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第十一話 『シーユーアゲイン』 4. 綾っぺ



「夕季と仲直りできてよかったね」

 本館連絡通路で並んで歩く綾音に言われ、忍はふいをつかれたように目を丸くした。

「……。どうしてそんなことまで」

 にやりと笑う綾音。

「何でもわかってるって、あんた達のことは」

「あ、はは……」

「でもあんなに仲良かったのに、わかんないもんだね」

「……」忍が顔を伏せる。しみじみとそれを口にした。「綾さんが行っちゃってからかな」

「あたしのせいかい!」

 顔を上げ忍が笑った。それから少しだけ淋しそうに綾音を見つめた。

「綾さんがいなくなってからだよ。みんながバラバラになったのは」

「……」

「綾さんがいてくれたら、そんなふうにはならなかったかもしれない」

 綾音の口もとがピクリと反応する。

「やっぱりあたしのせいだってのかい!」

「そうじゃないけど。でも、そばにいてくれたら、いろいろ相談したかったのになって」

「……」

 淋しげに笑いかけながらそう告げた忍に、綾音はすべて見透かされていることを感じ取った。

「結局、残ったのは綾さんのまわりにいた人達ばかりだったね」

 綾音も忍と同じ表情になる。昔を懐かしむようにふっと笑った。

「何言ってんだか、あんたは……」

「……。眼鏡、かけるようになったんだ」

「ん? ああ、仕事中はね。この方が頭良さそうに見えるでしょ」

「そう。知らなかったな……」

 忍が通路のガラス越しに外の景色を眺める。

 雲のない青空は遠く彼方まで広がり、海面と融けあっていた。

 忍の横顔を見つめ、複雑そうに綾音が眉を寄せる。鼻から深く長い嘆息をした。

「柊さんってどんな人?」

 唐突な綾音の問いかけに忍の心が呼び戻される。

「いい人だよ。少しクセのある性格だけど。あたしも桔平さんにひっぱってもらったの。今のあたしだと、どこにも居場所がないから。訓練には少しずつ参加しているけど、まだみんなの足手まといにしかならないし」

「もともとあんたはデスクワーク向きなんだろうけどね」

「そうでもないんだけど……」苦笑い。「あの人、夕季とも仲いいのよ。一緒にケーキ屋さんとか行ったりして」

「へえ、あのへんくつがねえ」

「こないだも、夜までやってるバイキングのお店見つけたって大騒ぎしてた」

「夕季が?」

「桔平さんが」

「……だよね」

「あの人がいなかったら、あの子も心を開かなかったかもしれない。それだけじゃなくて、メガルも今のあたし達もなかったかもしれない。あの人はいつも人のことばかり考えている」

「あんたと同じだね」

「あたし、は、そんな……」

「ひょっとしたら、自分と向き合うのが怖いのかもね」

「……。まさか。あんなに強い人が……」

 振り返り、綾音に笑いかけようとした忍が言葉を失う。

 綾音は真剣なまなざしを海の彼方へ向け続けていた。

 それは忍の知らない綾音の表情だった。

 忍に気づき、綾音が表情を和らげる。

「……。だよね」

 すると安心したように忍は言葉をつないでいった。

「司令にも臆せずに堂々と意見が言えるのは、ここではあの人だけだよ。進藤さんにとってもかなりやりづらい相手だと思う」

「……そうかな」

「そうだよ。そのうち絶対更迭されるって、桔平さん、いつもわめいているけど」

「ふうん……」先と同じ顔になった。

「……」

「おい、しの坊」

 背後から桔平の声が聞こえ、二人が振り返った。

 咄嗟に表情を切りかえる綾音。

 綾音の顔を認め、桔平が目を丸くした。

「お、ふっしみんもいたのか」

「それやめてもらえません?」綾音が苦笑いする。「何だかニッカネンみたいで」

「あっはっはっはー!」楽しそうに桔平が笑った。「それ誰?」

「とにかくその呼び方、勘弁してください」

「じゃ、何て呼べばいいんだ?」

「はい」即答。「綾っぺ、でお願いします」

「バカ野郎、そんなイテえ呼び方できるか!」

「そうですかあ?……」

 残念そうに桔平を見上げる綾音。

 その視線を鼻息一つで断ち切って、桔平は忍へ向き直った。

「おう、しの坊。頼んどいた資料だけど……」

「はい、机の上に置いておきました」

「お、もうかよ、さすがだな。サンキュー。しの坊がいてくれてほんと助かるぜ」

「そんな、私なんか何もできなくて。本当は他の方にお願いした方がいいのでしょうけれど」

「バカ言え。ここの事務屋でおまえさんより仕事できる奴はいやしねえよ。速すぎてコピーとる時の手つきが見えねえ。忍者とコピー機がモチツキやってるみてえだぞ。さすが忍者のニンの字を持つだけのことはある」

「あ、はは……」

「的確なたとえかどうかはともかく、絵は浮かんできましたね」

「なあ。事務服もよく似合ってんじゃねえか。違和感ねえぞ。パッと見、ちょっと肩幅が広くて、背がでっけえオーエルにしか見えねえぞ」

「あ、ははは……」

「あんたはモデル体型だからね」

「おお、プラモデルだけどな、げはははは!」

「……」

「ベタ……」

「薔薇とか憂鬱とか愛媛県とか、俺の知らねえ漢字もすらすら書いちまうし、どうなってやがんだ。普通、栃木とか新潟とか書けねえだろ。あと兵庫県とかよ」

「兵庫県、書けないんですか……」

「じゃあ鹿児島とか岐阜も無理ぽいですね……」

「無理ぽい話だっての。ほんとよ、メックの雑用やらしとくだけじゃもったいねえ。てか、俺が大助かりだ。しの坊には悪いが、当分俺の秘書してもらうぞ」

「それはいいんですけど、まわりの人達が変な目で見てますよ」

「かまうこたねえ、奴らやっかんでやがんだ。能書きばっか立派でろくに仕事もしやがらねえ小物のくせしやがって、兵隊のおまえさんが自分らより仕事ができるのが気に入らねえんだよ。ケツの穴がちっせえ、ちっせえ。そんなんじゃブリブリ出るものも出ねえだろ。いっちょ奴らにおまえのケツの穴のでけえとこ見せつけてやれ! 高卒なめやがったらパワハラで復讐だ! おまえの顔見ただけでヒーヒー言って逃げ出すくらいの恐怖心を奴らに植えつけてやろうぜ!」

「私はそんな気などまったくないんですけど……」

「どこから指摘したらいいのかわからないんですけど……」

「明日から能無しジジイどもにもペコペコ頭下げさせるからな。楽しみにしておれ!」

「……それは、勘弁してください」

「困ったことがあったら三田さんって人に聞けばいいからな。あの人は信用できる」

「はい……」

「ほんとよ、何でもできちまうんだな、おまえは」頼もしそうに忍を見やる。「完璧超人だな。シモネタもオッケーだし」

「それはオッケーじゃないです」

「酒のペースもハンパねえ。メタボ鳳もびっくりだ。なみいるウワバミどもを蹴散らして、新チャンピオンの誕生ってとこだな」

「そんなにたいしたことでも」恥ずかしそうに身をよじる。「私、飲んでもそれほど顔に出ない方なので……」

「よく言うぜ。こないだの飲み会でリンダの真似して腰振ってたの覚えてねえだろ」

「……え?」

「酔っ払って木場の目の前でよ、もぼどぼにぼとばだだぁいぃ、あーっ! って。大概にしとけってばよ」

「……」フリーズ。「ひぃいいいーっ!」

「あんたねえ……」

「困っちゃうナ、ほんとよ」

 鼻から、ふん、と息をもらし、桔平が満足げに笑う。それから真顔になって綾音へ振り返った。

「おい、綾っぺ、午後からもっかいシミュやるぞ。覚悟しとけ」

「はい」嬉しそうに頷く綾音。

「さっそく呼んじゃってますね」

「え? 何?」

「いえ……」





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