エピローグ
人間は技術を発展させてきた。
革新的な発明の度に人間はこれで楽が出来る、これで労働時間が減らせると喜んだ。
実際には労働の内容がより複雑になり、それまでの労働では価値が下がり、結果、労働時間は増えていく。
研究所に勤める研究員も例外にはなれなかった。
くる日もくる日も研究を続け数多くの失敗に打ちのめされそうになりながらも、なんとか研究を続けた。
努力は実を結んだ。
研究所の一体のアンドロイドを、心を持っているとしか形容できない状態にすることが出来た。
成功の喜びはその日だけで、次の日からは成功によって生じる更なる研究と報告書の作成が待っている。
毎日の深夜遅くまでの仕事により、研究員は疲れ果てていた。
なんとか休憩をとって、休憩室で何気なくテレビから流れてくるコメディを眺めた。
彼は楽しさを感じなかった。
彼の研究内容はそれこそ心とは何かで有るにも関わらず、そんな彼自身が物事を楽しむ心を失っていた。
心を研究している自分が心を亡くすとは。
そんな自虐を思いながら仕事へと戻った。
その日の最後の仕事として、心を持ったアンドロイドに数々の質問をして、そのアンドロイドが持った心がどのように感じたかを記録していった。
複数の質問が終わり、その日の業務が終わった事で、彼の緊張も解れる。
「じゃあ、これで今日の質問は終了だ」
「お疲れ様でした。研究員さんはちゃんと休めているのですか。随分と忙しそうですけど」
まさかアンドロイドにまで心配されるとは思っていなかった。苦笑いをしながら答える。
「君が心を獲得した。その事はとても喜ばしい事だ。
だが、それに伴って自分の仕事が今までとは違うものになった。それで四苦八苦しているだけさ」
「何かお手伝い出来れば良いのですが、私に出来るのは問いに返答をするぐらいですから」
そんなアンドロイドの様子を見て、研究員は一つの質問をした。
「では君に一つ聞きたい。心とは何だと思う」
「それは、」
アンドロイドは回答に詰まった。必死に何かを答えようとするも言葉が出てこない。
「申し訳ありません。今の私にはその質問の明確な答えが思い付きません」
「謝ることはないさ、答えが有る問ではないからね。もし仮にこの問にちゃんとした答えが有るんだったら私は既に廃業しているよ。
すまないね意地の悪い質問をして。今日はこれで終わりだ、また明日」
「はい、また明日。研究員さんはしっかり休んでくださいね」
「ああ、善処はするさ」
次の日も、研究員は研究のためにアンドロイドの元を訪れた。
「やあ、今日も今日とて質問への回答を頼むよ」
「分かりました。その前に一つ良いですか」
そのような提案を今までされた事がなかったので、研究員は一瞬身構えた。
「何かな」
「研究員さんが昨日の最後にした質問「心とは何か」については一晩中考えてみました。やはり結論は出ませんでしたけど、自分なりの道筋みたいなものを見つけたので、聞いてもらえますか」
驚きつつも、一気に興味を惹かれる。
少し前まで心というものを持ってすら居なかったアンドロイドが、どのような考えに至ったのだろうか。
「あんな漠然とした問なのに。是非とも聞かせて欲しい」
研究員は椅子に座り、アンドロイドの言葉に耳を傾けた。
「まず、「心とは何か」を考える取っ掛かりとして、どの様な時に心が動くのかを考えました。
その共通点として浮かび上がったのが他者との関わりです。誰かと話している時、誰かの創作物に触れたとき、そんな時に心が動くと考えました。一方で自分一人の世界では心は動かない」
「他者との関わりの中で心が動く。なるほどそれは是だろう」
「そこから心とは、を考えました。結果一つの想いに突き当たりました」
「その想いとは」
「それは、「私は貴方を愛します」です」