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第十一話 『シーユーアゲイン』 3. お母さん



 夕季と綾音は煩雑に人が入り乱れる本館の食堂で、向かい合って昼食をとっていた。

「すごいね、綾さん」

 気を遣うようにそう言った夕季に顔を向ける綾音。それが午前中のシミュレーションのことだと気づく。

「よく言うよ」夕季の倍はありそうな皿になみなみと盛られたカツカレーのその上に、さらに小山ができるほどの福神漬けを積み上げる。「おまえが言うと嫌味にしか聞こえないんだけど」

「……。本当だよ。あたしだってあんなにできなかった。桔平さんもびっくりしてた」

「きっぺいさんって、柊副局長のこと?」

「うん」

「ふ~ん……」

「……」

 夕季がそわそわし始める。綾音との距離を探るように何度も顔をうかがい見た。

「……。あの人は昔からそういうふうに呼んでいたから。その時は副局長なんかじゃなかったし。みんなそう呼んでるし……」

「別に何も言ってないでしょうが」

 カレーライスを頬張りながら何気ない口調で綾音。

 夕季が小さく口を曲げた。

「でも、言いたそうな顔してた」

 その様子を眺め、綾音があきれたような顔をする。

「もう言わないよ。あんたらの人間関係に口出しする気はない。柊さんのこともよく知らないしね。んんん……。……ここも味が落ちたねえ。何、このカツ。うっす~」

 言葉とは裏腹に、嬉しそうに綾音は次々と山を削り取っていった。

「知らなくてもいいよ」

「なんで?」

「変な人だから」カレーを口へ押し込みながら、もごもごと夕季。「自分が好きなこと以外はまるで駄目だし」

「いいじゃん、いいじゃん。あたし変な人結構好きだよ」

「でも」

「おまえだって人のこと言えないだろ。充分変だよ」

「む、ぐはっ!……」呼吸のタイミングを誤り、むせ返る夕季。涙目で恨めしそうに綾音をうかがい見た。

 ははっ、と綾音が笑った。

「こんな粉っぽいカレーじゃ、変なとこにも入るわな。これで四百円だから文句も言えないけどさ」

 夕季がかすかに反抗的な目を向ける。

「……あたし、結構好きだけど……」

「知ってるとは思うけどさ。いくら気さくに接してくれるったって、あの人はここの副局長なんだから、その辺ちゃんと線引きしときなよ。あんたまだ高校生なんだし、これからどんなふうにお世話になるかもわからないんだから」

「……わかってるよ」

「一流大学出てキャリア重ねてきた人達ですら、あの人の前では文句も言えずにペコペコしてるくらいなんだからね。私生活はどうだか知らないけどさ」スプーンで茶碗半分もの量のカレーをすくい、大きな口にガバッと押し込む。「ふんと、あたひらが口きけらいような人らが束にらってもからわないくらい凄いひろらひいんらから~……」

「……」


「あんたさ、友達いるの」

 基地内を案内している最中に綾音にぶすりと言われ、夕季が絶句する。

「……。……うん」

「その子の名前、言ってみな」

「……みやちゃん」

「他には」

「……」

「あのね、あんたにとって雅はたった一人の友達なのかもしれないけどね、雅から見たらあんたは大勢いる友達の一人にすぎないんだよ。特別でもなんでもないんだよ」

「わかってるよ……。……そんな言い方しなくたって……」

「まわりが自分より馬鹿に見えちゃうんだろ? あんたの性格だとわからないこともないけどさ」

「そんなこと、思ってないけど……」

「だったらいいけどさあ。変なプライドとか持ってるなら捨てちゃいな。でないとつまんないのは自分の方だよ」

「……」

「メックの人達はよくしてくれてたみたいだけど、もっと自分に近い友達も作らなきゃ駄目だよ。結局最後にいろんな相談にのってくれたり助けてくれるのは、そういう友達なんだからね」

 容赦ない綾音の連打。

 まるで夕季の心の内を見透かすかのようだった。

「わかってる、けど……」

「わかってるんならちゃんとやりな。そういう努力もしなきゃ駄目。あんたは黙ってると誤解されちゃうタイプなんだから。向こうから来るの待ってるだけじゃ、いつまでたっても本当の友達なんてできないって」

「……」

「ほら、都合が悪くなるとそうやってすぐ黙る。あたしには通用しないからね」

「……綾さん、キツいよ」

「あんぽん。あんたいつも人をへこましてんでしょうが。少しはその人達の気持ちがわかったかっての」

「……そんなことしてるつもりない」

「つもりなくてもしちゃってんの。おんなじこと。無意識だったらなおのこと問題だっての。自分が損するだけだよ」

「あたしは……」

「損してもかまわないとか言ったら承知しないからね」

「……」

「あんたさ、学校に行っても、おもしろくないでしょ」

「……普通」

「嘘言いなさんな。友達もいないのに、おもしろいわけないでしょうが。普通、って、おまえが全然普通じゃないくせによく言うっての」

「……」

「だから、黙り込むなって」

「……。あたしといても、みんなつまらなそうだから。だったら気を遣うより何もしない方がいいかなって……」

 じっと見つめる綾音。その見えざる圧力に押され、夕季が顔を伏せた。

「夕季。あたしは別にあんたが憎くて言ってるわけじゃないからね。あんたのことが心配だから言ってんだよ。そんなふうにつまんなそうに、ぶすっとしてる顔見たくないから。でももう言ってほしくないって言うなら、二度と言わない」

「それは……」

 綾音の口もとが意地悪そうにつり上がる。

「ほんと、あんたって、こういう攻撃に弱いよね」

「誰だって弱いと思うけど……」

「それは図星つかれて痛いからでしょ」

「……。自分だって、本当の友達いないくせに」

「い!……」

「図星だ」

「……。いるって、バカたれ」

「名前は」

「……。……忍」

「あとは」

「……。メアリとジェーン……」

「嘘だ」

「嘘じゃないって! 本当にいるんだって! 英語の教科書に出てくるような名前だけどなー!」

「信じられない」

「ああ! んじゃ、この世にリアルネームの山田花子は存在しねえってのか! 佐藤実わあっ! 全部都市伝説かってことですよ!」

「歳は。身長は。髪の色は」

「……まあ、その~。その話題はここでおしまいに……」

「駄目。今こっちの攻撃権だから」

「あい~ん……」情けなさそうに眉を八の字に寄せた。「わかった。あたしが悪かった。もう言わないから!」

 口をへの字に曲げ、バツが悪そうに夕季が顔をそむける。

 その横顔を綾音は穏やかに見つめていた。

「あたしは勉強やスポーツができる人って、すごく興味があったけどね。話とかしたくて近寄ってったりね。でも、向こうからシャッター閉められたら、アカンわね」

「……」

「本当は損得じゃないってわかってるから、そんなこと言うんでしょ」

「……。……うぅん……」

「ねえ。どれだけウマが合う人とだって、百年の親友ってのは一日じゃできないもんなんだよ。積み重ねがあるから思い出ってのができてくんだからね。でないとあんた、何も残らないよ」

 淋しそうに顔を伏せる夕季。明らかにダメージを受けていた。

 それを見て綾音がふっと笑う。

「へこむな、へこむな」夕季の背中をバンバンと叩く。「ま、あたしはあんたといると楽しいけどね。いじめたり、からかったりさ。いじりがいあるよ、あんたも礼也も」

 恨めしげに夕季が顔を向ける。

 するとさらにおもしろそうに笑いながら綾音は続けた。

「冗談だっての。わかってるならいい。あんたがそれでいいってんのならさ。もう子供じゃないんだしね。でも必ず自分が幸せになるための選択をしなよ。でないと、いつまでもずっとネチネチ説教してやるからね」

「……うん」ようやく安心したように笑った。「綾さん、相変わらずだね。学校の先生だってそんなこと言わないよ」

「当たり前だろ」にやりとする。「あたしはあんた達のお母さんなんだから」


 二人は竜王の格納庫へ足を踏み入れていた。

 綾音にはまだ実物の海竜王に搭乗する許可が出ておらず、もっぱら東棟地下階層にあるシミュレーション・ルームでの訓練が日課となっていた。

 陽射しを受け、白く輝く空竜王を見上げる綾音。

「これにあんたが乗ってるんだね」

「うん」

「かっこいいね。頑張んなよ」

 夕季が小さく頷いた。

 それを眺め満足そうに綾音が微笑む。

 それから隣にある海竜王に目をやり、複雑そうな様子で嘆息した。

「これが私の棺おけか……」

「え?」

 夕季を見ようともせずに綾音がニタリとする。

「なんちってね」

「……」

 他の竜王とは異なり、保護具を装着したままの海竜王を綾音がいとおしげになで始めた。

「本当は感じたままに動かせなくちゃ駄目なんだよね」

 その表情は夕季にはしごく悲しげに見えた。

「すぐには無理だよ。あたしも今みたいになれるまでは結構キツかった」

「こいつにも一応擬似感応システムが搭載されてるんだけれど、フィードバックされたデータを見ると情報の伝達率は本物とは桁違いだからね。あんた達が最新鋭の戦闘機だとしたら、こっちはおばさんが乗る自転車がいいとこ。相手が三輪車くらいなら何とかなっても、それ以上は無理。ま、今の人類のテクノロジーじゃ、その三輪車にすら対抗できないときてるから、お話にもならないんだけどね」

「……」

「何かきっかけみたいなものはないの?」

 ふいに問いかけられ、夕季が身がまえるように顎を引いた。

「……わからない。でも……」

 綾音が振り返る。瞬きもせずに夕季に注目していた。

 夕季は綾音から顔をそむけ、言いにくそうに先の言葉につないだ。

「竜王に認められないと駄目なような気がする」

「……竜王に?」

「……。あたしや礼也じゃ、海竜王を動かすことができなかった。陸竜王も礼也にしか反応しなかったし……」

「こいつもそうなの?」空竜王を指さす。

「……うん」

 綾音が再び海竜王へと向き直った。

「あんたがそう言うくらいなんだから、きっとそうなんだろうね」

「……」

 顔を上げ、夕季が綾音を見つめる。

「そういや、礼也も同じようなこと言ってたかな。あたしには無理かもしれないね」

「そんなことないよ。綾さんならきっと……」

 綾音はちらと夕季を見ると、好ましいものを受け入れるように穏やかに笑ってみせた。

「心が汚れきった人間じゃ駄目なんじゃないの? あたしはあんたらみたいにピュアじゃないからね」

「……」

 移動式のステップに登り、海竜王のコクピットを覗き込む綾音。目を閉じ、静かに息を吸い込んだ。

「陵太郎の匂いがする。ひかるの匂いも……」

 何も言わず綾音の行動をじっと見守る夕季。すんすんと、かすかに鼻をうごめかせた。

「きっと光輔は二人に守られてきたんだね。あんた達も」

「……」

「あたしは許してもらえそうにないけどね……」

「……。……え?」

「何でもないって」

 振り返り綾音が笑う。

 それはどこか淋しげに夕季の目には映った。





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