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イベント・春 (2025)

元気の意味と看病と

「おかーさん、おとーさんがかぜでたおれたの?」

 ダイニングで女の子が父親を心配している。

「そうよ。昨日の雛ちらしで張り切りすぎたから」

「きのうのひなちらしおいしかった!またたべたい」

「昨日はひな祭りだったからね」

「だからおとーさんはりきりすぎちゃったの?」

「そ。もう少し赤が欲しいってエビをボイルしてね」

 母親はそっとキッチンのごみ袋を見る。

 黒酢入りのちらしずしの素の箱が入っていた。

 その下にはベジタブルミックスの袋もある。

(あとはシーフードミックスでよかったのに)


「保育園に入って初めてだからってのもあるのかな」

「かぜぐすりは?のんだらはやくよくなるよ」

「大丈夫よ。もう飲ませてあるから」

 母親は女の子をそっと抱きしめる。

「わたしもっとてつだう!なにかやることある?」

 女の子は顔を(ほころ)ばせながら母親に言った。

「そうね。リンゴむくからお父さんに持ってく?」

「うん!」

 

 女の子が見つめる中母親がリンゴを手に取った。

(風邪薬の本当の効果、ちゃんと教えておこうかな)

 頭の中によぎる雑念を母親はかき消す。

(まだ早いわよね)

 母親は親から教えられたことを思い出していく。


   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


「風邪薬は湿布やコーヒーと同じなんだ」

「一緒なの?」

「そう。病気やけがや眠気をごまかす話があってね」

「どんなお話?」

「ごまかしてる間に人が本来持つ治癒力で治すのさ」

 

   ☆   ☆   ☆   ☆   ★


 ダイニングの棚の絆創膏が母親の目に入る。

(昔は消毒してからばんそうこうだったよね)

 今は一定の湿度を保つために絆創膏を貼ると聞く。

(時代も人も変わるものね――っと)

 リンゴを切り分けると母親はつまようじをさす。

「おいしそう!たべていい?」

「お父さんがいいって行ったらね」

 リンゴの乗ったお皿を母親は女の子に手渡した。


   ☆   ☆   ☆   ★   ★

 

(風邪はいつぶりだろう?最後は学生の頃だったかな)

 父親はベッドで横になりながらぼんやりと考える。

 そこにノックする音が聞こえた。

「リンゴもってきたよ。はいっていい?」

「ありがとう」

「ねてていいよ。わたしがあーんするから」

 女の子は起きようとした父親をベッドに寝かせた。

 

「はいあーん」

「ありがとう」

 父親は心配そうな女の子のまなざしを感じ取る。

 それと同時にリンゴを食べたい気配もわかった。

「あーん」

 父親はリンゴをもぐもぐと食べる。


「ごちそうさま。お父さんはひとつでお腹一杯だ」

「ホント?ならあとはわたしがたべとくね!」

「風邪がうつるからダイニングでね」

「はーい。はやくよくなってねおとーさん」

「ありがとう。お休み」

 

   ☆   ☆   ★   ★   ★

 

 父親はバタバタと部屋を出ていく足音を聞く。

(嵐の前の静けさだったな……)

 女の子の動きを思い浮かべ父親は仰向けになる。

(心配をかけちゃったな。早く元気になろう)

 自責の念が心を満たす中父親は行動を省みた。

(完璧を目指しすぎた。65点でよかったか)

 母親が雛ちらしを簡単にした意味を父親は悟る。

(適度にできていればいいんだ。育児も仕事も)

 それがみんなのためと思い、父親は瞳を閉じた。


   ☆   ★   ★   ★   ★


 翌日、父親は快復し母親と女の子にお礼を言う。

 それと同時に保育園の年長組でコロナが出た。

 

「マスクと手洗いとうがいしとこうね」

「昔はうがい手洗いだったな。いつ変わったんだ?」

「せっかちさんが手を洗う前にうがいしたから?」

 母親と父親が女の子の前で手洗いとうがいをする。

 

 さらに翌日、年中組にもコロナ患者が出た。

「保湿液入りの消毒液買ってきたぞ!」

「帰ってきたらこれでみんな消毒しようね」

 バタバタと親が走る中女の子は元気に返事をする。

 

 そして三日後、隣のクラスでコロナが発症した。


「怖いな。これは」

 女の子を抱っこしながら父親がポツリとつぶやく。


   ★   ★   ★   ★   ★


 やがて女の子もコロナにかかり家で横になっている。

「大丈夫よ。私が看病するから」

 母親は元気な声で女の子の世話に向かう。

「気をつけてね」

 父親はそう言うのが精いっぱいだった。


 母親の看病の中、女の子はコロナから快復する。

「ほら。大丈夫だったでしょ?」

「よかった。ふたりともよかった」

「おとーさんしんぱいしすぎー」

 安心感に包まれた中で家族の楽しそうな会話が響く。


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― 新着の感想 ―
お父さんの風邪が治ったと思ったら、今度は娘さんがコロナへ感染してしまったのですか。 雛祭り時期は季節の変わり目でもあるので、何と体調を崩しがちで大変ですね。 しかしながら、二人とも快癒したようで何より…
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