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2・旅の道連れ


 村が寝静まり、提灯の赤い色も消えた頃。村の奥にある裏門に向かって、二人分の足跡が伸びていた。一方は闇の色と同化している大男。もう一方は亥豚(ししぶた)狩りの時と飲み屋で一緒だった、あの村人のものである。

 彼は村で門の開閉を任されていた。裏門は成人男性でも見上げるほど大きく、この先にそびえたつ御山(おんやま)への道を塞ぐ柵となっている。普段、裏門の利用者はめったにいないが、今朝方、羽休めに紛れ込んだ(つばめ)がごとく、現れた大男によって、久しぶりに役目らしい役目を果たすこととなった。


 とはいえ、誰にでも立ち入りを許すわけではない。門番のもう一つの存在意義として、彼の者が立ち入るのに相応か否かを見極める必要がある。その術が、野生の動物を十体狩るという行為であった。御山の周辺を人の霊がうろつくようになってはいけないし、尚且つ狩ったものは村人の食料になる。

 大男は条件を呑み、現在に至った。


 門番の男は約束を果たすため、門の端から端に至るまでにかかった閂の錠前を外しにかかる。普段床に就いている時間に起床したので、その目はどこか虚ろいでいた。ふわあ、とあくびをかく。


「すまない。こんな夜更けに」


 申し訳なく思った大男は詫びを入れた。その声は口元にまで覆った首巻きのせいで、少しこもっている。


「いや。留めてしまった責任はこちらにあるし、お前さん、人の(にぎ)わいはあんまり好きじゃないと見受ける。酒の席で知れたよ。違うかい?」


「苦手ではないが、気が散る」


「そうかい」


 少し話をしているうちに、裏門が開放された。使われていないことを裏付けるかのように、ひどくきしんだ音を立てていた。最後に開放したのは戦後のいつだったかな、と門番の男はぼやけた自分の記憶に苦笑した。


「念を押すようだが、灼子山(あかねやま)のお怒りは買わぬように。運有願(リコーセラ)


貴心承(アコール)


 軽く会釈をして、大男は村から立ち去った。


 みだりに樹木が生える雪道を、己のペースで進み行く。足を取られぬよう、ゆったりと。

 一寸先も分からぬ夜道を支えてくれているのは、大男が持つ赤提灯(あかちょうちん)だった。持ち手となる棒があるもので、「達磨(だるま)」の筆文字が書かれている。村の随所にあった提灯が大層彼の気に召したようで、一つ買い取っていたのだ。

 闇夜は大男にとってつまらないものである。そのつまらないものを彩る赤が、いつもの一人旅を違う色合いにしてくれた。


 ザッグ(ザッグ)、ザッグ(ザッグ)……


 ふとして、大男は歩みを止めた。……どうやらいつもと違うものがもう一つ存在するらしい。孤独に慣れきっているおかげか、すぐに変化に気がついた。

 足音が、二重奏じみて聞こえる。


「俺に何か用か」


 事もなげに大男が振り向くと、小柄な少女が後をつけていた。


「……子供はとっくに寝ている時間じゃなかったか」


「ふふん、問題ないね。生憎(あいにく)寝かしつける人がいないもんでさ。――『赤い太陽』の絵を描きに、山を登るんでしょ? 聞いたよ。あたし、道知ってんだ」


「旅に危険が付き物なのは知っているんだろうな」


「だから、強い人に同行しようとしてるんじゃん。利口だと思わない?」


 話が勝手に進んでいっているが、要するに道案内をするから、自分を道連れにしてほしいということらしい。強引だ。しかも雪除けの(かさ)と長靴、荷物を詰め込んだ風呂敷――妙に丸みを帯びている――を背負って、しっかり身支度を整えてきていた。


 自分についていきたいだなんて、奇特な娘だ。大男は思った。明るく笑う彼女は友好的であることを前面に押し出しているわりに、その心中や、計り知れない。

 大男はやや困った風に頭をかくと、再び歩き出した。少女は笑顔を崩さず、大男の残す足跡を踏みしめた。




 朝の冷え切った空気を肺に染み渡らせながら、二人は改めて自己紹介をすることになった。


「あたしは風飾(プール)ってんだ。あんたの名前は?」


煤彩(ロォオウ)


「お……う?」


「イントネーションが独特なのは理解している。ロウでいい」


「おじさん、あたしのことは覚えてる? 飲み屋でしゃべりかけたんだけど」


 まだおじさんと呼ばれる齢ではないはずなんだがな……。ロウは空を仰ぐ。けれども旅するにあたって、名前も齢もさほど重要ではないか、と開き直ったロウは、正さずに放っておくことにした。ロウは眼界以外を切り捨てるきらいがあった。


 そして、先のプールの言葉に、薄らと見た顔だなと思い返す。そういえば店先で声をかけられた場面があったような。

 ロウはぎこちなく(うなず)いた。その時のロウは手元に集中していたが、流石に怒りを承知で決行したプールのアプローチは実を結んだらしい。そこまでしても、わずかに記憶に引っ掛かった程度だったが。


「よかった。亥豚狩りの時にも、おじさんが戦っているのを後ろから見てたんだよ。知ってた?」


「あれは小僧じゃ……ああいや、俺の認識なんて、そんなものか」


 子供が門番にくっついて見物をしていたのは知っていたが、性別までおぼろげだと、どうなのだろう。失礼に値せやしないか。ロウは首をかしげた。奥まった地となると、村人の格好は男子と女子で差があまりない。履いているもんぺに加えて、髪も毛先がバサバサの、おまけに中途半端な長さだったので勘違いしていた。


「構わないよ。あたしだって時々忘れる。それに――勘違いはお互い様みたいだ」


 隣りを歩くプールはまじまじとロウを見上げた。大柄な男だと思ったが、よくよく注目してみるとやたらと衣服を重ね着しているだけであった。天候が天候、時代が時代なのだ。別段おかしな格好ではないが、成りのわりに、本体は毛を削ぎ落とした羊のように細っちいのかもしれない。

 そうと想像すると、プールの笑いを誘った。

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