表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

私のキャベツ~Mon chou~

作者: 時輪めぐる

十二月の或る夜更け、懐中電灯の光に浮かんだのは、茶髪ロン毛のトシヤの顔。三日前に別れた元カレだった。アパート一階のベランダに、前の道路から入ったようだ。


「あんた、何してんの? 警察呼ぶよ。ストーカーなの?」


「ちげーよ」


「じゃあ、何?」


「腹が」


「腹がどうした?」


「月給日前で金欠なんだわ。腹が減って、サオリっちのベランダでキャベツを育てているのを思い出して」


「キャベツ泥棒ってこと?」 


「そうともいう」


「浮気して追い出されて、お腹空いて、元カノの栽培しているキャベツを盗もうとした? 最悪だね」


「浮気って言うけど、ちょっと間違っただけじゃん」


「ああん?」


「うるせぇぞー! 何時だと思ってんだ!」


 隣の部屋から怒鳴られる。


「取敢えず、靴脱いで中へ」


「入れてくれんの? サンキュー」


「入れたくないが、仕方ない」


 ベランダの物音に気付いたのは、深夜零時だった。


「変な気起こすなよ」


「腹が減って力が出ない。もう三日も飯食ってない」


「あの彼女はご飯くれないの?」


「だから、あの子は彼女じゃないって言ってんの」


 トシヤのお腹はぐうぐう鳴っている。


「仕方ないなぁ。これっきりだからね」


 私は、買い置きのカップ麺に、お湯を注ぐ。


「やっぱサオリ、優しいな。これ俺の好きな奴じゃん」


 当たり前だ。あんたの為にストックしてあったのだから。




 知らない女とキスしているのを見てしまったのが三日前。トシヤが『ちょっと間違う』のは今回が初めてではない。もう何度も、ギリギリと歯噛みし、『ならぬ堪忍するが堪忍』の精神で乗り越えてきた。が、遂に私の堪忍袋の緒が切れて、半同棲のように暮らしていた部屋から追い出した。




「今までよく我慢して来たね」と昨夜電話で親友のナナは言った。


「だって、何だか放って置けないんだよ」


「アホの子程、可愛いって言うしね」


「それを言うなら、馬鹿な子でしょ」


「まぁ、どっちにしてもダメな子でしょう」


「……まぁね」


 自分でもそう思うが、他人にトシヤのことを言われるのは、何だか癪しゃくな気がした。。




「うまぁい! 体が温まる」


 トシヤは、満面の笑顔でカップ麺を平らげた。


「食べたら出て行ってよね」


「わぁってるよ。これ、くれんの? サオリ、大好き!」


 手渡した紙袋の中を覗いて無邪気な顔で言う。カップ麵とベランダのキャベツを一個入れてやった。給料日までは食い繋げるだろう。


 




 数日が過ぎた。トシヤは、あれから姿を見せない。彼の給料日が昨日だから、もう食べるには困らないだろう。連絡先は、別れた時に消したし、着信拒否にしたから、連絡は取れない。さっさと、忘れよう。あんな奴。お腹が空いた時にしか、私を思い出さない奴なんて。アイツは、良いよね。私という帰る処があるのだから、まぁ、もう無いけど。




 私には帰る処が無い。しっかり者と思われているし、故郷の父親に心配掛けたくない。ナナにも、そうそう愚痴れない。だから、今日みたいに会社で嫌な事があっても、一人で耐える。


大丈夫、大丈夫。最寄り駅で電車を降り、途中のコンビニで、お酒とつまみを買ったから。




 あれっ、私、泣いている? 後から後から、涙が溢れて、前がよく見えないよ。もうすぐアパートの私の部屋。ドアの前に大きな塊がある。何だろう。通販で、何か頼んだっけ? あ、立ち上がった。近付いて行くにつれて、それはトシヤだと分かった。


「よっ! おかえり! この間は、ありが……。サオリ、泣いてる? どうしたんだよ」


「……あんたに関係ない。何の用?」


 私は、掌で涙を拭った。


「関係なくない。……今日さ、お前の誕生日だろ。だからさ、俺」


 トシヤは、カバンから小さな包みを取り出した。


「今まで、ごめんな。俺には、お前しかいない。お誕生日、おめでとう! こんな、俺だけど、結婚してください!」


 両手に持った小さな包みを差し出し、頭を深く下げる。


「……へっ」


 変な声が出てしまう。


「うるせぇぞー! いいぞ、もっとやれっ!」


 隣の部屋のドアがバタン! と閉まる。細く開いていたらしい。


「……と、取り敢えず、部屋に入ろうか」


「いいの? ありがとう」


 トシヤは、玄関でドアを背にして言った。


「俺の帰る処は、サオリしかない。いい加減で駄目な俺だけど、本気なんだ」


 小さな包みを差し出す目は真剣だ。


「……もう、間違ったりしない?」


「はい」


「私だけを愛せる?」


 トシヤは黙って深く頷いた。


 私は涙でぐちゃぐちゃになった顔で、小さな包みを受け取った。


 ナナの『チョロいな』という声が聴こえた気がしたけれど、私の帰る処は、ずっとトシヤだったことに気付いていた。


「開けていい?」


「開けて! 開けて!」


 私は、リボン付きの綺麗にラッピングされた包みを開けた。


「いちご大福?」


 個包装のプラケースに入っている。


「お前、大好物じゃん」


「ちょっまっ、この状況で小さな包みといったら指輪でしょ」


「俺がもう少し稼げるようになるまで、指輪は待って」


「もう、トシヤなんだから」


 私は泣き笑いの顔でトシヤに抱き付いた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ