凰沢さんが二〇〇〇円札を見せてくるなんて。ラウンド4の時とは違って本物だよ」

「ああ。おれの残りのキャッシュのうち、凰沢の二〇〇〇円札を上回るのは五〇〇〇円札だけだ。どうにかしてこの五〇〇〇円札をぶつけてやらないと」

「凰沢さんはいつ二〇〇〇円札を選ぶつもりだろう?」若葉は腕を組み、宙を睨んだ。「いきなりこのラウンド9で出すかな? じゃあこっちは五〇〇〇円札にする?」

「どうだろうな。上手い具合に凰沢が二〇〇〇円札を選んでくれればいいが、もし出さなかったら不味いことになる。もう凰沢の二〇〇〇円札は打ち負かせなくなるから、凰沢に1WDを獲得されることが確定する。さらに言えば、凰沢が選んだのが一円玉や五円玉なんかだったら最悪だ。五〇〇〇円札の無駄遣いだ」

「じゃあ凰沢さんが低額のキャッシュを出すと読んで、こっちは五〇円玉にする? いや、さすがに五〇円玉じゃ低すぎるかな……一〇〇〇円札がいいかな?」

「しかし、それこそ凰沢が二〇〇〇円札を選ぶかもしれないからな。一〇〇〇円札が二〇〇〇円札にしてやられるような負け方は避けたい、凰沢にとっては理想的だから。まあ五〇〇〇円札は温存できることになるが……」

 口を閉じたところで脳の疲労を実感した。ショルダーバッグからグミの小袋を取り出して開封し、中身を口にする。食べ終えた後はその小袋と、ついでに鞄の底で見つけた、くしゃくしゃになったドデカゴンのイチジク味の包装ごみをごみ袋に入れた。包装にはマークが付いていたが――いくつか集めて葉書を送ると景品が貰えるというキャンペーンのもの――興味はなかった。

 若葉は「うーん……」と言って眉間を揉んだ。「そもそも凰沢さんはどうして二〇〇〇円札の存在を知らせたんだろう? 束くんが高額のキャッシュを選びにくいようにするため?」

 その発言を聞き、閃いた。「もしかしたら凰沢のやつ、そうすぐには二〇〇〇円札を出さずに温存するつもりかもな」

 若葉は眉間から手を離した。「どういうこと?」

「つまり『凰沢は二〇〇〇円札を持っている』という脅威を数ラウンドにわたって継続させるんだ。それでおれの選択肢を制限する。おれに『一〇〇〇円札は出しにくい、二〇〇〇円札にやられたくないから』『五〇〇〇円札や一〇〇〇〇円札も出しにくい、二〇〇〇円札に勝てるキャッシュを消費するから』と考えさせ、低額のキャッシュを選ぶように仕向けるんだ」

「そのうえで凰沢さんはやや高額のキャッシュを――五〇〇円玉とか一〇〇〇円札とか――選んで、束くんの出す低額のキャッシュを打ち負かし、ウィズダムを稼ぐというわけだね」

「そのとおり。決まりだな、凰沢がこのラウンド9でいきなり二〇〇〇円札を出す可能性は低い。おれは一〇〇〇円札にしよう」

 束仁は財布から一〇〇〇円札を取り、小さく折り畳んで右手に握った。

 なんとなく溜め息が漏れた。「なんか疲れたな……脳味噌を酷使しているせいか。グミじゃ癒しきれないな」

「何か食べ物でも買ってこようか? このビルにはドラッグストアがあるし、あたしがお金を使うのは反則じゃないから」

「頼む。糖分を補給したい、甘味を買ってきてくれ」

「わかった」

 若葉は竪琴の部屋を出た。束仁も王冠の部屋に行った。雉子はすでに茶テーブルの向こうにいた。

「それでは、キャッシュを提示してください」

 束仁は右手を開いた。一〇〇〇円札が白鳥の器に落ちた。

 雉子も右手を開いた。小さく折り畳まれた紙幣が狗鷲の器に落ちた。

(紙幣か。せめて一〇〇〇円札なら引き分けになって助かるんだが……)

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