13・明るい兆し(終)
一晩また洞窟内で過ごすと、二人は灼子山を去ることにした。帰り支度を整えたのち、提灯の光が行く手を導く。プールの怪我も大分良くなったらしい。コウモリの道を一息で駆け抜けるほどにまで、回復していた。
穴の外は明るく、当然雪に覆われていた。二人を出迎えるように、ちらちらと紙吹雪まで舞う。
寒さに身を震わせ、改めて気付かされた。洞窟の中がいかに快適であったかを。また一方では、三日ぶりに雪を踏みしめると、おかしいもので慣れ親しんだ地に帰ってきたかのような気分を味わった。訪れた時とはまるで逆の感想だ。
最後に燃えるような色の鳥居を目に焼きつけてから、石段を下りていく。その最中でロウは、はた、とこんなことを呟いた。
「そういえば、糸の張力は変えないんだな」
「何の話?」
「いや、少し気になっただけだ。所詮知ったかだから気に留めないでくれ」
なんだかいやに引っ掛かる物言いだ。
「糸の張力…旭琴? もしかして、まだあたしの知らないことがある? 未だにこの、糸をひっぱってる飾りに何の役割があるのか分かってないんだけど。――おじさん旭琴を弾いた経験は?」
「お前ほどの手練れではないが、戦友に少し」
楽譜は読めないが、かじったことはあると言った。どうやらただの口先男ではなかったようだ。
「そうなんだ。それじゃあその張力云々の話は……今後、旅先でじっくり聞かせてもらおうかなあ」
旅先でとは。ロウは無言でプールの顔を見た。
「ふふん、気に入っちゃった。自由気ままに旅をするのも、おじさんの絵も……勿論おじさん自身にもね!」
プールは口角を上げに上げて、いたずらっ子めいた顔をした。ロウはそれに対して、特に不快感を示すことはなく、
「頼むから、道行く人の持ち物を掏ったりはするなよ。あと、曲作りの時は俺から距離を置いてもらえると助かる」
と、言った。承諾の意味だ。
「うーん、それは残念。おじさんの不服そうな顔、見てておもしろかったのに」
「確信犯か」
「ほーい。んじゃ、これからよろしくね、ロウおじさん」
嬉しそうに、プールはロウの羽織を引っ張った。
――かくして。煤を彩り、風を飾り立てる、ささやかな二人旅は幕を開けた。
溶け始めの氷と、成長の可能性を秘めたる結晶。
雪原に埋もれることのないこの二つは、旅を介することによって、一層の輝きを得るのだろう。
二人が本当の意味で赤い太陽を目にすることとなるのは、ページの外のお話――
[終]