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7・変化

 

 二日目は朝から吹雪いていた。細かい粒の雪がごうごうと(うな)りをあげて、降りしきる。細い木も太い幹を持った木も荒れ狂う。一所に留まっていても暇を持て余すばかりなので、先へ進むことを余儀なくされた日だった。


 三日目は雪もやみ、風の流れも落ち着いていた。視界は良好。ロウは己の好奇心を存分に発揮させた。昨日(さくじつ)をつまらないと感じていたのは同じらしく、プールも反論せずにくっついてきた。


 二人が訪れたのは、雪をまとって肥え太った岩が点在する川だった。川上から激しめの水音を立てて、水や雪の塊が流れてきている。気温差の関係で川霧も発生していた。二人はその川霧としぶきをたてる様を観察しながら、各々の作品づくりに打ち込んだ。

 水辺の周辺は気温が更に低下している。着こんでいるロウはともかく、プールはしょっちゅう鼻をすすりながらの作業となった。


 景色の中に、プールは「逆巻く熱い思い」を頭に浮かべて筆を走らせた。試し弾きと調整をした後、機嫌の悪そうなそうな顔のロウを前に臆することなく演奏をし、感想を求めた。


「暑苦しい」


「糸が千切れそうだ」


「最早、旭琴(あさひきん)でなくてもいい」


 返ってきたのは辛辣な言葉だった。当たっているふうに取れるのは気のせいだろうか。


「うへえー、おじさんたら厳しいよう」


 たかだか本来の旭琴の音を知っているだけのくせに、とぼやきたくなる。だが、そこはぐっと抑えた。前向きに考えれば、プールのことを真剣に考えてくれていることになるのだから。


 言いたいことを言うと、ロウは岩の上を渡って、反対側へと回った。半透明で羽衣のような霧をまとう風景を、別の視点から描きたいらしい。プールはこれ以上体を冷やしたくはないようで、動かなかった。

 薄い色から徐々にに色を重ねていくのは楽しい。調子が乗ると、川霧を主体とした絵はあっという間に完成して、戻ってきた。


「へえ。向こう側から見たらこんなふうになってるの。お! 可愛い氷柱。あ! 洞穴があるじゃん。全然知らなかった」


「俺の絵は解剖図(かいぼうず)か」


「うーん。当たらずと言えども遠からず……のような気がする。あたしは今よりうまくなりたいから、おじさんの意見を無下にはしないけどさあ。――おじさんの場合趣味でやってるんでしょ?それにしちゃあ、ちょっと生真面目すぎじゃないの?」


「……!」


「もっと頭を柔らかくして、自由に描いていいと思うよ。綺麗な風景を見たまま写し取るのが好きなら、もう口出ししないように頑張るけど、あたしは面白くないなーなんて思っちゃうんだよね」


 プールは昨晩の事を思い出した。あんなにたくさんあったロウの絵を、一つ一つ見る気にはなれなかったことを。

 綺麗なことは間違いないのだろう。しかし、プールは雪原をという題を明るい調子で弾くような子だ。彼女にしてみれば、少々飽きを感じたようだ。


 勿論批判は覚悟の上だった。プールはロウの気色を覗き見て、彼が口を開くのを待った。


「……一理あるな」


「ほへ? あ、そう?」


 変な声が出た。


「有体の絵に納得をしている裏で、お前の発想力には舌を巻くことがある。少し、考え方が変わったかもしれない。すぐ実行に移せはしまいだろうが……頭に入れておく」


 ロウは顎に手を当てたポーズで動かなくなった。堅物なんだか素直なんだか。


 要はプールと同じ人種なのだろう。これ、と目指すものは明白になくても、今の自分を超えたいという気持ちはあるのだ。

 プールはクックと笑った。


「一つ、言っていいか。ここで言うセリフじゃないかもしれないが」


「んー? どうぞ?」


「お前に会えてよかった」


「ブッハア!」


 プールは雪の上に盛大に吹き出した。




 その後、二人は絵の中にあった洞穴で休憩をとった。木の根元の大地が崩れてできたものだが、そこそこの広さだ。柔らかい土の上で火を焚いて、湯を沸かした。


「そういえば、おじさんは灼子山(あかねやま)がどういう山か、ちゃんと聞いてるの?」


 まるで計画性がない旅でも、明日ぐらいにはつくだろう。灼火山へ入る前に事前確認をしておこうと思い立ったプールは、ロウに尋ねた。


「聞いた……が、ながら作業をしていたからうろ覚えだな」


「(あーあ、やっぱり。)率直に言えば火山だよ。それも活火山だ。最後に噴火したのは何百年前だったかなあ。今のところ大人しくしてるから、よほど運が向いてない限りは、活動日にぶち当たることはないと思うけど……いつもみたいにうろちょろするのは勘弁してよね」


「赤い太陽についての村人の認識は、どの程度のものなんだ」


「それに至っては無知と言っても差し支えないよ。知ったのだって、ここ数年だし」


 村人の中で、赤い太陽を実際に見に行こうと動く者はいないという。それもそうだろう。噴火の恐れを身近に感じている者からすれば、わざわざ行こうなどとは思わない。今いる道から反れば、案外東の町も近いので、わざわざ教えに戻ってきてくれる人もいないのだそう。


 だとしたら、なぜプールはロウに同行しようと思ったのか。疑問が浮上してくるが。


「そういうおじさんは、どんな伝で知ったの?」


「噂話を売る老人から」


「おじさん変なもの買うよね」


「老人は言っていた。『灼子山に登れば、地上にいでし赤い太陽が見える……とかなんとか』」


「……あたしもその商売始めてみようかなー」


 プールは肩を落とした。そんなあやふやな情報を信じて自分はついてきたのかと、がっかりしているのだ。


「ここまで来たら、信じるっきゃないかあ。いつ頃が見頃だろう。なんたって赤いんだもんね。そもそも、こんな唐突に行って見られるようなものなのかな」


「いずれにせよ夕時が狙い目だろうな。天候によってバラけるが、あまり暗くなると、絵が描けなくなる」


 ロウはゆっくり立ち上がって、衣服についた土を払った。長靴で焚き火を散らして火を消すと、その場を離れた。


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